3-6(83) 猫
「この二人ってホント、こうして見ると仲の良い兄弟みたいじゃない?」
虎さんが二人の寝ている姿を見てなんか言ってる。そうか、虎さんとしては親の心境なわけか。だから「可愛い」とか変なこと言えるわけだ。なお、僕には二人はただの仲の良い友達同士にしか見えない。いや、まんまじゃん。いやいやッ、まんまに見えたならそれでいいんだよッ。僕の目は大丈夫。ただ、そこに少し違和感を覚えてるって感覚にちょっと困惑。
イカれた師匠のことはほっといて二人を起こそうと近づく僕に、虎さんの手が伸びる。
なんだよ?
「まあまあ、せっかく気持ち良さそうに寝てるんだから、無理に起こさなくってもいいじゃないですか。」
「え? じゃあ、なに? 待つの?」
「寝る子は育つと言いますし。」
「大丈夫、もう二人とも十分育ってるから。」
「靖さん、それ玲衣亜の胸見ても同じこと言えんの?」
「んなこと言わないけど、いまの虎さんの発言だけは玲衣亜に伝えとかなきゃと思った。」
「酷いッ?」
「リスクマネジメントだよ。身近に潜む予想だにしなかったトラップッ。なんと尊敬する師匠はそんなとこばかり見てる変態だったッ、ってヤバいでしょ。これ結構重要な情報じゃない?」
「徒に偽りの情報を与えて、身内に疑念を抱かせるやり方には賛同しかねますね。」
「もうッ、言うわけないし。じゃあ、お父っつぁん。さっさとガキどもを起こしてやれよ。」
「お父さんって。」
「完全にお父っつぁんって感じじゃん?」
「お父さんじゃなくてお兄さんでしょ?」
ああ、親父じゃなくて歳の離れた兄って心境だったわけね。
って、どっちでもいいわッ。
伊左美と玲衣亜が起きたところでお喋りの輪に割り込み、ご近所さんにはお礼を言って退散してもらう。
倒壊した家屋のことや戦争が始まること、葵ちゃんの従者になったアオのことなど、当り障りのないことから話しながら、しばらくして伊左美たちは本題を切り出した。
攫われてきた異世界人たちを助けに行こうと思う、という伊左美の発言に爺さんと葵ちゃんは驚きを露わにする。それから当然のように理由を尋ねられ、伊左美は拉致事件の責任のちょびっとは自分たちにもあるからだと回答。
「ちょびっと?」
爺さんが不服そうに聞き返す。
「半分くらい?」
「そんなにッ?」
「の半分くらい……って、そこはどんくらいでもいいんだけど、責任の一部がオレたちにあるのは間違いないからね。罪のない異世界人たちに関しては、なんとかしてやりたいんだよ。」
「なるほどな。」
「でも、どこに居るかも判らない異世界人たちを探して助け出すなんて危険じゃないですか?」
葵ちゃんの最もな質問。質問というより、異世界人救出作戦に異議を唱えている感じかな。危険と判っていて行くの? 馬鹿なの? みたいな。
「ところがどっこいッ、そんなに危険じゃないんですよッ。」
あ、玲衣亜がなんか胡散臭そうなことを言う予感。
「これッ。見てみてッ。これなんだと思うッ?」
そう言って玲衣亜がテーブルの上に載せたのは……、ん? あ、頭に着ける飾りの奴か。
「んんッ? もしかして、カチューシャ?」
葵ちゃんは知ってたみたいね?
「そのとおりッ。ただしッ、これはそんじょそこらのカチューシャじゃないのッ。ここッ、耳ッ。」
「うん、耳みたいですね。」
「猫の耳なんだけどね。」
「はあ?」
「これを頭に着けるじゃない?」
言いながら、玲衣亜がカチューシャを頭に装着する。
おいおい、もしかしてそれで私も獣人に早変わりッ、みたいなオチじゃないだろうな。
「ほらッ、これで私も獣人に早変わりッ。」
マジだった……。
「おお、おおお。」
あ、葵ちゃんにはなんか感じるところがあったみたい。
「ねッ。これで獣人に変装して行けば、危険なんか全然ないわッ。」
「もしッ、もしもだけどッ、それで獣人たちに溶け込めたら、玲衣亜さんは天才的な発明をしたことになりますねッ。」
っていうか、葵ちゃんも超半信半疑臭いじゃんッ。
爺さんと虎さんが苦笑いしてる。
伊左美は恥ずかしそうに俯いてるし、こりゃあ、伊左美はこの玲衣亜のアイデアにすでに乗ってんだな? それでいてアイデアを披露した際の周りの反応がやや引き気味だから途端に恥ずかしくなったってとこだえろ。
ま、そんな軽いノリが功を奏したのか、玲衣亜のアイデアが使えるならという条件付きではあるものの、葵ちゃんの協力を得られることになった。
ま、爺さん的には絶対上手くいくはずないと考えてるのかもしれないけれど。
というわけで、みんなで猫獣人に変装してコマツナ連邦に転移してきましたッ。
果たして、上手くいくのか、はたまた見破られてしまうのかッ?
ここは高原。
見渡すと近くに森や果樹園っぽいのが広がっている。
あ、果樹園っぽい方に三、四人の人影を確認ッ。
とりあえず接近してみる。
うん、獣人だわ。間違いない。確かに獣っぽい耳があり、そのうえお尻の上の方からは尻尾が生えている。あの尻尾は服に穴を開けて外に出しているのかな?
近づいてくと、相手側もこちらに気づくが、あまり関心はなさそう。
さらに近づき、玲衣亜が獣人の男に挨拶する。
「こんにちは~。だいぶ涼しくなってきて作業もしやすくなりましたにゃ~。」
「ほ、ほうですのぉ。おかげで収穫も捗りますわ。」
お、案外気さくに返事してくれるじゃない。
もしかして成功してる?
「ね、今年は豊作ですかにゃ?」
「豊作言うほどじゃなぁが、まあ例年どおりよ。」
「そうなんだぁ? あら、美味しそうにゃ梨だにゃん。」
「ああッ?」
梨の入った籠を覗き込む玲衣亜に対して怪訝な視線を向ける獣人の男。
やっぱなんかダメそう。
獣人を横目で確認した玲衣亜も笑顔を引きつらせてる。
「あんたぁ、さっきからにゃぁにゃぁ言ようるが、なんなん? それ。」
うん、僕も気になってた。
「……口癖?」
ああ、目が泳いでるッ。
獣人の男は無言でそんな玲衣亜を注視している。
「キャラかしら?」
そう言って肩を竦める玲衣亜。
おいおい、お前が獣人をからかってんじゃねえよ。
ま、当人は苦し紛れの言い訳に精一杯なんだろうけども。
「あんた、こっちの人間じゃないじゃろ?」
「こ、こっちってどっちなのかしら。私、ちょっと方向音痴なもんで。」
ジリジリと後ずさりする玲衣亜。
怖い顔をして玲衣亜ににじり寄る獣人の男。
そんな二人の様子を変に思ったのか、ほかの獣人たちも二人の方へ歩いてくる。
それを見て葵ちゃんが「もう転移します」と言ったから、僕は慌てて葵ちゃんの袖を掴んだ。
数秒後、僕たちは葵ちゃんの家にいた。
結論。
玲衣亜のアイデアは没ッ。
「うぅ~、尻尾かッ? 尻尾があれば上手くいくかも……。」
ちょ、どこをどう分析したらそんな発想が出てくんだよッ。
誰か~、丸めた新聞紙持ってきてよ~。




