2-32(77) 壊れた
やっと2章が終わるんじゃあああ
長いです
二つに分けようと思いましたが、分けるのが面倒になったのでそのままにしました
どうも、葵です。
いまお座敷の隅で天さんと蛇葛門戸の話を拝聴しているところです。一時間ほど前、蛇葛と犯人の接触の事実が判明したときは一瞬険悪なムードになりかけたけど、蛇葛門戸の屈託ない話し振りに毒気を抜かれたのか、天さんもそれ以降は相手の癪に障るであろう話を避けながら話しているように思われます。
お酒を酌み交わして大笑する一幕を見ていると、私なんて二人の眼中にないのにきちんとかしこまっているのが馬鹿らしくなってきて、いまは私も二人に倣って足を崩しています。壁に背を寄りかけて、少し楽ちん。いいでしょ? 会談がいつ終わるとも判らないし、我慢して正座し続けた挙句に血の巡りが悪くなって死にましたってんじゃ、恰好がつかないんだもの。
「あの若い女子はなんなん?」
「ありゃオレを年寄り扱いして世話を焼きに来ただけの子だ。ほら、国境の町でこっちと聖・ラルリーグの交易関係の仕事をしてる相楽誠一っているだろ?」
「いきなり名前出されてもピンと来んわ。顔見りゃ判るかもしれんが。」
「それの娘よ。」
「ふ~ん、で、父親はこっちで働いとって、娘はそっちにおるんか?」
「そういうことよ。」
「アレじゃが、家族で一緒に暮らすこともできんゆうて、冴えんもんじゃのお。」
「そうは言っても、誠一の働きのおかげでそっちとこっちが上手いこと交易できてんだから、本人もその意義を理解して励んでおろうし……ま、家族には辛いかもしらんが。」
「どうせなら家族でこっちに来りゃええんじゃが。」
「ふ、だったらその子にそう言ってやればいい。」
「ん、ええわ。」
なんか私のこと話してるけど、やめてほしいわ。
一緒に会話に交じれるならいいけど、なにも言えない状況で話をされるのってなんか気不味いっていうか厭じゃない?
そんな他愛のない話もそう長くは続きません。
天さんの犯人たちとの面会要求を蛇葛が拒否したことから、また論争が始まりました。
「留まるか、戻るかの意志を本人たちに会って確認する必要がある」という天さんの言葉に対し、蛇葛は「蒼月さんがそんなん聞いたら、半ば脅迫しょうるようなもんじゃが。ええよ、ええよ。あんならの意志はワシの方で聞いちょいちゃるけえ」と追及を逃れようとします。自国の行方不明者を捜索するのも、保護するのも我らの役割だとか、犯人たちは自らの意志で国を出奔し、他国にやってきたんだから、その者たちはこちらのやり方で云々とか、まあお互いがお互いの理屈を言い合い、それを裁定する第三者もいないため双方納得しないまま議論は平行線を辿ります。
天さん、切り口を変えて異世界のことは犯人たちに聞き取りしたかと尋ねます。聞いた、いい所らしいなと蛇葛。さらに、彼らは自分たちをこちらに売り込むために進んで異世界のことを話したのだ、すでに彼らは連邦の庇護下にある。彼らのことは諦めろ。もう、聖・ラルリーグには戻るまいと蛇葛は付け足します。
さもありなん、と天さん少々苦い表情を浮かべます。
そして、異世界へは手を出すなと釘を刺し、拉致されてきた異世界人たちの返還を要請。
蛇葛は当然のようにその要請を拒否します。どうやら蛇葛は聖・ラルリーグ側のやり方を押しつけられることに反発しているようです。
天さんは異世界人との交流の先に待っているのは争いなのだと、かつての聖・ラルリーグと異世界とのケースをモデルに蛇葛を諭します。
なぜ争いに帰結するのか?
その理由は、以下の通り。
両方の世界を行き来できる聖・ラルリーグの人間に対し異世界人の立場はどうしても弱くなる。そのために異世界人を軽んじる。異世界人はこちらの人間に手も足も出せないとタカを括って、いいように利用しようとすれば反発を招くは必定、とのこと。
でも、それを聞き入れる蛇葛ではありません。
蛇葛曰く、聖・ラルリーグ側の人間は差別主義者なのだと。遥か昔より獣人を見下してきた連中だから、そのような結果になるのだ。聖・ラルリーグが異世界との交流に失敗したからといって、コマツナ連邦も失敗するとはかぎらない。
天さん、歴史は繰り返すのだと決まり文句を言います。
蛇葛、だからわざわざ繰り返してやろうとしてるのに、ケチをつけるな、と。
ここまで来ると売り言葉に買い言葉といった感じ。
というわけで、座敷に張り詰める不穏な空気に、私もそろそろ傍観者然としてはいられない。本気で天さんと転移することを視野に入れなければ。
天さんと蛇葛の論争は続く。
「オレたちは異なる秩序で成り立っている別世界に干渉しない。リーグから見た連邦もそうだし、連邦から見た異世界も同じことだ。もし仮に、お前らがその理をないがしろにするというなら、オレが連邦を潰すからな。」
天さんもヒートアップしているのか、かなり危うい言葉を使っている。
「蒼月さん、あんたぁ人の家の暮らし振りが気に入らんけえって、その家を潰そう言うんか?」
蛇葛が呆れたという感じで言い放つ。
「さも自分の家が一般家庭みたいな言い方するなよ。異世界人拉致犯を匿ってることを考慮するなら、お前んちは余所んちへの強請り、たかり、強盗、誘拐を生業にする犯罪一家じゃないか。」
「そがな文句は時と場所を考えて言わにゃいけまあ? どがいなつもりなん?」
「だから、異世界にちょっかい出すなって、それだけ了承してもらえればいいんだが。
「ほじゃけえ、そりゃ無理なんじゃ言ようるじゃろ。」
「おう、判ったよ。」
「どうする言うんな?」
双方、相手を憎々し気に睨んでいる。
いつ喧嘩が始まってもおかしくないピリピリした雰囲気。
天さんは想像以上に異世界人拉致事件を深刻に捉えているようだ。
気づけば、手の平や背中にびっしょりと汗を搔いている。
「さあ? どうするかな。」
「蒼月さん、わしゃあ、そがに悠長に構えようとは思うとらんのじゃが。」
「どういうことだ?」
「じゃけえ、ここで決着つけんかいや?」
「ああッ? 本気で言ってるのか。」
「わしら冗談で話しょうったわけじゃなかろうが?」
「こっちはオレ一人しかいないんだぜ?」
「じゃけえ、ええんじゃが。おどれの言葉よう思い返してみいよ? お互いにちょっかい出さんいう約束を違えたンはそっちが先じゃろうが。その思い上がっとるんがぶち気に入らんのんじゃいッ。」
蛇葛の大声を聞きつけたのか座敷の外が騒がしくなる。
思わず私は立ち上がる。
障子が開けられ、二人の仙道が入ってくる。
蛇葛がそのうちの一人になにか耳打ちしいている。
「葵さん、すまん。まさかこんなことになるとは思わなんだ。」
天さんが申し訳なさそうに謝ってくる。
私は返事をする余裕もなく、いつ転移するか、そのタイミングを図ることに意識を集中させる。
「すまんッ、この子は関係ないから、この子はみんなと一緒に帰すぞ。」
天さんが私の命乞いをする。
その間にも障子が外され、廊下には武器を手にした獣人たちが押し寄せている。
蛇葛は少し考えたあとそれを了承する。
ただ、蛇葛は私に天さんの首を持って帰らせて、それを開戦の狼煙代わりにしてやるって言ったんだ。
そんなアイデア、私が了承しないッ。
「のう、蒼月さんは犯人いう奴らから異世界の話は聞いちょらんのんかいや?」
座敷をあとにしようとする蛇葛が振り返り、ゆっくりと天さんに尋ねる。
「ふん、奴らまだこっちにいるんだ。聞けるわけないだろ?」
「ほうか、残念じゃったのう。これから時代が変わるで?」
蛇葛は異世界と積極的に関わっていくつもりなんだわ。
「ほいじゃあの。」
蛇葛が獣人たちの隙間から廊下へ出ていく。
同時に、獣人たちの構えた武器がゆらりと動く。
獣人の足が座敷を擦る音。
私は天さんの肩を掴み、咄嗟に転移した。
転移先でまず飛び込んできたのは轟音だった。
見れば、私の家が半壊している。
天さんが仙八宝を使ったんだわ。
転移先を間違えたのと、家が半壊するという冗談みたいな状況に対して、「あ」と声に出る。
天さんも「ん?」と唸っている。
家が半壊した。家が壊れた……。
思考が中断されそうになるのを堪えて、私はまた転移する。
家のことは、いまは知ったこっちゃない。
蛇葛門戸の屋敷内側、門前。
門から出れば、聖・ラルリーグ側の仙道が待っているはずだ。
次の瞬間、屋敷の方からとてつもない轟音が響いた。
ちょっとデジャブ。
天さんは目を点にして狼狽している様子。
天さんのことだから、きっと状況は理解しているんだろう。
「すいません、余計なことでしたかね。」
声をかけるも、天さん口をパクパクさせて言葉が上手く出てこないといった感じ。
「ふ、隠してたわけなんですけど、まあ、そういうことなんです。」
ふうう、と深い溜め息を一つ。
「次は私も殺しますか?」
言いながら、口の端が上がるのが判った。
そして、そのままその場から逃げるように転移した。
頭に来ていた。
なぜ助けたのに、殺されるような憂き目に遭わなければならないのかッ。
襲われたときにはまったくそんなこと想像すらしなかったのに、いまは、助けなければよかったとさえ思っていた。
足早に廃墟と化した家へと向かっていると、ご近所さんが慌てた様子で声をかけてきた。
「葵ちゃんの家が大変なことになってるよ」って。
その言葉に触発されたのか、ふとある予感に目眩がした。
立っていられず地面に膝を着いて、嗚咽を漏らす。
ああッ。父さんが殺されるッ。




