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3-15(92) 逃げた

あんな大暴れをしたあとだけに、僕たちは速やかにその場を離れて、アオに周囲を確認してもらいひとまずの安全を確保した。

深い森の中。

木々の間から漏れる光も少なく、全体的に湿気ている感じ。

人の通った跡もなければ、枝打ちしたような跡もなく、ふだんから人の寄り着かない場所なのだと察せられ、隠れるには問題ない場所だ。

アオが小さくなった霊獣三匹と戯れている。

喧嘩でもしなけりゃいいけど。



趙泰君ちょうたいくんの襲撃は当初から想定していたらしい。

二年前、セント・ラルリーグの仙道二人、鄧珍とうちん桃里とうりがやはり密入国を犯した罰として趙泰君に殺されている。ただ、当時は異世界捜査の協力体制を敷いていたので二人に罰を受ける理由はなかった。そのことを問題として審議をした結果、体制の施行を知らなかったという被告人の言い分が通ってしまい、結局、趙泰君にはお咎めなし。でも、それで聖・ラルリーグの仙道が心から納得するはずもない。趙泰君への恨みはそのまま、僕たちに向けられることになったという。そもそも僕たちが異世界とこちらを行き来していなければ、連邦を捜査する必要もなく、二人も殺されなかったんだってね。

それなんて逆恨み?

なんかいろいろシコリはあるけれど、聖・ラルリーグにとって趙泰君は二人の仇であり、その首は二人の墓前に供えなければならないって点は変わらない。だから、とらさんも出会い頭にやっつけようと判断したんだ。



で、ここまではいいんだけど、問題は、この首級を虎さんの手柄にするか、チームやすしの手柄にするかってことみたい。

虎さんの手柄にすれば誰になにはばかることもないが、複雑なのがチーム靖の手柄にした場合。上手くいけば聖・ラルリーグの僕たちへの偏見を正すことができるかもしれない。だけど、僕たちが趙泰君を殺したことが連邦に露見すれば僕たちが連邦域内で動きにくくなる。それに、僕たちが仇を討った事実をどのように聖・ラルリーグに伝えるか、という問題もある。いたずらに僕たちの正体が詮索されるのも面白くないしね。

そこまで考えると、もう虎さんが仇を討ったことにした方がいいんじゃないかとも思う。



「みんな無傷で趙泰君をやっつけられたからといって、今後も油断はならないからね」と、みんなに向けて虎さんが言う。

趙泰君を圧倒できたのは三対一だったからで、しかもアオまでいて相手の出方を窺ってくれていた。もしこのうちの一人が欠けていても、無事に勝つことはできなかったかもしれないって。

うん、みんなも凄かったけど、ドラゴン二匹を使役していた趙泰君も十分凄かったもんね。僕、吐いちゃったし、武器も失くすし、そういう意味では無事じゃなかったしね。

なんでもあのドラゴンを召喚するのが趙泰君の術らしく、そういう意味では爺さんに似た術師ってことになるのかもね。爺さんもがんばればドラゴンとか召喚できるのかな? ま、ドラゴンを召喚されるよりを召喚できるってことの方が恐ろしいように思われるけども。



で、やっぱり趙泰君を拘束していた鎖が虎さんの仙八宝だった。ただ“抜いた”だけではアクセサリーのような細い鎖なんだけど、その太さ、長さ、強度、動きまで虎さんの意のままに操れるらしい。

僕は懐に忍ばせた拳銃に触れてみる。

虎さんの鎖と僕の拳銃と、いざというときどちらが素早く相手をやっつけられるだろうか?

虎さんと敵対することはまずなかろうと思うけど、やっぱり今回のような事態を目撃すると、虎さんたちと自分との距離というか、人種の圧倒的相違を感じずにはいられない。

拳銃を使ったことはまだないけれど、もし、また異世界へ行く機会があれば補充用の銃弾の入手も考えなけりゃならないな。



そんなこんなで、男三人、生着替え。

虎さんと僕はブルージーンズにTシャツ、その上にジャケットを羽織る。

伊左美はスラックスにYシャツ、ネクタイ、背広というフォーマルな装い。

どうやらそのお洒落かつスマートな服装でもって、獣人たちに異世界って素敵ッって思わせたいらしい。うん、その草の根的な活動にも余念がない姿勢は素晴らしいけれど、戦う気あんの? と問えば、戦う気なんてサラサラないぜ、だってさ。

そうそう、僕たちは戦いに来たんじゃない。ビラ撒きに来ただけだった。

そこに玲衣亜と葵ちゃんも着替えを終えて登場。

玲衣亜は涼し気な水色のワンピースにどこぞのご婦人ですかというような羽根つき帽子。

葵ちゃんはパンツに薄手のロングコートを羽織っている。

みんな自由気ままな恰好してんな。

さっきの伊左美の言葉を聞いてなければ、呆れ返ってしまってるところだった。

もう優雅に空中散歩しながらホホホって上品に笑いながらビラを撒く姿しか想像できない。それだけ玲衣亜の帽子が強烈なインパクトを放っている。日傘でも差せばさぞ似合うことだろうさ。

まあ、こんな出で立ちの集団を見たって、敵もまさか戦意がありとは思うまいから、これはこれでいいのかもね。

でも残念でしたね。

ここから顔を隠していただきますよっと。

僕は用意していた柄付きの布をみんなに渡す。

この布を顔にグルグル巻いて、正体を隠すわけ。目だけ出してね。

これで怪しさ一〇倍ッ、お洒落もクソももうなんもねえなっていう。

だがこの布の受け取りを葵ちゃんが拒否ッ。

なんと自分で用意したサングラスとマスクで十分だってさ。

集団の統率を乱すなんてッ、この子はホントッ。

でも、さすが異世界滞在歴が長いだけあって、用意がいいね。

あ、玲衣亜さんが羨ましそうに葵ちゃんを見てる。

「ふ、そう思って玲衣亜の姉御の分も用意しときましたぜッ。」

と葵ちゃんがサングラスとマスクを玲衣亜に渡すと、玲衣亜が「ありがと~、葵ちゃん~」と葵ちゃんの頭を手の平でクシャクシャにしている。

「なんでお礼言いながら嫌がらせしてんだよ?」

苦笑しながら、まあ非難したわけなんだけど、「え? 違うよ、いい子いい子してるんでしょぉ?」と本人、気づいてないみたい。まあ、よく見ると葵ちゃんもそんなに嫌がってないようだから、別にいいんですけどね。

それよりも気になったのが、サングラスにマスクって恰好も結構怪しいってことだけど、ま、布グルグルよりはマシか……って五十歩百歩だけども。



準備も整ったところでいざビラ撒きッ。

主要都市の上空から適当にビラを撒いていく。

ビラがヒラヒラと落下していくけど、僕たちは前進し続けているためビラが降ってきたことに対する町の人の様子を観察することはできない。

建物が密集してる部分をジグザグに進みながら、適当に撒いていく。

一つ目も二つ目の町も問題なかった。

だけど、三つ目の町で問題が起こった。

また空飛ぶ仙道が僕たちに迫ってきたのだッ。

しかも今度は五人だっていうッ。

判ってた。

判ってたけど、仙道ホイホイ過ぎんだけど、五人はさすがにヤバいんじゃない?

「逃げるよッ。逃げてッ、逃げてッ。」

虎さんがみんなに指示を出す。

一目散に町を離れる僕たち。

その後はアオに指示を受けながら、仙道のいない方、いない方へと方角を選んで進んでいく。後ろから追ってくる仙道に諦める気配はない。でも、スピードに差がないのか、追いつかれる気配もない。

そうして眼下に森が見えてきたところで、森の中に身を隠し、そのまま葵ちゃんに転移の術を使ってもらい、虎さんの屋敷に移動した。

「ふう~、危なかったぁ。」

虎さんが感嘆の声を上げる。

「こんなんずっと続けていくん?」

僕が尋ねる。

「いや、僕たちが異世界との関わりがある者たちだと認知してもらえれば、それなりに話す余地はできると思うから。ま、それまではいまみたいに逃げの一手だね。」

と虎さん。連邦も謎の集団からの情報を得て、異世界の調査を進めたいと思っているだろうから、異世界との関わりがあると判れば、早々に僕たちを消そうとは思わないはずだ、という考えらしい。

「やっぱり五人とかってなると倒すのは無理なん?」

「う~ん、相手次第だろうけど、相手が誰かってのが判らないうちは、迂闊に関わり合えないって感じ?」

ああ、なるほどね。

虎さんの屋敷で落ち着いてしまうと、もう腰が重くなる。

「で、今日はどうすん?」

もう今日はがんばったからいいんじゃない? っていう期待を込めて尋ねてみるも、「うん、少し休憩したら続きしに行こうか」だって。ちょっとうなだれてしまうけども、連邦も広いらしいからね。ペース配分を間違えると作戦の意味がなくなってしまうし。

でも、さすが虎さんだよね。

自分を律することもできない僕は、やっぱボスじゃないんだよなぁっと、思ってしまうのでした。

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