3-12(89) 変わった
葵ちゃんと爺さんに説得されて、参っちゃった。
葵ちゃんによれば、僕の居るべき場所ってのが伊左美と玲衣亜の隣なんだとか。
まあ、家に居てもゴロゴロしてるだけだしね。
それと比べれば、伊左美や玲衣亜と一緒にいるときのほうが確かに充実してるんだよなぁ。とはいえ、充実してても若くして死ぬのは勘弁。
でもね、爺さんも異世界に道連れにされたってのに、怒るどころか僕の愚痴を聞いてくれるし、葵ちゃんも優しく接してくれるし。
こんなふうにやられると、なんか断れなくなっちゃうんだよね。
ていうんで、僕は作戦に参加するためにも小夜さんを訪ねることにした。
死と隣り合わせの敵地に赴くならば、死にたくないとかっていう臆病風は邪魔なんだもの。
鉄道でガタゴト揺られること三時間。野を越え、河を越え、山を越え、まもなく北エルメスからエルメス中央部に位置するリリス市に到着。鉄道駅から僕たちの古巣である希望の港館までは徒歩二〇分くらいの距離で、案外近い。今回は葵ちゃんと爺さんを伴って来てるけど、小夜さんに用があるのは僕だけなんで、二人には近所の喫茶店で時間を潰してもらう。二人には小夜さんのことをナナさんだと偽っているし、術のことも話していないからね。
訪ねたとき、小夜さんは部屋の掃除をしているところだったけど、無理言って掃除の手を止めてもらい、テーブルに着いてもらった。これからお話をしようというのに、なぜか小夜さんギターを抱えていらっしゃる。いや、練習熱心なのはいいんだけどね、僕の話もちゃんと聞いてねッ。
小夜さんが奏でるアルペジオ。
なんか肩の力が抜けて、リラックスできる感じ。
小夜さんと相対し、まずは今度遂行される作戦とその作戦が抱えるリスクについて説明する。それから本題を切り出した。
「僕の中の死にたくないっていう気持ちをキレイさっぱり消してほしんだ。」
「え?」
小夜さん耳を疑ったのか、口をあんぐり開けて一瞬固まっちゃった。でも、すぐに聞き返してきた。
「死にたくないって気持ちを消したい……って言ったのか?」
「うん。」
「じゃあ、死にたい……のか?」
「いや、死にたくはないんだけれど。」
「はい、無理ぃッ。矛盾が発生しましたぁ。意味がわっかりっませ~ん。」
嬉しそうにそう言ってギターをジャカジャカ掻き鳴らす小夜さん。
言葉遊びでやられたって感じだけど、これは言葉が足りなかった僕が悪い。
「ごめん、ちょっと説明不足だったよ。死にたいわけじゃないんだ。ホントは、死にたくなくて仕様がないんだよ。死ぬのは怖い。ま、百歩譲って死ぬのはいいとしても、誰かに殺されるってのが厭なんだ。それは今度の作戦への参加を決めたいまになっても、変わらないんだよね。」
「そりゃ、誰しも同じだよ。」
「だけどさ、中には殺されることを恐れてない奴らもいるんだ。」
「大方玲衣亜たちのことを言ってるんだろうが、残念、たぶん違うな。あいつらだって、殺されるのが怖くないなんてことはないはずだ。ただ、死ぬのが怖いのなんのと言って動かないってのが、あいつらには無理なだけなんだろうさ。」
「それだよ。僕も、できればそう在りたいんだ。」
「ふん、大方そんなことだろうと思ってたよ。」
「そしたら、ちょっと曖昧過ぎるかもしれないけれど、術でさ、僕の心をそんなふうに変えてもらえないかな。」
小夜さん、あらぬ方を見ながら思案してるみたい。
「だが、すでにその作戦に参加すると決めたんだろう?」
小夜さんの問いに頷く。
「じゃあ、それでもういいんじゃないか? なにも、私の術でわざわざ心の在り様を変えなくてもいいだろう。」
決めたといっても、説得された挙句に渋々って感じだからね。
そんな気持ちでみんなと一緒にいて、いざというときに臆病風に吹かれて迷惑をかけることになったらと思うと、それもちょっと怖いんだ。
「小夜さんは僕に術をかけるのが厭なのかもしれないけど、できれば、お願いだから、僕に術をかけてほしいんだ。小夜さんが思ってるほど、僕の心は強くないし。」
小夜さんはしばらく躊躇していたけど、結局は施術することに同意してくれた。
「臆病風を少し下げ~の、勇気を少し上げ~、かな。」
強気な臆病風くんを衰弱させて、へっぴり腰の勇気くんを鍛えるって感じ?
「なんか均してバランス取ってるみたいだね。」
「うん、そんなイメージ。」
「そんなんで大丈夫かな。」
もっと極端に変化させてくれないと、結局なにも変わらなさそう。
「大丈夫、このやり方ならあまり違和感を覚えずに済むはずだ。」
違和感っていうのは、まるで自分が自分じゃなくなったという感覚のことらしい。
これまで連続していた自己が、小夜さんの施術を境にして分断されてしまったかのような錯覚。あれ? 僕ってこんな感じの奴だったっけ?ってなったとき、おそらく僕は過去を遡って、自己分析を試みるに違いない。そのときに、いまの自分を形成すべき経験のピースが見当たらなくて、混乱に陥るかもしれないと、小夜さんは憂えているみたい。どんな自分になっても、こりゃ小夜さんのおかげだねッって暢気に考えられる人物ならば問題ないが……とのこと。
僕はどう分析したって後者の人間だろう。
問題ナッシン。
と、僕が腹を括っているにもかかわらず、小夜さんの脅迫は続く。
過去に施術してきた人たちのなかには、名前を捨てた者も多数いるのだの、罪を犯し死刑になった者がほとんどだの、自ら命を絶った者もあるだの、ろくでもない例ばかりが語られる。
ま、私を頼ってくる奴にふつうの奴はいなかったからなと、オチのつもりだったら悪い冗談だ。まるで僕もふつうじゃないみたいじゃない?
要するに、小夜さんがなにを言わんとしているかというと、心を弄るっていうのは、なかなか並大抵のことじゃないらしい。
特に、誰かの遠い将来のことまで気にしながら施術するのは今回が初めてとのこと。
「失敗しても恨むなよ?」
そう真顔で念を押されると、ちょっとくじけそうになる。
小夜さんの術も完璧ではなく、以前、葵ちゃんに施術したときも失敗してたようだし。
ま、あれは瞬間的に術を発動したのが原因だというから、今回のケースなら大丈夫だろう。
そしていよいよ施術されることに。
「成功すれば、靖はいまより一段階いい奴になるはずだ。」
「うわぁ、いまよりいい奴になったらまずいわぁ。逆に嫌味な奴になる気がするわぁ。」
「ふん、言ってろ。」
そんなやりとりの末、ものの数秒で施術は完了。
ん、特になにも感じないけれど、こんなもんなのかな?
「気分はどうだ?」
「特になんともないけど。」
「ならよかった。」
「ふ~ん。」
あまりなにか変ったって実感はないけど、これまでのように作戦への参加を躊躇する気持ちがなくなっていた。なぜいままであれほど参加をためらっていたのかが不思議って感じ。その点を確認して、ようやく施術されたんだなぁという実感が湧く。
「なるほど、うん、ありがとう。」
「変わった?」
「変わったみたい。」
僕が答えると、小夜さん席を立ってバケツの中の雑巾を取り出す。
掃除の続きをするからさっさと帰れってさ。
そう追い立てなくってもいいのにッ。
「じゃあ、行ってくるわ。また会いに来るね。」
「なんしに?」
「別に、ただ、会いに来るだけよ。いいでしょ?」
「別にいいけど、今度来るときは手土産の一つくらい持ってこいよ。」
「ああ、そうだね。」
「じゃあな。」
「また。」
僕は小夜さんの部屋をあとにした。
転移の術のカードが少なくなるにつれ、こっちの世界が遠のいていく気がする。
といっても、僕、あと何枚カード持ってたっけ?
帰って一度数えとかないとッ。




