3-7(84) 恋?
散々考え、議論し尽くした結果、場所を指定して謎の集団の方から出向いてもらおうということになった。彼らから異世界人たちがいる場所を聞き出し、救出に向かおうって算段だ。
複数の国家を擁する連邦の領土は広大で、そこからたった一〇人ほどの異世界人を探し出すなんて雲を掴むような話だ。たとえ玲衣亜のアイデアが成功を収めていたとしても、その難易度はさして変わらなかったろう。
それよりはこちらから謎の集団に呼びかけ、彼らから異世界人たちの現状を聞いた方が早い。聖・ラルリーグの仙道としてではなく、異世界を調査する同志としての呼びかけには応じてくれるんじゃないか。連中も聖・ラルリーグを恐れている。僕たちも聖・ラルリーグに正体が露見するのを恐れている。敵の敵は味方、というじゃない? ていうか、僕たちと連中は本来味方であるはずなんだけどね。
なのに連中は他国へ亡命してしまって、はいさようならときやがったッ。
葵ちゃんの話では、連中はいま、連邦の庇護を受けているらしいじゃないか。
それってもう完全な裏切り行為だよね?
不必要に情報を拡散させてるし、こちらには向こうで得た情報をくれないし。
まあ、聖・ラルリーグの異世界への姿勢が調査の枷になるから、連邦に逃げたくなるって気持ちも判らないでもないけれど、ちょっと浅はか過ぎだな。
一度ビシッと言っておかなくちゃいけない。
お前らオレらのことあんま舐めんなよってね。
今回の作戦に参加するのは伊左美、玲衣亜、虎さん、葵ちゃんの四人。
異世界人救出のことを話した当初はあまり乗り気でなかった葵ちゃんも、伊左美と玲衣亜の真剣さにほだされたのか、話をしてる途中で作戦への参加を表明した。爺さんはこれから連邦への対応で忙しくなるってんで不参加。虎さんも十二仙だから忙しくなるはずなんだけど、こちらの方を優先してくれるらしい。とはいえ、さすがに重大な議会の行事なんかには顔を出さざるを得ないようだけど。
葵ちゃんの父親は娘の作戦参加が心配みたい。葵ちゃんは自分が関わるのは異世界人を救出するとこまでだから、と父親を説得してたけど、父親にしてみれば娘が敵地へ赴くなんて気が気じゃないよね。僕も伊左美たちのことが心配だけど、だからって作戦中止をお願いするわけにもいかないし。ぼくにできることといえば、作戦の成功を祈るくらいのもんだ。
それじゃ、作戦遂行に必要なモノを異世界に取りに行かなけりゃね。
「じゃあ、もう行く?」
事態は一刻の猶予もないんでしょ? と思って尋ねてみると、「今日はもう日も落ちるし、明日の朝行くのがいいんじゃにゃいかにゃ」と玲衣亜がにゃあにゃあ語で返してくる。そう、玲衣亜はいま“獣耳カチューシャで獣人に早変わり作戦”失敗の責任の名の下に罰ゲームを受けている最中で、猫耳を着けてにゃあにゃあ語を喋ってもらっている。「一つのアイデアが失敗したからといって責任を追及されてたら、誰もアイデアを出したがらなくなる」と玲衣亜は反論したけれど……、その反論は最もでございますけれど、面白そうってんでみんなの総意で罰ゲームが決まったのね。
ホント、多数決ってときどきクソったれな結論に導いてくれるよね。もちろん、割を喰う奴にしてみればってことだけど。
でも、玲衣亜は罰ゲーム開始当初こそ恥ずかしがったりしてたけど、話すうちに慣れてきたのかいまは平然とにゃあにゃあ言ってんだよな。逆に様子がおかしいのが伊左美だ。なんか体調が悪そうな感じで、言葉も少なく、話し合いの途中からあまり言葉も発しなくなっちゃったし。
そんな伊左美が、みんなでの話し合いのあとに声をかけてきたんだ。
「靖、ちょっといいか。」
ってんで、僕たち二人は外へ。
といっても、もう家が半壊してるから、屋内も外もへったくれもないんだけどね。
「どしたん?」
僕が尋ねると、伊左美はゆっくり話そうとでも言うように建屋の壁際に腰を下ろして、煙草に火を点ける。
「具合でも悪いん?」
「ん、ちょっと。」
フゥ~っと煙を鼻から吐き出す伊左美。
「なんか変なモンでも食ったん?」
「いや、なんかさ……。」
「うん。」
「玲衣亜がいまにゃあにゃあ言ってるじゃん?」
「言ってるね。」
「それが影響してるのか知らんけど、玲衣亜がちょっと可愛く見えるんだけど。」
「ふ、だから最初から玲衣亜は可愛いって言ってんじゃん。」
「つっても、いままで可愛いとか思ったことないし。」
「そうなんだ? ま、いいじゃん。可愛いと思えたんなら、それはそれで悪いことじゃなし。」
「なんか、変な敗北感というか、モヤモヤするというか。」
「なに言ってんの? 可愛いけどそれを補って余りあるおばちゃん要素があるから、プラマイゼロというか、ややマイナスに寄ってんのが玲衣亜じゃんッ。」
「いや、そういう理屈じゃなくて、オレはそもそも玲衣亜を部分的にでも可愛いと思ったことがなかったんだよな。」
「それはある意味すごいけども。でも、いずれにせよ伊左美が敗北感を覚える必要は全然ないと思うよ?」
「ま、そうだよな。なんだろ? これ。」
ま、僕に話したところで、なにも解決しないよね。
伊左美は依然として自分の感覚に疑問を抱いているみたいだし。
「要はにゃあにゃあ言い出したことがきっかけで玲衣亜が可愛いということに気づいてしまったのか、それともただの獣人好きなのかってことが判ればいいんじゃないの?」
伊左美の抱えたくだらない問題の解を探るべく、二つの可能性を提示してみる。
これが明らかになれば、伊左美の苦悩の種もなくなるかもしれない。
「う~ん、獣人かぁ。」
「うん、もしかすると伊左美は自分が気づいていないだけで、獣人スタイルが好きなのかもしれないッ。」
半分冗談だけど、可能性はゼロではないしね。
と思っていたら、人の気配はないのに近くから大声が響いた。
「キミたちなんなのぉ? 揃いも揃って馬鹿なのぉ?」
突如響いた声に驚いてあちこち見回してみると、なんと僕たちの頭上にアオが浮かんでいるじゃないか。
アオが声の主か。
「キミたちは全ッ然判ってないねッ。」
目が合うと、さらにアオは続けた。
ちょっとムカッときた。
「おい、人を捕まえていきなり馬鹿とはなんだよ?」
僕が真剣に怒っているのを察して、アオも一瞬怯む。
「ああ、馬鹿はちょっとした言葉の綾だから、ごめんなさい。でもねあのね、よく聞いてよ。伊左美さんはね、玲衣亜さんに恋をしてしまったのよッ。」
両手を広げて熱弁を奮うアオ。でも、残念だが不正解だ。
「馬鹿ッ、伊左美と玲衣亜は兄弟みたいな仲なんだぜッ。恋とかそんなんするわけねえじゃんッ。」
「あ、馬鹿って言ったッ。さっき人のこと怒ったばっかりなのにぃッ。」
「馬鹿なことを言えば馬鹿って言うさ。」
「もうッ、超ムカつくッ。」
僕は肩を竦めてみせてから、伊左美に尋ねる。
「で、実際どうなん? なんか恋とか帰れとか言ってるけど。」
「恋と言われれば恋のような、違うと言えば違うような……。」
「じゃあ、恋なんじゃん。玲衣亜に恋するってのは、アリだと思うよ。だって、玲衣亜可愛いし面白いし……ちょっと気が強過ぎる気がするけど、それも含めて、素敵な人だと思う。」
「だからッ、恋かどうかまだ知らねえってッ。」
「残念、もう認めてしまってるんだよ、伊左美。できれば、認めてほしくはなかったんだけどね。」
「み、認めてほしくなかった……って?」
伊左美が疑問符を浮かべているようだったから、僕ははっきりと告げてやる。
「チーム靖は終わったわ。ま、どうでもいいんだけどね。」




