2-31(76) 居残った
議論の終了を言い渡した天さん。
聖・ラルリーグ側の仙道が呆然とする一方、コマツナ連邦側の仙道には僅かに笑みを浮かべる者もいる。完全に明暗が分かれた瞬間だ。
天さんはそのままの立ち姿でコマツナ連邦側の仙道に謝意を述べ、それを受けて蛇葛門戸が挨拶して今回の会合は終わった。
うなだれる聖・ラルリーグ側の仙道を尻目にコマツナ連邦側の仙道が蛇葛門戸に続き広間を出てゆき、広間には聖・ラルリーグ側の仙道のみ残った恰好。
そこで十二仙の一人が天さんに対して口を開く。
「なぜ、あのタイミングで議論をお止めになったのでしょうか。せめて、こちらの言い分がすべて通らないまでも、まだ相手の譲歩を引き出す余地があったのではないでしょうか。」
男の声には天さんへの遠慮、反感、そして議論の結果への苦悶の色が滲んでいる。
その声に勢いを得たのか、「あれでは議会の面目が丸潰れではありませんかッ」と天さんをなじる声が広間に響く。
「見苦しかったからだ。」
天さんの短い一言。
「三〇〇年前、なぜ異世界の調査が凍結されたか。」
全員に向け、吐き捨てるような問いかけ。
「この世界にはいろいろな人間がいて、生き方も考え方も一様ではない。蛇葛門戸には蛇葛門戸の考え方、議会には議会の考え方、もっと言えばコマツナ連邦にはコマツナ連邦の、聖・ラルリーグには聖・ラルリーグのそれがある。そして、二つの地域は互いの存在を尊重し合い、互いに不干渉であることで平和を保っている。故にあちらの地域を出入りし平穏を乱すことと、議会の面目など……天秤にかけるまでもなくッ、いずれが優先されるべきかなど、とうの昔に答えが出ているのだ。なぜ、異世界の研究を凍結したかッ、なぜ、異世界とこちらを行き来している者たちを犯罪者とみなしているかを考えてみろッ。」
息を飲み、押し黙る一同。
「この席でのお前たちと連中はさほど変わらぬように見えるぞ。」
天さんの話に先に言葉を発した二名の男が謝罪し平伏すれば、ほかの仙道たちもそれに倣い平伏する。
ちょっとその光景にビックリしたものの、私も慌てて頭を下げる。
一応、空気を読んだわけ。
それを潮にさあ帰りましょうかとなったとき、天さんはみんなに先に帰れと促し、一人残り蛇葛門戸と話をしてくると言い出した。
「では、屋敷の門前で待っておりますので」と十二仙の誰かが言ったが、天さんその言葉に返事もせずにノシノシと広間から出て、廊下を突き進む。
ちょっと待ってッ。
私は小走りで天さんに追いつき、声をかける。
「用心のため、私もお供いたします。」
天さん、歩みを止めて振り向く。
「ふ、用心など必要ないさ。葵さんもみんなとお帰り。」
そう言って笑みを浮かべる天さん。
怒っているのかと思ってたから、ちょっと意外。
「なにごともなければ、それに越したことはありませんが、女が居た方が、なにかと場も和むかと思いますので。もちろん、見聞きした話は他言しません。」
ガキの使いじゃないんだ。
私は爺様と天さんを守るって約束したんだ。
そう簡単に引き下がるもんですかッ。
「うむ、では着いて来るがいい。ただし、なにを聞かれても不用意に答えないように。返答に困ったら、そっち方面のことはさっぱり判りましぇ~んって答えればいいから。」
「心得てます。」
よしッ。
あとは天さんにずっとくっついてくだけだわ。
さっきの会合に参加していたコマツナ連邦側の仙道を廊下にて捕まえ、蛇葛門戸を呼んでもらい、二人の密室会談が始まる。
座敷に二人相対し、盆にお酒が用意されている。
私はいつものごとく隅っこで小さくなって控える。
正座していると足が痺れて、いざというときに動けるかどうか不安が残るけど。部屋が狭いことも幸いして、上半身を投げ出し手を伸ばせば天さんには手が届きそう。ならば、一応安心して会談を見守ることができそうだ。
天さんに向けて倒れ込んでタッチするイメージを繰り返す。
うん、問題ないかな。
天さんが居残ると言い出した理由は、異世界人拉致犯たちとの接触の有無に加え、異世界へ行く手段を入手しているか否かを蛇葛に確認するためだった。
蛇葛の回答は前者については有、後者については入手していない、というもの。
「ちょっと待てよ。議論の最中は犯人たちの動向は掴めていないと言ったじゃないかッ?」
天さんもその蛇葛の回答には憤慨気味だ。
「行方を知っとる言うたら、意地になって引き渡せ言うてきくまあが?」
蛇葛はとぼけたような口調で応じる。
いや、本人、至って真面目に応じているのかもしれないけれど。
「では、なぜいまは正直に白状するんだ? そこもよく判らないんだが。」
うん、最もな疑問だ。
「正直に言わんにゃあ、蒼月さん、いつまで経っても帰るまあが?」
これはやや天さんを非難している感じ。
これに対し「ああ、よく判ってるじゃないか。」と天さんが言えば、「へんッ、何年の付き合いになる思うとんなら」と蛇葛が得意気に顎を上げる。
情報を得られたのと引き換えに、なんだか一本取られた気分だわ。




