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3-3(80) 泣かせた

葵ちゃんの爺さんの家までの道中はとらさんの虎の上。

酔ってるからか、前回乗ったときより怖くないのが逆に怖いと、酔ってる癖にそういうことだけは冷静に考えられる。いや、冷静に……じゃないか。他人事みたく……って感じだろうか。見上げると空に吸い込まれそう。雲が足早に遠ざかってゆく。錯覚であろう浮遊感に何度か肝を冷やされる。冷やされるけど、どこか感覚が弛緩していて、心のどこかで落ちることを容認してしまっているんだよね。くぅ、いかん、いかんッ。

腿をつまんで、朦朧とした意識を揺り起こす。ついでに虎さんの脇腹のお肉もつまむと、やっぱり怒られたけど、酔いを醒ましてあげようとしたんだと言ったところ、その言い訳が気に入らないのかまた怒られた。そうやって喋ると、ようやく意識がはっきりし始める。うん、ま、計画通りだわ。



騎上の空き時間を利用して、さっきから気になっていたことを尋ねてみる。

「さっきの話なんだけどさ。甲と乙の奴。乙はさ、甲の友達だったじゃない? じゃあ、六星むつほしはやっぱり虎さんの友達だったわけ?」

虎さんの気持ちも考慮しなけりゃかもしれないけど、ちょっと気になったから。他人と友人とじゃ、えらい違いだし、僕の虎さんに対する認識にも大いに関わることだからね。

「まあ、そうだね。異世界の話を打ち明けられる程度には。」

「そっか。そりゃ、やりきれないね。」

「ま、死んだらそんときには詫び入れるさ。」

異世界で爺さんに聞いた話と照らし合わせると、結構な仲だったってことになるのかな。みんなが犯人探しに躍起になっているときに、異世界のことを話せちゃうんだから。でも、虎さんは友人にも容赦ないんだ。僕も気をつけなきゃいかんな。

「ところで話変わるんだけどさ、僕の再就職先っていつ探してるの?」

「え、いやあ、いま、方々に当ってるところなんだけど。」

なんか全然手応えなしっぽい。

ま、職歴がお役人しかなくっておまけに三年の空白期間があれば、虎さんの威光を笠に着たって早々決まるものでもないか。

なんか上手いこと虎さんの口車に乗せられたんじゃないかという一抹の不安もあるけれど、いまさら疑ってもいいことないから、しばらくは虎さんに任せるとするさ。



爺さんが住んでいるという仙人の里には、まだ日が高いうちに到着した。

爺さんの家を叩いてみるが、返事がない。

誰もいないのかなと、虎さん勝手にドアを開ける。

部屋の中に爺さんの姿はなかったが、代わりに葵ちゃんがいたッ。

お留守番かな?

と、中に入るのを躊躇ためらっている僕の脇をするりと抜けて、軽い挨拶とともに虎さんが部屋内に入っていく。しかも片手には酒瓶まで提げて。あれ? なんかお土産とか言ってるけど、いつのまに用意したんだ? 爺さん家に行こうと決めてからここまで寄り道なんてしてないのにッ?

「ん、なんか元気がないみたいだね。もしかして寝起きっスか?」

葵ちゃんの様子を見て、虎さんが早々に悪態を吐く。

葵ちゃんホントに元気なさそう。虎さんの冗談にも無反応だし。いや、それは判断材料にならないか。

「すいませんが、いまはそんなふうにお喋りする気分にはなれないんです。祖父もいませんし、なんでしたら、ご用件だけ承りますが?」

葵ちゃんのらしくない他人行儀な態度にも臆することなく、虎さん葵ちゃんの隣に腰掛けると、「あれからなにかありました?」と尋ねてる。

あれから?

いつから?

もしかして虎さんと葵ちゃんって僕の知らない所で頻繁に会ってたりするのかな?

そりゃ転移の術者だもんね。

カードを余分に持ってるだけの僕とは価値が違いますよ。

なにこれ嫉妬?

虎さんを取られて悔しいの?

おいおい、あんまり気持ち悪いこと考えるなよ。



てんさんの前で転移の術を使いました。」



葵ちゃんが答えると、虎さんは「へ~」と感嘆の声を上げたあと、「天さん?」って聞き返す。って、知らんのかいッ。葵ちゃん、「蒼月そうげつさんのことです」と補足。虎さん、特に驚いたふうでもなく「そうか」と力なく相槌を打つ。

なんか二人がしんみりした感じで話し始めた。

どうやら昨日行なわれたコマツナ連邦との会合に二人とも出席していたみたい。

で、交渉決裂後、天さんとやらが単独で連邦のお偉いさんと話し合ったところ、殺されそうになったのでやむを得ず転移したのだとか。

でも、天さん転移の術を受けて腰を抜かしてたって葵ちゃんが笑う。

面白くてって感じじゃなくて、まるで嘲笑うかのように。



「トーマスさんによるとおじいちゃんは昨晩から出かけているらしいんです。で、ずっと待ってるんですけど、まだ帰って来ません。」

ん、爺さんもう夕方近いってのに、なにをがんばってんだ?

「きっと天さんに話を聞かれてるんだと思います。私が転移の術を使えることをなぜ黙っていたのかとかって。ううん、それだけならまだいいんですが。もしかすると、もう殺されてるのかもしれません。」

「まさか。」

「だって、そもそもおじいちゃんもこの件に関しては、もし転移の術を使ったときにはオレが責任を取るって感じに言ってましたもんッ。なにを大袈裟なって思うかもしれませんが、前の転移の術師の相楽一は処刑されたっていうじゃないですか? それも異世界へ行けるっていう、ただそれだけでッ。はッ、虎さんにもあのときの天さんの顔を見せてあげたかったわ。あの天さんのビックリこいた顔ときたら、そりゃもう傑作だったんですから。」

葵ちゃんが目に涙を溜めて、やや興奮気味に巻くし立てる。

「葵ちゃん、まだそうと決まったわけじゃないから。……もし、蒼月さんが葵ちゃんのことを問題視してるのなら、議会にも話が通ってるはずだし、まだなにも報せがないから、そんなに悲観しないで。とりあえず爺さんが帰ってくるまで待とう。」

「それもそうなんですが、そんなに悠長に待ってもいられないんですッ。聞いてます? セント・ラルリーグとコマツナ連邦が戦争をおッぱじめるそうですよ。」

この言葉にはさすがの虎さんも顔をしかめる。

葵ちゃんの妄言ではないかって疑ってるんだろうね。

「連邦では父が働いているんです。これが戦争ともなると、敵国の人間はあっという間に殺されてしまうでしょう。できればそうなる前に、父を救出したいんですが。」

「お父さんの居場所は判ってるの?」

フルフルと首を振る葵ちゃん。

「そっか」と溜め息を吐く虎さん。

「でも、おじいちゃんなら父の居場所を知ってるんじゃないかと思って、こうして待ってるんですが。」

「帰って来ないっていう……。」

虎さんが葵ちゃんの後を引き継いで言う。

「もお~ダメッ。全ッ然ダメッ。私もッ、天さんたちもッ。肝心なときに全然上手く動けないじゃないッ。なんで藪蛇突っついて戦争にまで発展させられるわけッ? なんでそんな大変なときにおじいちゃんを処刑したり転移の術者を処刑しようとしたり身内ん中で争ってるわけッ? 転移の術使えたっていいじゃないッ? 異世界へ行けたっていいじゃないッ? 悪いのは転移の術じゃないでしょぉッ? 転移の術を悪用する奴らが悪いだけじゃん? もう全ッ然意味が判んないッ。私は玲衣亜さんのことも伊左美さんのことも靖さんのことも好きですッ。でも、あの顔を隠した変な集団のことだけは絶対に許さないッ。」

なんか葵ちゃんがエスカレートしてきたぞ?

「虎さんも十二仙とかなんとかっつって偉そうにしてんだったらあのクソジジイに一発説教して来てよッ。あんなのに頭なんか下げてんじゃねえよッ。アイツが首突っ込むから、戦争になったんだからッ。アイツこそ死刑でいいじゃんッ。」

そこまで言って、自分の言葉が誰にも理解されるモノではないと察したのか、葵ちゃんは虎さんを見ながら悔しそうに歯ぎしりして、そのままテーブルに伏せって静かに泣き始める。そんな葵ちゃんの丸い背をさする虎さん。



古めかしい柱時計の音が刻まれるたびに、どんどん事態が取り返しのつかない方に向かっているような不安を覚える。

葵ちゃんがこんな状態じゃ、伊左美と玲衣亜の異世界人救出作戦は開始以前に暗礁に乗り上げそうだ。

もし、連邦と戦争するというなら、僕は転移の術のカードを使わざるを得ないな。

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