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3-5(82) 父さん

爺さんは葵ちゃんの父親が住む町の名と職場までは把握していた。

「じゃ、行ってくるよ」と爺さんに告げる葵ちゃんに「私も行きます」と同行を申し出るとらさんが僕の方を見るんで、「行ってらっしゃい」と笑顔を向ける。「え、やすしさん来ないの?」と拍子抜けの虎さんに「わざわざ邪魔しになんて行けるわけないじゃん?」と返せば、横合いから爺さんが「おう、葵も神陽しんようも、靖さんもなにもしなくていい」と口を挟む。「わざわざ行かなくっても、オレが召喚してやる」ってさ。



はい、“葵ちゃんの父親救出大作戦”完了ッ。



虎さんがそういえばッ……ってな感じで頬を染めている。葵ちゃんはちょっと悔しそうに眉間に皺を寄せている。ふふ、僕には判るよ。その怒りはいつもながらの自分の記憶力の不確かさ、もしくは発想の乏しさに対して向けられたものなんだろう。僕もしょっちゅうそんな思いは味わっているからね。なんで思いつかなかったんだろうッ?ってことが多過ぎて生きてくのが辛い。



まもなく葵ちゃんの父親が召喚されてきた。

葵ちゃんの父親だけど、出現したとほぼ同時に「ええッ? オレなんか悪いことした?」と惚けた感じで爺様に尋ねたのは面白かった。以前、も話していたけど、爺さんは子供が悪さをして逃げると召喚して説教を喰らわすのだとか。きっと存命中の仙道のほとんどがそうやって子供の頃に爺さんに説教されてきたのだと思うと、急に爺さんが凄く偉い、また敬うべき人物のように思えてきた。確か爺さん、大昔から爺さんだったって話だしね。



その爺さんはやれやれといった感じで息子さんに相対している。

以前と変わりない息子の姿に対する安堵も含まれているんだろう。

で、息子さんによれば、少なくとも息子さんが暮らしている町にはまだ戦争を開始したという情報は届いていなくて、町の様子も平穏そのものだという。

宣戦布告が為されたなんて信じられないッってさ。

ま、そうだよね。僕だってまだ半信半疑だし。

俄かに信じられるもんじゃない。

でも、爺さんと葵ちゃんだけは開戦を確信しているみたいで、必死に息子さんを説得してる。

開戦の狼煙が上がれば、すぐにでも交易はストップするから、もう連邦に息子さんが居る必要はないんだと爺さん。

いつ獣人たちが牙を剝くか判らないんだから、もう向こうに戻るべきじゃないと葵ちゃん。

いやいや、オレがいなきゃ仕事が上手く進まないんだ。それにオレが付き合ってる連中はみんな気のいい奴ばかりで、人を襲うなんてことはないんだと息子さん。

なんか息子さんも意外に強情だな。

そんなに死にたいなら、説得なんかせずにそのまま向こうに送り届けてやればいいのにとも思うけど、身内からすればそう簡単に匙を投げるわけにもいかないんだろう。



「ねえ、父さん。殺されそうになったのはてんさんだけじゃなくてね、転移しなかったら、たぶん私も殺されてたよ。」

「まさか。さっきの話だと門戸もんどさんは葵の命は保障してただろう?」

「あのときはね。」

それから葵ちゃんは、自分まで殺されていたと推測する理由を話し始めた。

なんでも葵ちゃんは天さんとともに一度、誤って自宅に転移したあとすぐに蛇葛だかつの屋敷の門前に転移し直したらしいのだけど、そこで建屋の方から大きな音が響いたのだという。その音は天さんと葵ちゃんの居た座敷を仙八宝せんのはっぽうで吹き飛ばしたときに生じた破壊音だろうと思われる。天さんと葵ちゃんが消えてしまっているタイミングで仙八宝が使われたのは、おそらく座敷内に誰が居てというのを確認することなくトドメを刺そうとしたからだ。だから、転移しなければ天さんはもちろん葵ちゃんも、さらに座敷を取り囲んでいた獣人たちには実際に犠牲者が出ているはずだ、というのが葵ちゃんの推測。

その話に言葉を詰まらせる息子さん。

娘が殺されていたかも、というのが事実だとしたら、そりゃ父親としては看過できない問題だろうさ。

「じゃ、これから確かめに行こうか?」

狼狽する父親に葵ちゃんの一言。

「確かめに行く?」

「そう、実際に蛇葛だかつ門戸の屋敷が壊れているかどうか。もし、私の推測どおりに座敷が壊れていたら、父さんにはこっちに残ってもらうから。」

葵ちゃん、そう言うと父親の返事も待たずに父親の腕を掴んで転移してしまった。

やっぱ便利だよなぁ、転移の術って。



転移から一分と経たないうちに葵ちゃんと父親は爺さんの家に戻ってきた。

「ね、私の言ったとおりだったでしょ? あそこには確かに以前、座敷があったの。あそこがああなるとき、もし私があそこにいたら普通に死んでるからね。」

勝ち誇ったように言う葵ちゃん。

「ああ、そうだな。」

と目を白黒させている父親。

「父さん、ちょっと聞いて。父さんが向こうでどんな人たちと付き合ってるか知らないけど、その人たちも含めて獣人にとって私たちって敵でしかないんだよ? 表面上でどんなに取り繕ってみせてたって、あの人たちは三〇〇年間ずっと私たちのことを恨み続けてるの。……父さんと親しくしてる人たちまで否定するみたいで悲しいけれど、それが現実なの。あいつら、いざとなったら虫けらを踏み潰すくらいの感覚で私たちを殺してくれるわ。」

あらら、また葵ちゃん、泣いちゃってる。

わざとなの? 演技なの? いつでも好きなときに泣けるの?

葵ちゃんは魔性の女、と。おお、相変わらず僕はひねくれてるなッ。

「判った判った。んじゃ、爺さん、しばらくオレここに厄介になるから。」

父親が葵ちゃんの肩を抱いたまま、爺さんに向かって告げる。

なんか強情だったり軽かったり、この人も変な人だな。

「こんなとこに居てお前、仕事はどうすんだ?」

爺さんもさも迷惑だといわんばかりに反論する。

「大丈夫。父親想いの優しい娘が、年老いた父を養ってくれるんだってさ。」

父親、ケロッとしてるよ。

「馬鹿言え。誰が年老いたとか言ってんだ?」

「そうだよ。父さんは私たちの家に住むんだから。」

「なんだ、葵、まだあっちに住んでたのか?」

「あたりまえじゃん。」

父親が爺さんの方に視線を移すと、爺さんは「葵もしっかりしてきたしな」と返す。

「ああ、そうだな。じゃあ、あっちに帰るとするか。」

「うんッ。」

葵ちゃんも父親の身柄を確保できたみたいで嬉しそう。

「あ、でもウチいま半壊してるから、まずは修理しないとね。」

そう告げた葵ちゃんにみんな目をキョトンとさせたけど、爺さんだけがこめかみを押さえてうなだれた。



というわけで、みんなで葵ちゃんの家まで来ましたッ。

僕と虎さんも野次馬として同行してます。

確かに葵ちゃんの家は半壊してる。建屋の内側から屋外へ向けて瓦礫が散乱していることから、内側から衝撃が加えられたのだろう。

これだけの破壊を一瞬でやってのける仙人様ってやっぱおかしいわ。

うわぁ~あちゃ~って感じで倒壊した家屋を見ていると、ご近所さんと思しき人がやってきた。

「あら、葵ちゃんッ。帰ってたのねッ? よかったぁ。昨日ね、葵ちゃんとこに友達だって人たちが来てたわよ。」

「友達?」

「しろくま京から来たって言ってたわ。葵ちゃんがいないってんで、帰ってくるまで待ちますって言ってたけど。……もしかすると隣町の宿にでも泊まってるのかもね。」

「そうですか。教えてくだすってありがとうございます。」

葵ちゃんがペコリと頭を小さく下げたところで、ご近所さんが父親の存在に気づいたみたい。

「あら、誠ちゃんじゃない? 珍しい。」

「どうも、こんちは。」

「どうもじゃないわよ。葵ちゃん放ったらかしてちっとも帰ってきやしないんだから。」

「面目ない。」

はいはい、ご近所さん同士の井戸端会議が始まったから逃げましょうね。

あのご近所さんがお喋り好きだったら、まだ日も高いしあと一時間はお喋りが続いてもおかしくない。付き合ってらんねえよ、ったく。



そうして僕と虎さんの二人はみんなの輪から外れて、家の外周を見て回ったんだ。

どんだけ破壊されてんだろうってね。

するとどうでしょう?

家の角を曲がると、そこには信じられない光景がッ。

なんと伊左美さんと玲衣亜さんが二人並んで寝てるじゃありませんかッ。

僕の背後から聞こえる「可愛い」と言う虎さんの声。

おい虎、お前にはこの二人がどういうふうに見えてんだよッ。

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