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序-8 (8) 誘ってんのか拒んでんのかッ

ルビの行の空きと区別つきにくそうだったので、改行のとき2行分空けてみました。

 さんの術のカード化が成功してから一ヶ月が過ぎた。

 それまでウチにあった木箱は、もうとらさんに渡してしまった。

 どうせ僕では扱いに困ってしまうだけ。

 それより、転移術の人の跡を継ぎ、異世界調査を進めようとする虎さんが持っていた方が遥かに有意義だ。まあ、もらった十二枚のカードは箪笥に仕舞ってるけど。



 宮廷の改築工事はあと3年かかる予定。

 改築工事が終わり、仕事が落ち着いたら異世界に旅行にいってみたいな。

 そのころには虎さんたちがある程度異世界の調査を進めていて、観光案内とかしてもらえるかもしれない。で、異世界での生活に慣れたらいろいろと冒険もしながら、どこかに眠る財宝を見つけてウハウハのセミリタイア生活に突入ッ、なんてねッ。

 それにしても、調査に行く前に必ず声をかけてくれるって言っていたのに、あれから音沙汰なし。もう異世界に行っちゃったんじゃないかなぁ。ま、僕は存在が空気みたいな奴だからね、しようがないね。



「先上がりま~すッ、お疲れさまですッ。」

 夕方になり、職人たちが帰り始める。

 夕焼けに飛ぶ烏も山へ帰っている。

 帰れ、帰れ、全員早く帰れッ。

 お前らが帰らないと、僕も帰れないんだ。

 僕もさっさと見回り終わらせて帰りたいわ。



 資材がきちんと整頓されているか確認していると、工事現場出入り口付近でさんに声をかけられた。

「あれ、伊左美さん。まだこちらにいたんですか?」

「まだいますよ。でも、一応、明日出発ってことになったんで、今日、やすしさんと話しておこうと思って。」

「これはご丁寧にありがとうございます。」

 出立の挨拶かな?

 忘れ去られてなくて良かったッ。

「仕事、いつ終わります?」

「ああ、もう終わりますよ。ただ、戸締りが残っていますので、もう少しだけかかりますが。」

「じゃあ、入り口の所で待っていますから、飲みに行きませんか?」

「いいですよ。」

 二つ返事で承諾はしたものの、お酒かぁ。

 あんまり飲める口じゃないんだけど、まあ、付き合い程度なら大丈夫かな?



 僕と伊左美さんは帰りがけに大通りに面した居酒屋に入った。



「え、僕も異世界に?」

「ええ。」

 あら、てっきり始めはとらさんたちだけで調査に行くのだと思っていたけど、まさか斥候の段階で僕に声がかかるとは思わなかった。もしかして伊左美さん、僕のことを仙道だと勘違いしてる?

「あの、僕、仙道じゃないですよ?」

「それは関係ないスね。どうせ向こうじゃ、仙八宝せんのはっぽうは使えないみたいですし。」

「でも、僕、一般ピーポーとしてもあまり優秀ってわけじゃないですし。」

 自分で言ってて情けないが、異世界に行ったあとで残念な目で見られるのも厭なので、念のために確認しておく。虎さんたちが欲しいのは優秀な人材だろうからね。

「師匠としては、転移の術のカードを発見したのが靖さんだから、発見者として異世界へ行く権利があると考えているみたいです。オレとしても、協力してくれるっていうか、異世界進出に理解を示してくれる人が来てくれる方が嬉しいですね。」

 なんだ、そういうことか。それで得心したわ。

 ちなみに虎さん側は誰が異世界に行くんだろ?

「とりあえず師匠も含め、オレと、ロアさん、靖さんで行って、師匠とロアさんはすぐこっちに戻ってきて、オレと玲衣亜は残る予定ッス。」

 ふーん、虎さんはこっちに戻るんだ?

 伊左美さんと玲衣亜さんとの共同生活かぁ。二人とも虎さんのお弟子さんってことだけど、付き合ったりしてんのかな? もし三人で暮らして、目の前でイチャつかれるのも困るし、かといってお邪魔虫扱いされるのも厭なんだよね。伊左美さん、来てほしいみたいなこと言ってるけど、本心はどうなんだろう? 虎さんに言われて誘いはしているものの、ホントは来てほしくないとか思ってないかなぁ。

「ちなみに伊左美さんと玲衣亜さんは日数的にはどれくらい向こうにとどまる予定なんですか?」

 うう、二人の仲を探るいい質問が浮かばない。

「まだ具体的には決めてないッスけど、問題なければそれなりに長くいるつもりですよ。一〇年でも二〇年でも。」

ながッ?」

「まあ、仙道からしてみれば一〇年も二〇年も大したことないっス。こう見えてオレも一〇〇越えてますしね。」

「一〇〇ッ?」

「そう。だから、ふつうの人と比べて時間的な感覚がズレてるっていうのはありますね。」

 そんな馬鹿なッ?

 どう見たって二〇歳かそこらの若造にしか見えないのに、実際は世の中の酸いも甘いも噛み分けた爺さんなんじゃんッ。

「おじいちゃん。」

 つい、ポロリと言葉が漏れてしまった。

「ふふ、ホントに。本来ならもう棺桶に両足突っ込んで死出の旅の予約も済ませてる頃合いだよ。でも、おじいちゃんって言われたのは初めてかなぁ。いやあ、面白いからいいけど、玲衣亜に対してはおばあちゃんって言わない方がいいかもね。」

 ん、玲衣亜さんもそこそこご高齢でいらっしゃるわけですか?

「玲衣亜もああ見えて一〇〇越えてるからな。」

 やめてッ、勘弁してッ。夢を壊さないでッ。

 小夜さんが狐だったのに続き、玲衣亜さんがおばあちゃんッ。

 の悪い冗談だわ。

「ははは、まあ今度会ったら冗談半分で言ってみますよ。」

「冗談半分で済めばいいけど、ああ見えて玲衣亜も女だからね。下手なこというと結構怖いぜ?」

「え? おばあちゃんって女にカテゴライズされてましたっけ?」

 このショックの腹いせに、ちょっとくらい玲衣亜さんにも報復しておかないと、なんか僕だけやられっぱなしじゃん?

 伊左美さんは豪快に笑ったあと、とうとう観念したみたい。

「判った、判った。じゃ、オレは二人のやりとりを草場の陰から見守ってるから、試しに言ってみなよ。オレは心の中で大爆笑してるからッ。」

 自分が一〇〇歳越えだと打ち明けたからか、伊左美さんの言葉遣いも気さくなものになった。

 僕はまだ敬語の方がいいかな?

 一応、目上の仙道さんですしね。



「ちなみに伊左美さんはご家族の方は大丈夫なんですか?」

「ああ、家族はいないから問題ないよ。」

「彼女さんとかは?」

 よし、自然に会話を回せたぞッ。

「彼女もいないし。誰か紹介してよ。」

 えっと、おばあちゃんでいいなら紹介しますけど? なんて口が裂けても言えない。

「え? 玲衣亜さんとかは彼女じゃないんですか?」

「玲衣亜は幼馴染で同じ師匠を師事しているだけで、そんな仲にはなりえないな。」

「ほう、なりえませんか?」

「えませんな。」

「なんで? 可愛らしいのに。」

「可愛らしいッ? ああ、一般人の目にはアレが可愛らしく映ってしまうのかッ。あんなの、見てくれが若いだけのただの婆ちゃん、いや、まだ角があるからおばちゃんだね。一緒にいれば靖さんにもすぐ判るよ。外でどんな化けの皮を被ってんのか知らないけど、そんなのすぐに剥がれるから。」

「そ、そうすか。」

 やばい、ちょっと引くんですけど。

 僕の中の玲衣亜さん像が音を立てて崩れてゆく。

 まあ、とにかく二人と暮らしても変な気を回さなくていい、と。

 とはいえ、異世界か。どうしようか。まだ心の準備が全然できてないんだけどッ。っていうか、仕事もあるし、ムリじゃんッ。

「ああ、仕事の方は全然気にしなくていいよ。師匠の方で手を打つみたいだから。」

 虎さんが?

 僕が呆気に取られていると、伊左美さんが話を続ける。

「一番大切なのは、靖さんがどうしたいか、だよ。」

「僕が、どうしたいか。」

 伊左美さんが頷く。

「こないだ異世界に行ってきたよね。どうだった? 異世界は。」

「そうですね。なんだか、こっちとは空気が違うんですよね。高い建物はたくさんあるし、街は迷路のように入り組んでいるかと思えば、華やかな目抜き通りもあって、色彩も鮮やかだし。服なんかもいろいろでさ。」

「また行ってみたいと思った?」

「うん、また行ってみたいと思いましたね。」

「だったら、いますぐ答えを出さなくってもいいじゃん。明日、オレたちと一緒にまた異世界へ行って、そこで残るか帰るか決めればいいんだよ。」

「伊左美さんは気軽に言うけど、僕はかすみを喰って生きているわけじゃないですから。お金がないと生きていけない。お金を稼ぐには仕事を見つけないといけない。そんな具合だから、なかなかいまの職を捨ててなにがあるか判らない新天地へ行こうなんて気軽に考えられないですよ。」

「ふふ。案外、現実的なんだね。異世界へ興味をもつくらいだから、もっと冒険心に溢れているのかと思ってたけどな。」

「好奇心はありますけどね。いざ、命を賭けて冒険となると踏ん切りがつきませんや。」

「命を賭けるつもりなんて、オレにだってないよ。」

「向こうがどんな世界か判らないのに、よくそんな気楽でいられますね。」

「だって、いざとなったらカードを使って逃げ帰れるじゃん?」

「ああ、なるほど。」

「そうだよ。だから靖さんもそんな大袈裟に考えずに、簡単に考えてみればいいんだよ。」

「かもしれませんね。」

 異世界に残留するかどうかの判断は先延ばしすることにして、僕たちは酒を飲みながらその後もいろいろな話をした。伊左美さんったら全然顔色が変わらないから、僕もついつい伊左美さんに合わせて飲んじゃったんだよね。



 覚束ない足取りで帰宅したときには、すでに前後不覚に陥っていた。

 気持ち悪い。とりあえず、水だ。

「くっそッ。明日出発だってのに、なんで前日に酒をたらふく飲んでんだよッ。準備もなんにもできんわ。」

 もう、泣きそうだ。

 布団を敷くと、僕はそのまま布団に身を投げた。

 もう、なにもできない。

「ちくしょうッ、伊左美め~。」

 クソッ、大事なことは会話の中に出てこない。

 これこそが伊左美の本心?

 伊左美の仕掛けた必殺のトラップだろッ? これッ。

 くぅ、明日、何時だッて言ってたッけ?

 ッていうか、いま何時なのかもわかりゃしないッ。

 時計は……、く、苦しい。

 は、吐くか? くっそッ。

 渾身の力を込めて起き上がり、立ち上がり、厠をめざす。

 もうダメだッ。

 あ~、起きれなかったらもういいや。

 異世界もクソもどうとでもなればいいッ。

 僕はもう死ぬ。ってか、もう、死んだわ。

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