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3-1(78) 靖です

もう少しで本格アクションバトルになる気がする

ある狭苦しい部屋の中。

一人の男が横になって読書しながら、ケツを掻いている。

ボリボリってな感じで。



ん? なんか気配が。

ゴキちゃん?

いや、違う、か?



なにかの気配、違和感に勘づく男。

男は違和感の原因を探そうと周囲を見回す。

キョロキョロした挙句立ち上がって箪笥の裏っ側や鏡台の下なんかを覗き込む。

あの黒い野郎はどんな隙間に隠れてやがるか判らねえからな(アテレコ)。



……。

なんか、見られてるッッ???

バッ(振り返る)。

ジ~……(カメラ目線)。

「人の私生活覗き見てんじゃねぇよぉッ。」

クワワ!



すいません。取り乱してしまいました。やすしです。

まさかまたお鉢が回ってくるとは思っていなかったんで油断してました。

ええ、もう異世界からは戻ってきていまは長屋にいまさぁ。

といってもまだ帰ってきて一週間くらいってとこですかね。

パン屋は開業したかって?

はッ、パン屋どころか僕ぁいまプーちゃんですよ。

虎の野郎が宮廷にナシつけとくって言ってたのに、あの野郎ナシつけるの忘れてたらしくって、僕ぁもう役人でもなんでもなくなっちまいました。

三年異世界に行ってる間にこっちでの生活の基盤が失われたってわけですよ。

ま、当面の生活資金は虎さんが出してくれるっていうし、虎さんが再就職先まで探してくれるみたいだから、こうして平日の昼間っからゴロゴロしてられるんですが。



突然、降って湧いた余暇ってんで最初は実家や久しく会っていない友人の家に顔を出したりもしてたんですが、一週間もするともうなんか無気力んなっちゃって。



あ~あ。



なんか異世界で得た知識を利用して一念発起→大成功→夢のセミリタイア生活、みたいな未来を思い描いてた時期もあったけど、そんな上手くはいきませんな。



な~んも変わらない。

そ、な~んにもッ。

あの三年間はゆめまぼろしだったんじゃないかって思えるくらい、なにもない。

確実なのは歳を取ったことと、職を失ったこと。

あ、どうでもいいことだけど、しろくま京の宮殿は改築工事を終えてたよ。

あと、なぜかとらさんだけがちょくちょく長屋に顔を出してくる。まるで暇を持て余した友人同士がお互いの時間を浪費し合おうとするかのように。んで、その居心地が悪くないのがこれまた問題なんだよね。もっと焦らなきゃならない時期なはずなのに、虎さんのせいで幾分か感覚が麻痺させられちゃうんだよ。



コン、コン。



あ、噂をすれば今日も虎さんかな?

このノックのあと返事も待たずに「靖さ~ん、虎で~す」と言いながら無遠慮に部屋に入ってくるんだ。



コン、コン。



あら、入ってこない。こりゃ虎さんじゃないみたい。

出てみると、だった。

あら、懐かしい。異世界振りじゃない?。

お、手土産に仙人の里饅頭って、うんうん、一週間前に虎さんも持ってきたから判るよ。それ普通の饅頭でしょ? どこに仙人の里要素があるのか判らない奴ね。美味しいから全然いいよッ。ありがとうッ。



てなことを言ったり、言わなかったりしながら部屋へ招き入れて、二人に用件を尋ねたところ、二人とも神妙な顔つきで「今日はボスの耳にも入れておかないといけない大切な話があるんだ」と、こうきたわけね。

襟を正して聞けば、なんと異世界人が攫われてきたっていうじゃないかッッ。

誰がそんな舐めたことしやがったんだ? と問えば、どうやら途中参加してきた謎の集団が犯人だってんで、二人はどうやらその犯人たちに灸を据えに……もとい、異世界人たちを助けに行くつもりなんだとか。

話の全体像が掴めないので詳しく聞けば、犯人はセント・ラルリーグではなくコマツナ連邦に潜伏していて、さらに悪いことに、すでに昨日行なわれた会合でコマツナ連邦との交渉は決裂し、犯人を捕縛する道も異世界人たちを救助する道も完全に塞がれたのだとか。

この出来事には虎さんも頭を痛めていて、まさか志を同じくしていると思っていた仲間から裏切りにも似た仕打ちを受けることになるとは……と嘆いているようだ。

うん、あの謎の集団を連れ立っていくよう指示したのはほかでもない虎さんだもんね。



で、犯人の居場所のことや異世界人の居場所、果ては異世界人を無事に助け出す算段まで、どこまで計画を練っているのか尋ねてみたのだけれど、なにからなにまで判らないという。とりあえず、異世界人を助け出すのは転移の術が使える葵ちゃんの協力を得て、転移してしまえば問題なかろうというのだけれど、肝心の葵ちゃんにはこれから相談しに行くのだとか。

とどのつまりが、まだなにも考えてないってことじゃないッ?

なに? そのフワフワした感じの計画?

連邦に潜入して情報収集するところからスタートするわけ?

そう突っ込むも、やはり神妙な顔つきで頷く伊左美さんと玲衣亜さん。

むむむ、今日はいつもとノリが違うみたいね。

いつのまにこんなシリアスな展開になったのかッ?



「だから、靖と会って話せるのもこれが最期になるかもしれない。」

伊左美が静かにそう言った。

「靖、いままでありがとね。あっちで過ごした三年間、靖のおかげでとっても楽しかったッ。本当に……ッ。」

玲衣亜が言葉の途中で息を詰まらせて、泣き始めた。

「おいおい、勝手に今生の別れみたいな雰囲気を演出しておいて泣いてんじゃねーよッ」とは言いませんッ。言わないけど、言わないと、こっちまで泣きそうなっちゃうじゃんッ?

伊左美がハンカチを玲衣亜に差し出して、玲衣亜が照れ臭そうに涙を拭う。

「泣いてないからね、泣いてなんてないんだから。」

嗚咽を漏らしながら、そう大嘘を吐く玲衣亜。そして、拭い終わるとブシィッって感じで盛大に鼻をかんだ。露骨にうろたえる伊左美の方を向いて、笑顔を見せる玲衣亜。

ま、なんだかんだで落ち着くところに落ち着いたわけで。



「じゃあな、靖。もし、オレたちが戻って来れなかったら、靖だけが頼りなんだ。だから、せめて師匠とだけは繋がっていてくれよ。」

「じゃあ、達者でねッ。」

そう言って、伊左美と玲衣亜が出ていった。

なんか、焦燥感。

二人が死地に赴こうとしているのに、僕はなにゴロゴロしてんだろ。



間もなく、また玄関を叩く音。

誰だろ? と思う間に響く「靖さ~ん、虎だよ~」の声。

虎さんか。間がいいのか、悪いのか。

「たまにはお昼からお酒でも飲みましょ~ぜ~。」

そんなことを言いながら、酒瓶を片手に部屋に入ってくる。

ちょ、お弟子さんが死地に赴こうとしてるってのに、お師匠様はなにやってんすか?

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