3-9(86) 悟った
なんかホントに戦う気あんの?って感じになってきました
ヤバいです
感情を露わにし過ぎた。
僕が女に縁がないってのに、惚れた腫れたの惚気話を聞かされたから?
やや酔って気分が高揚していたから?
伊左美と玲衣亜がどうにかなるってのが不安? 認められない?
だからって、伊左美を口汚く罵っていいわけじゃない。
なのに、それをやってしまった。
伊左美はそんなの屁でもないって顔をしてたけれど、伊左美はいい奴だからね。
みんないい奴だよ。
僕だけが、なんて厭な野郎なんだろうッ。
言葉では応援してるとか言いながら、心ん中じゃ、本気で応援できずにいるんだから。
いや、そうじゃない。
言葉は大切だ。
心よりも、言葉の方が相手にはっきり伝わる。
言葉で応援してると言えたなら、それはいいんだ。
ただ、あのやり取りは言葉とは裏腹な、攻撃的な感情が出まくってて、全然ダメだったってだけさ。
思い返せば、僕はいろんな場面ですぐ感情的になってた。
いかん、いかん。いかんよ。
心はいつも静めていなきゃ。
あらゆる音を吸いこんでしまいそうな夜空のように。
湖沿いの風景を揺らぎなく反映させる湖面のように。
落ち着け、落ち着け。
静かな心を得るんだ。
羊が一匹、羊が二匹……。
ナマンダ~ブ、ナマンダ~ブ……。
にゃんこが一匹、にゃんこが二匹……、可愛い。
あう、邪念がッ。
……。
って感じに朝がきて、僕、悟りました。
寝てるときが一番心が静められてるってね。
なんのこっちゃ。
今日は異世界再訪の日。
あっちでいい暮らしをしているであろう小夜さんを頼りに、紙と印刷用の活字、インクを入手するのが目的だ。
異世界人を連行してきた謎の集団に向けたビラを連邦域内各主要都市に撒いて、連中を誘き出そうというのがこれからやる作戦だからね。
大量の紙が必要なんだ。
こっちの世界で必要な枚数を揃えようとすると、大変なことになる……ていうか不可能に近い。
だから異世界で調達するのだけれど、異世界の良質な紙を使って、それを大量に撒くことにより、僕たちが聖・ラルリーグの人間ではなく、異世界の人間であるということをアピールする狙いもある。
だっていまの連邦は聖・ラルリーグと戦争中なわけだから、聖・ラルリーグの人間には容赦ないはずなんだよね。これが異世界人となると、出会い頭にお命頂戴とはまず来ないだろうと、そう予想してるわけ。
小夜さんともリリス市から引っ越しして以来になるから、いまから会うのが楽しみだ。
虎さんの屋敷に葵ちゃんもやってきて、みんな異世界の服装に着替えて準備万端ッ、さあ異世界へ行きましょって段になったとき。あれれ、玲衣亜さんの姿が見えませんが。身支度にとまどってるのかな、と、こうなったん。
ちょっと様子を見てきてみてと伊左美さんにお願いしたら、なんかためらいがちに見に行ってはくれたんだけど、すぐ引き返して来て、伊左美さんによばれる葵ちゃん。
二人で玲衣亜をよびに行ったらば、しばらくして現われたのは猫耳カチューシャを着けた玲衣亜さん。
え? マジで?
「え? 異世界にまで猫耳で行くの?」
なにしろあっちで猫耳着けた女を見たことないし、そんなん着けてったら奇異な目を向けられること間違いなしじゃん? 僕たち全体にも関わることだけど、それじゃあまりに玲衣亜が可哀想じゃない。
「ええ、玲衣亜さんには猫耳で行ってもらいますッ。だっていまや猫耳は玲衣亜さんの一部なんです。だから、猫耳を着けて行くんじゃないんです。玲衣亜さんが猫耳なんです。……あと六日間は。」
僕の質問に答えたのは意外にも葵ちゃん。
「ま、いいよ。」
と怖い目でこちらを睨んでくる玲衣亜。
そ、そんなに厭なら断ればいいのにッ。
でも、葵ちゃんも意外に厳しいね、と思うと同時にアオの存在が脳裏を掠める。
もしかしてアオが葵ちゃんに伊左美のことを話したんじゃなかろうか?
それで葵ちゃんも面白がって……っていう。
「なるほどね。」
言いながら、我ながらなにがなるほどなんだろう? って疑問符が浮かぶ。
こりゃ、伊左美の気持ちが玲衣亜に知られる日も遠くなさそうだわ。
で、葵ちゃんの術で異世界にやってきました。
小夜さんは相変わらず希望の港館の三〇一号室に住んでいた。
引っ越しするときに僕たちの住所は教えていたけれど、あれから小夜さんからはなんの音沙汰もなかったから、もし引っ越ししてたらどうしようと思ってたけど、杞憂だったね。うん、便りがないのが元気な証拠って感じ。
どれどれ、部屋の中はなんか変わったかな?
おお、よく片付けられて掃除も行き届いてて、いいんじゃない?
本に楽器に、洋服も増えてますな。
近況を聞いてみると、やはり都合のいい金持ちを捕まえてお金を出してもらってるみたい。それで毎日好きなことをして暮らしていけんだから、小夜さんの術も便利なもんだわ。サロンって社交場にも顔を出して音楽仲間と演奏してみたり、居酒屋でバイオリンを弾いたりもしてるんだってさ。
ホント楽しそうで羨ましいったらありゃしないッ。
小夜さんの近況を聞いて安心したところで、僕たちの用件を話す。
いまのあっちの世界の状況も含めてね。
結構驚くかと思ったけれど、「またやんのか」と意外にも反応は薄い。
ま、何百年と生きてりゃ、連邦との戦争も珍しいことじゃなく思えるのかもね。
僕にとっては初めてだから、気が気じゃないのだけけれど。
「紙と活字は一応、頼みはしてみるが、もしそれがそいつにも手に余るような内容ならもう無理だからな。」
小夜さんもがんばってくれるみたい。
「うん、それはそれでいいよ。もし無理なら……ほかに上手いやり方を考えるだけだから。」
玲衣亜もがんばって話している。
というのが、玲衣亜は小夜さんと再会して以来、一度もにゃあにゃあ語を話してないんだよね。十分に吟味して、“にゃ”に置き換えなくて済むような言葉選びをしているよう。
ときどき不自然に言葉に詰まりながらも懸命に喋る玲衣亜がともてひたむきで、意地でも小夜さんの前では恥ずかしい姿を見せられないって感じとか、そんな姿勢に僕は可愛さを感じてしまうわけで。
ま、初っ端に猫耳カチューシャについて突っ込まれてたけどね。
にゃあにゃあ語を可愛いと思う伊左美。
一方で、にゃあにゃあ語を強要されながらもそれを悟られまいとがんばる玲衣亜を可愛いと思う僕。
なんか、どっちもどっちって感じ。
ホント、自分も男だけれど、他人の感情に触れるにつけいよいよ男心って奴もよく判らんくなるね。




