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序-9 (9) 雰囲気には流されるじゃん?

ようやく舞台が異世界に移ります。


 遠いところで、なにかが激しく叩かれる音が響いていた。

 僕は最初、それを夢かなにかだと思っていたんだ。

 けど、意識がはっきりしてくると、それが現実だと判る。

 来客だッ。

 玄関の戸を叩いているんだ。

 しかも、しつこく、しつこく。

 このクソ気分が悪いってのに、なんなんだッ。朝っぱらからよぉ?

 寝転がっている間に帰ってくれればいいと思ったけど、相手はそんなにヤワじゃなかった。

 一体、どれほどの間叩いているのだろう。僕は諦めて重い身体を起こし、ずいぶん待たせてるんだろうなと虚ろな頭で考えながら部屋を出る。



「靖さーん、靖さーんッ。」



 部屋を出ると、玄関を叩く音に交じって、女性の声。

 髪の乱れ、衣服の乱れが気になったが、気持ち悪さが勝り、とにかく応対を済ませることに。瞼をこすりながら玄関を開けると、さんが立っていた。

 全身から血の気が引いた。

 そうだよッ、今日は異世界へ出発する日じゃないかッ。いま思い出したッ。

「おはよう、ございます。」

 快活さを取り繕ったつもりだけど、どこか寝惚けた声になっている。

「おはようございます。あの~、異世界、行くんですよね?」

 はぁ?

 この僕の格好を見て異世界へ行こうとしてると思う?

 行けるわけないじゃんッ。

「あ、ええ。すいません、行こうと思ってたんですが、まだ準備もなにもできてなくって。もし、時間とかアレだったら、本当に申し訳ないんですが、僕はもういいんで、玲衣亜さんたちだけで異世界へ行ってきてください。」

 そう言ってしまうと、ちょっと心が軽くなった。

 そうだよ、この最低なコンディションでなにかをしようっていうのがムリなんだ。とりあえず今日は静かに休ませて。

「異世界、行きたくなくなっちゃったんですか?」

 玲衣亜さん、切なそうに問いかけてくる。

 やめてよ、そんな表情、反則だわッ。

 ちょっとぉ、全然おばちゃんじゃないんですけど?

 清純派可憐系少女(偽)って感じでさえあるんだけど。

「いや、行きたいけど、こんなことになっちゃって、もういいかなって。」

 うん、人間、ときには諦めが肝心だよ。

「いえ、いいんです、いいんです。大体の事情はに聞いてますから。実は伊左美も今日寝坊しちゃって、話を聞くと昨晩お酒を飲み過ぎたっていうんで、説教しておきましたからッ。靖さんは気にしないでください。大体、伊左美が悪いんです。」

 ああ、僕もそう思うわ。大体伊左美が悪い。

「でも、いまから準備すると少し時間かかりますよ?」

 こういうふうに話が展開してゆくと、なんか断れないんだよね、僕って。

「着替えとかですよね。なんだったら、私もお手伝いしましょうか?」

「いいですッ、いいですッ。様に見せられるような部屋になっていないんで。」

 やっばいわ~、もしいま部屋の中見られたら散らかり過ぎで人格を疑われちゃう。

「そうですか、じゃあ、先に行って待ってますね。」

「こないだ異世界へ転移したときと同じ場所でいいんですよね?」

 一応、確認しておく。

「そうです。別に慌てなくていいですからねッ。では、またッ。」

 そう告げて背を向ける玲衣亜さん。

 笑顔が可愛らしいね。おばあちゃんなのにね。

 ああ~、面倒臭いわ~。

 玄関を閉めて、僕は盛大に溜め息を吐いた。



 風呂敷包み一杯の着替えを準備して、家を出る。

 集合場所に行くと、四人が待ちかねたとばかりに僕の方を向いた。

「おはようございます。すいません、寝坊してしまって、遅くなりました。」

 開口一番、謝っておく。

 とらさんも玲衣亜さんもロアさんも、寝坊をそんなに気にしていないようだった。それどころかロアさんは僕に、「異世界へ行く機会を与えてくれてありがとう」とお礼まで言う始末。なんでも、僕がカードを拾ったんでなければ、こんな結果にはならなかっただろうと思っているらしい。



 そして、ついに伊左美と相対する。

 謝るのは僕か、伊左美か?

 玲衣亜さんは大体伊左美が悪いというが、実際、悪くはないんだよね。

「昨日は悪かったな。でも、靖も大概酒強いだろ?」

「え?」

 あれ?

 昨晩まで靖さんだったのに、いま、靖って呼び捨てにしたよね?

 酒を飲んでいる途中で、なにかしらの変化があったんだろうか。

「だって、全然顔に出ないんだもん。だから、お、まだイケんなって思って、調子に乗っちゃったんじゃないかッ。」

 なにそれ?

 最後、僕のせいみたいなことを言ってるんだが。

「いや、ああ見えて僕は途中から記憶ほとんどないからね? 我ながらよく家に帰れたと思うよ。」

 少し言葉を砕いてみる。でもホントに、昨日は店を出てから家に帰るまでの記憶がないわ。それ以前も覚束ないけど。

「ホントに? そりゃ申し訳なかった。ま、次からオレが調子に乗り出したら注意してくれよ。」

 僕の言葉にも特に違和感を覚えてないみたいだ。

 いつのまにか少し仲良くなってたみたいね。

 ほとんど覚えてないけどッ。

 あ、僕も謝っておかないと、フェアじゃないね。

「気づいたら注意するけど、昨日は僕も悪かったよ。今日は伊左美も寝坊したんだって? いや、外見だけだとお互いに酔ってるかどうか判らんものですな。」

「だな。」

 ふ~、スッキリッ。



「じゃ、行くよ~。」

 虎さんが気の抜けた声で告げる。

 僕たちは手を取り合った。

 見回すと、顔を隠すように頭巾をすっぽり被った人物が虎さんの隣にいる。

 あれ、さっきまで僕のほかは4人だったのに、一人増えている?

 それとも僕の注意力不足?

「転移解除ッ。」

 次の瞬間、見覚えのある異世界の風景が眼前にあった。



「マジか。」

「オ~、ゴッドッ。」

 伊左美も玲衣亜さんも、初めて異世界に来たときの僕と同じように驚いている。ロアさんは目を白黒させているばかり。

 今回は周りを建物に囲まれた小路に出てきたみたい。前回と転移場所が異なるのは、荷物もあり大人数だってんで、万一に備えて虎さんが気を利かせたようだ。やっぱり現われたり消えたりを人に見られるのはマズイもんね。



 小路には遠くを駆けてゆく子供たちが見えるばかりで、ほかに人通りはない。薄暗くて陰気な場所だ。見上げれば長方形に切り抜かれた青空。そして、道を挟んだ建物同士のひさしに物干し竿が渡されていて、いくつもの洗濯物が風に揺れている。

 真上からバタンッと音が鳴った。

 大方どこかの窓の鎧戸が閉められたのだろう。

 みんな一斉に上の方に目をやる。

 虎さんをはじめみんな、やはり転移の瞬間を誰かに見咎められることを気にはしているんだろうね。

 転移してきて早速、僕は一抹の不安を覚えた。

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