3-2(79) やったでしょ?
「靖さんは人を殺したことがありますか?」
虎さんの唐突な質問に僕は……あるわけないじゃんって思った。
「なに? 突然どしたん?」
あるわけないのが当然だから、質問の真意は別にあるはずなんだよね。
「ん、いや。とりあえずさ、いまから話す例題をジャッジしてほしいんだけど、いい?」
「いいけど?」
これはアレだな。友達の話なんだけどさ~っつって、実は自分の相談したい内容を話してんだけどね~って奴だな。とはいえ、最初の質問の内容が内容だけに、少し聞くのが怖いんだけど。いまから話される例題は虎さんの話として聞いちゃう頭にもうなってるし。おお、そうだ。とりあえず片膝立てて、いつでも起き上がりダッシュをかませるようにしとこうね。「先の質問はお前に殺したいほど人を憎んだことがあるかどうかってのを聞こうと思ったんだよぉッ。オレは、お前のことが殺したいほど憎たらしいんだクソ野郎ッ」とか言って襲いかかられる可能性もなきにしも非ず。
あ、酒に毒とかは盛ってないよね?
「靖さん、いいですか?」
あ、ごめんごめん。ちょっと待ってね。転移の術のカードだけスタンバイさせてッ。
「ん、話して、どうぞ。」
「むか~し、むかし……。」
「そんな大昔のことならもう時効でいいんじゃないすかね?」
「もうッ、そんな大昔のことじゃないしッ、あくまで例題だからッ。」
「え、じゃあ、いつごろのことなんですか?」
「割かし最近の出来事がモデルになってるかな?」
「そしたら昔々とか紛らわしいから言うなし。」
「はいはい、ま、最初はちょっと聞いててよ。」
そうして僕は虎さんの話を拝聴した。
割かし最近、ある町に甲と乙がいましたとさ。
甲と乙は友人同士。
ある日、甲が金鉱を見つけたっぽいっていうんで、甲の要請により乙も金鉱の発掘に協力。二人で一生懸命金鉱を掘ってました。
二人は別に私利私欲のために掘っていたわけじゃありません。
金を採掘できるようになった暁には、金山の権利は町に譲渡し、金の利益、雇用の確保などなど、町に色々な良いことがあるはずだってんでがんばってたんだとさ。
でも乙がそこから採掘した金を勝手に他国に持ち出したばかりか、その金山の存在を他国に漏らした挙句、さらに鉱夫として他国の人材を金山に連れてきたってんで話がややこしくなる。
その乙のやり口に憤慨した甲は、これ以上の乙の暗躍を怖れて乙を秘密裏に殺害しましたとさ。
さて、町の人の立場から見て、甲のことをどう思う?
という話。
殺害する必要があったかどうかとなると、この話だけでは判断がつかないけど、まあ、乙を懲らしめてやりたかった甲の気持ちは理解できる。
そう、殺害の必要性についての説明が抜け落ちてんよ、どうなの?、そこ。
っていうか、虎さん、人を殺したのかッ。
ついにッ。
いい人そうな人だったのにッ。
まさか、三年前の虎さんはそんなことをするような人には見えませんでした。
おそらく伊左美、玲衣亜という弟子不在による寂しさが虎さんの心を荒廃させたものと思われます。
という意味のない分析は置いといて、「甲が乙を殺すのには同意できないね。乙は法律に基づいて罰せられるべきだし、それ以前にまず甲は乙に対し、これ以上好き勝手するなと説得すべきだったのではないかね?」と、補足を求めるまでもなく僕は虎さんに言ってやった。
虎さん、僕の意見に対し、乙は甲の説得に耳を傾けるどころか、他国の人間が金山にやって来たことについては乙の預かり知らぬところだと嘘まで吐くんだぜ? といった感じに言い訳を並べ出す。
「で、結局のところ、虎の兄貴は誰かをやっちまったわけですね?」
僕が尋ねると、虎さん、質問を変えようとか言い出した。
「靖さんは、人が人を殺すことが許される理由ってあると思いますか?」
またえらく慎重に話を進めようとしてるね。
答えはイエスだよ。
だって、殺されるよりもえげつないことされたら、殺してしまったって、仕様がないじゃん、ていう単純な道理ですよ。
そう言うと、虎さん少し楽になったような表情になった。
黒ッ。
虎さんが一〇〇パーセントやってるのは確定的に明らかだわ。
もう一度、ちょっと言葉を変えて同じ質問を繰り返す。
「虎さん、誰かの息の根を止めたんでしょ?」
虎さん、弱々しく頷いた。
「いまの例え話から察するに、乙はしろくま京のために殺されてしかるべき人物だった……ってことでしょ?」
「うん、しろくま京っていうか、聖・ラルリーグのために……その点は間違いないんだ。」
「なら、僕はなにも言わないよ。」
ふ、と微笑を湛えてみせる。スカしてる、ともいう。
「あら、ツマミがなくなっちゃったね。虎さん、ちょっと留守番してて。ひとっ走りなんか買ってくるからさ。」
そう言って立ち上がり、部屋を出ようとしたところで足を掴まれたッ。
「警吏隊のとこに行こうとしてるでしょ?」
「ふふふ、そう思うよね? 冗談だよッ。冗談ッ。虎さんが珍しく凹んでるから、からかいたくなっただけだよ。」
「靖さんは相変わらず人が悪いんだからなぁ。」
半べその虎さんを見るのもなかなか乙なモンですな。
それから、僕は虎さんに懺悔したまえとばかりに事の顛末を洗いざらい吐かせた。
被害者は六星卯海という仙道で、異世界から異世界人を攫ってきたグループのボスに該当する人物。連邦との会合の日、帰りがけの廊下で転移の術のカードを利用して二人きりになり、その後、六星を拘束し、彼の知っていることを吐かせたのちに殺害。それとなく会合場所に戻りほかの仙道たちと合流して現在に至る、とかなんとか、六星の言動なども含めて虎さんは詳細を話してくれた。
そりゃ、六星は始末してしまった方が将来に禍根が残らなくていいんじゃないかと僕も思う。今後、彼が連邦側に寝返らないともかぎらないし、虎さんと異世界との関わりをリークされても問題だし。
「そうそう、ところで伊左美と玲衣亜が異世界人たちを元の世界に戻してやるんだとかってんで出て行ったけど、聞いてる?」
「ええッ? 聞いてないけど、なにそれ?」
僕はさっき伊左美たちがここに最期の挨拶に来たことを話した。
なんで先にそれを言わないのかって怒られたけど、虎さんは虎さんで深刻な話を振ってきたから、まずそっちから対処したまでだと返しておいた。
ま、ま、そう慌てなさんな。行き先の目星は付いてんだ。葵ちゃんに相談しに行くって言ってたからね。
「葵ちゃんの家って知ってる?」
「いや、行ったことないもん。」
「ダメじゃん。」
「そうだッ、爺さんッ。こんなときこそ爺さんだよッ。」
というわけで、僕たちは虎さんの霊獣に跨って葵ちゃんの爺さんの家へ向かうことに。
酔っ払ってて大丈夫かって?
大丈夫だよ。
霊獣は発進から制止までほぼオートマチックだからねッ。
もちろん、乗ってる人が落ちたらアウトだけどッ。




