3-16(93) ボス
この二ヶ月間で百二十八の都市にビラを投下する。
一日三つ回ったとして四十三日間で、余剰日数分は休暇や不測の事態への対応に割り当てるつもりで計画を立てている。この先なにが起こるか判らないことを考えると、前倒しできるだけ前倒しして計画を進めたいところだし、できるだけ連邦の仙道たちに姿を晒しておきたい考えもあるみたい。連邦内でこのビラ撒きが騒がれれば騒がれるほど、裏切り者たちにビラの内容が伝わる可能性が高いってね。だから今日はまた投下途中の三つ目の街に戻り、ビラ撒きを続行する予定。趙泰君の首については明日の朝までに考えるってさ。
ここで実際に戦いに身を投じた伊左美さんと玲衣亜さんにインタビューしてみましょう。もしかすると、この二人こそ疲弊し切っていて、今日はもう動けませんと言うかもしれないしね。
まずは伊左美さん、趙泰君と戦った感想は?
「最初はビビったけど、上手く玲衣亜と連携して危なげなく倒せたと思う。疲れ? まだあまり疲れてないよ。移動は基本、パン太がやってくれてるから。」
パン太?
「オレの霊獣の名前さ。名前は玲衣亜が決めたんだけど。」
伊左美さん自身はその名前に納得されてるんですか?
「いや、なんかパン太がその名前を気に入ってるようだったから。」
ご愁傷様です。
ちな、伊左美のなんだって斬れる剣の名前は?
「と、特にないっス。」
僕が名前を考えましょうか?
「いいです。」
「なに言ってんの? 伊左美の仙八宝の名前はピカ一文字でしょ?」
あら、どうも、玲衣亜さん。
伊左美さん、それは本当ですか?
「し、知らねえ。」
ところで、玲衣亜さんは趙泰君との戦いはどうでした?
「みんな無事に済んでよかったわ。」
疲れてません?
「まだ大丈夫かな?」
ちな、玲衣亜さんの風を操れる武器の名前は?
「風之拓斗さんです。」
なんか惜しいですね。まともな名前までいま一歩というところでしょうか。
「あら? ふつうだと思うけど。」
玲衣亜さんがそう思うなら、それでいいです。
あ、葵ちゃんはどうでした? 怖くなかったですか?
「玲衣亜さん、とってもいい匂いがしました。」
あ、なんも心配なさそうですね。
いや、別の意味でちょっと心配だけども。
じゃ、玲衣亜さん、確認しても?
うッ、唐突なアイアンクローはやめてッ。
ギブ、ギブッ、すいませんでしたッ。
というわけで、結局誰一人疲れていなかったんで、また連邦域内に戻ってきた。
前方に三番目の街が見えてくる。
アオの警戒網はまだなにも補足していない。
さっきの三人の仙道はまだ僕たちが逃走した先を探しているんだろうか?
虎さんによれば、仙道の絶対数はそう多くないから、三人の仙道が離れればその都市から仙道がいなくなる、という可能性も十分にあるらしい。だから三人の仙道がまだ捜索を続けているにせよ、国の首相に報告に行ったにせよ、崑崙山に向かったにせよ、現時点においてこの街は安全である可能性が高い。
だからいまは低空飛行でビラを撒いている。
眼下の家々や往来を歩く人々の様子がよく見てとれる。
ビラが降ってくる様子にみんな歩みを止めては上空を見上げ、僕たちの姿を目で追っている。街はちょっとした大騒ぎの様相。獣の耳や尻尾を身体から生やした人たちがあちらこちらをウロチョロしているのを見るにつけ、人種が違うんだなぁと妙に感心する。パパ獣人もいればママ獣人、小っちゃな男の子獣人、女の子獣人もいる。話す言葉も似ていて、建物も似ていて、人も似ているけど、なにかが確定的に違うんだろう。だから、お互いに施した線引きを逸脱してまで混ざり合おうとしない。一方で、伊左美のように獣人の女に興味を示す奇特な人物もいる。こういう人材がいま、両国間に求められているんじゃなかろうか。伊左美は双方の和平を司る救世主だった?って、んなわけないか。動機が不純だし。
三番目の街のビラ配りが終わると、早々に僕たちは虎さんの屋敷に転移した。
まだ日は高いけど、四番目のビラ撒きの途中で日が暮れるのも厭だし、翌日の動きを警戒されるのも厭だし、持ち出した紙も少なくなってきていたしね。
で、日が暮れる前に趙泰君の首を鄧珍と桃里の墓前に供えてこようという話になった。
「虎さんとチーム靖、どっちがやったことにするん?」
そこが肝心だ。
「ちょっと考えたけど、やっぱりチーム靖として墓に参ろう。この機に異世界の存在を仙道たちに知らしめてもいいと思う。」
ん? 結構大胆な行動に出ようとしてんな。
「下手に聖・ラルリーグと連邦を刺激することにならない?」
「現状、聖・ラルリーグの異世界へのイメージは最悪だからね。趙泰君の首を利用して少しでも認識を変える人が現われたら儲けものって感じ。聖・ラルリーグにとっては犯罪集団であるチーム靖だけれど、鄧珍と桃里の仇討ちを果たしたとなれば多少は評価も変わるだろう。その代わりに連邦からは趙泰君の仇として認識されるけれど、一方で連邦にとって僕たちは異世界との繋がりを持つ貴重な人材でもある。」
適当に相槌を打って頭を整理しながら虎さんの話に耳を傾ける。
「いまや連邦が異世界への進出を目論んでいるのは聖・ラルリーグ内でも周知の事実だからね。迂闊に僕たちに手を出せば、下手すると僕たちが連邦に協力しかねないくらいのことは考えるだろう。つまり、立ち回り次第で僕たちの安全は確保されるし、墓参りにこの異世界の服装で行けば異世界の宣伝にもなる。」
う~ん、虎さんがなんか周りを巻き込もうとしているのは判ったけど、そんなんで認識が変わるほど仙道の頭って柔らかいのかな? なんか墓参りの途中でお縄になりそうな気がする。
そんな心配を口にすると、「確かに墓参りの途中にどんな仙道に出遭うか判らないから、その不安は判るよ。でも、そのときは転移の術で上手く逃げてやるだけさ」だって。葵ちゃんの方を見れば、「任せてください」と力強く頷いている。出会った当初は誰も異世界に関わらせたくないと言っていたのに、みんなと異世界についての話を共有するうちに“独り”より“みんな”の方が楽しくなってきたんだろうね。みんなが異世界の服装に着替えたときも葵ちゃん、嬉しそうにはしゃいでたし。
「この恰好でいる以上、もう転移の術を隠している必要はないからね。ま、相手が仕掛けてくる攻撃を避けはしても、こちらから攻撃はしないけど。チーム靖はクールでスマートなんだ。いい大人は話の通じない子供の悪戯に癇癪を起したりはしない。つまり、聖・ラルリーグの仙道は無知な子供と同じなんだ。私たちはその子供たちにこれから知識を与えていく大人なわけだよ。立ち位置というか、気持ちとしてはね。」
ん、ん、なるほど。
「芯から悪いことをするってわけじゃないんだ。堂々と行こうぜ。ボス。」
ちょっと思案顔の僕の肩を伊左美が叩く。
ホント、そのへんの会社員みたいな恰好しやがって。
ホント、恰好良いんだから。
「うん、チーム靖はクールでスマートな集団だ。なにも知らずに茶々入れてくる連中のことなんか眼中にありゃしませんってな感じで、さっさとこの難局を乗り切って、聖・ラルリーグにお菓子屋をオープンさせようかッ。」
僕の言葉にみんなが息を詰まらせる。
締めの台詞を外すとか恥ずかしいからなんか言ってッ。
「う、う……靖さんもいつのまにか立派なボスになって。」
虎さんが袖を目に当ててなんか言ってる。
「最終的な目標を見失わないボスの鑑。」
玲衣亜もなんかぶつくさ言ってる。
「ボスはやっぱりボスだった?」
葵ちゃんも適当なノリで言ってんじゃないし。
「店長ぉ、いつ店出すんスかぁ?」
知らねえよッ。
みんな適当におだててくるけど、やっぱボスは虎さんでしょッ?




