3-11(88) 逃亡
あきまへん。
逃げられまへん。
爺が……爺がいじめる。
例によって虎さんが「え? 靖さんも参加するんでしょ?」とか抜かすもんだから、ま、予想の範疇だったからそんなに驚きはしなかったんだけど、例によって「僕が参加しても足手まといにしかならないから参加するわけないじゃん」って言って、有無を言わさず異世界に転移したわけね。秘蔵の転移の術のカードを使って。
単独で降り立ち感じる異世界の風は自由の香りがすらぁ、とか、感慨に耽ってたわけ。同時に背負いこむ生活の苦労も敵国に侵入する苦労と比べれば赤ちゃんみたいに可愛いもんだと、そのときは手にした自由ばかりに気をとられてた。
なのにその一時間後には向こうに連れ戻されるってどういうことッ?
はあッ? 自分いまなにしたか判ってんスか? 転移の術のカードが一枚無駄になったんスよッ。もう無意味なことしないでくださいよッ。
つって爺さんに言って、すぐさま二度目の転移をしたわけね。
そしたらすぐさま二度目の召喚ですよ。
おっいいいいいッ、爺、てめえになら僕ぁ勝てるぞやんのかオオッ?って、言いたくなったけど、我慢した。
老人にそんな悪態を、しかも人前で吐いて生きていられるほど、僕の自尊心は穢れちゃいない。
でも、異世界人を救出するという崇高な精神に基づいた作戦への参加を拒否して憚らないくらいには、僕の自尊心はとっくにへしゃげてるから。
戦力にもならないのに作戦に参加してさ、無駄に死にたくないんだよね。
どうして虎さんたちにはそこんとこが判んないかなぁ。
僕に仕事を斡旋しなかったのは、もしかしてこういう事態を想定して、僕を捨て駒よろしく使い捨てようと考えてたからなのでは? とかね、変に勘繰っちゃうよね。
虎さんや伊左美、玲衣亜にとって僕って一体どんな奴だったんだろう?
きっと、転移の術のカードを分かち合ったり、異世界の調査に協力したりってんで、都合のいい奴くらいに思われてたんだろうね。
「ねえ、虎さんがなんと言おうと、僕は絶対、今度の作戦には参加しないよ。だって、死ぬの判ってんだもん。」
もう相手も耳タコになってんじゃないかと思われる台詞。
ホント、僕、こればかり言ってんな。
でも、これが参加拒否の唯一無二の理由だからね。
仕方ないね。
仙人の里にある爺さんの家。
爺さんと葵ちゃん、トーマスさん、アオに加え、虎さんと伊左美、玲衣亜もいる。
葵ちゃんの父親は古い友人を訪ねていて家を空けているらしい。
みんなが見守る中、僕は二度、爺さんに召喚され、いまも爺さんと虎さんの二人と作戦参加の是非を巡って話し合っているところ。
虎さん、僕のことは絶対に守ると言うけれど、葵ちゃんも危なくなったら僕を連れて転移で逃げると言うけれど、でも、だからって命が保障されるってわけじゃないんだよなぁ。虎さんと葵ちゃんが即座に殺される可能性だってあるわけだし。それに僕だって転移の術のカードは持ってんだ。だけど、カードを使う前に殺されることだってあろうしね。そんな危険な場所へ、ノコノコ出向く馬鹿はいない。
僕に参加してほしい理由は、単に人数が足りないからだってさ。
そんなの、ほかの誰かを雇えばいいんだ。
虎さんの霊獣の後ろに乗ってビラを撒くくらい、誰にだってできるじゃない?
なのに、僕に固執する理由が判らない。
聞けば、この時期に連邦を訪れることや、ビラの内容など、他人にはそう易々と伝えられない内容が作戦に含まれていることが僕に固執する理由だそうだが、僕がその条件をクリアしているからといって、作戦への協力を強制される謂れはない。
それなら虎さんの力でもって、以前のように死刑囚でも引っ張ってきて、無理矢理作戦に従事させてやればいいんだ。と返せば、死刑囚とはいえ長期間連れ出すのは難しいし、なにしろ安心して背中を預けられないだとさ。
そうだ、ロアさんッ、ロアさんなら異世界にも行ったことがあるし、理解もあるじゃないか。
ん? いくら異世界の秘密を共有しているといってもロアさんを巻き込めないって?
やっぱり危険なんじゃないかッ。
ロアさんよりも僕の方にこそ作戦に参加する理由があるはず、だと?
くそったれッ。参加する理由もあるけど、参加しない理由だってあるんだッ。
「靖さん、葵だって別に戦う術を持っているわけじゃないんだ。だが、葵は作戦に参加すると決めた。なぜだと思う?」
爺さんが尋ねてくる。
そんなの判ってる。責任感が強いからだろう? 生憎僕には、それほどの責任感もありゃしないんだ。
「判った、判った。判ったよッ。」
でも、僕は言い訳をやめて、爺さんに手を差し出す。
「もう、観念したよ。爺さん、仲直りだ。」
そうして爺さんと握手した瞬間ッ。
「おじいちゃんッ、ダメッ。」
葵ちゃんの悲鳴が響く。
でも、もう遅い。
「転移解除ッ。」
と僕は言った。
リリス市の次に僕たちが拠点を置いた町、北エルメスのポポロ市ルノア町。
海沿いには波止場が延々と続き、小型の漁船が幾艘も道端のビットに繋がれ、沖の方には大型の蒸気船が停泊している。
人気のない桟橋に僕と爺さんは転移してきた。
「これで僕と爺さんは二人きりだ。ま、仲良くしましょうや。」
僕はさらに力を込めて、ガッシリと爺さんの手を握る。
この茶番のために使ったカードは三枚。
使い過ぎとは思ったが、虎さんたちから逃げるにはこうするよりほかなかったんだ。
「まさか、オレを道連れにするとは思わなかったよ。」
爺さん苦笑いを顔に浮かべている。
爺さんと葵ちゃんには悪いことをしたと思う。
だけど、爺さんも僕に悪いことをしたから、爺さんとは貸し借りなしだ。
葵ちゃんにはなにをしたって、もう償いようがないな。
小波に揺れる桟橋がピチャピチャと水を弾く。
海鳥がクゥクゥ鳴いている。
潮の香りが強い。
聖・ラルリーグも連邦も関係ない、僕にとってなんのしがらみもない世界。
いままでは伊左美と玲衣亜が一緒だったから、こんな感覚はなかったが、いまならはっきりと感じられる自由と孤独。
ま、爺さんはいるけど、爺さんについてはきちんと説得したあとに帰っていただくとするさ。
「で、ここはどこなの?」
ッッ!?
振り返れば……葵ちゃんッ?
「お、お久し振りです。」
「三〇秒振りってところかしら。」
「こ、こんなところで会うなんて、奇遇ですね。今日は観光かなにか、ですか?」
「そうね。私もこの町はいいなぁって思ってたし。」
「あら、気が合いますね。」
「ま、ちょっと落ち着いて話しでもしましょうか。」
「は、はい。」
僕と爺さんは桟橋から堤防の方に連行された。
あきまへん。
逃げられまへん。
爺と……その孫が一緒になっていじめてくる。




