コマツナ
十二仙の招集から三日、集められるだけの人数が集まったところで、コマツナ連邦に向けて天さんの屋敷から出発する。
集まったのは八人の十二仙と私で計九人。
犯人の一人である又八の師匠である六星卯海は同行するみたい。彼は出発前の聴取で又八との繋がりについて「私から指示したものではない。本人に会って話を聞いてみないことには、なんとも申し上げようがない」と話していた。ということは、虎さん→六星→又八という構図ではなく、虎さん→又八という構図になるのか。その点についてはなんだか詮索しているみたいだから、虎さんに聞く勇気がない。
爺様からは、ほかの仙道はともかく天さんを守るように言われている。
いざとなれば転移の術を使って天さんと一緒に逃げ出せ、と。
そうすると私が転移の術師であることが露見してしまうが、それは爺様の指示で秘匿していたことにして、処罰は爺様が受けるつもりだと。
そんな具合だから、できれば転移の術を使うような事態にはならないでほしいのだけど。先日の黄さんの話を鑑みるに、聖・ラルリーグ側の話がすんなり通るとも思えない。せめて、口論だけで終わってくれればいいのだけど。合意が為されなくてもいいんだ。これだけが私の切なる願い。
コマツナ連邦には各々霊獣を駆って行く。
私は知己である虎さんの霊獣に乗せてもらうことにしたのだけれど、虎さんが霊獣を出したところで事件が起きた。それまで姿を消していたアオが突然姿を現わしたんだ。アオが怯えるように私の背後に隠れるのを見て、虎さんはキョトンとしていた。なにごとかとアオを見れば、目に涙を浮かべて、必死に私の背にしがみついている。どうやらアオは霊獣に怯えているよう。
確かに虎さんの霊獣がアオの方を向いて低い声で唸っている。
どうなってるのと虎さんの方を見ると、虎さん、霊獣の頭を撫でて、アオが私の使役している妖精であることを霊獣に伝えてくれたみたい。
騎上でアオに尋ねてみると、どうやら霊獣は妖精を捕食するらしい。
じゃあ、アオが悪戯したら霊獣に食べさせちゃうからと脅しておいた。
虎さんにはアオが黄さんの寄越した霊獣であることは伝えてある。隠し通せるものでもないしね。虎さんは黄さんというワードに少し難色を示していたけども。
黄さんがなにを考えているのか判らない、と言ったところ、虎さんだけでなくそれは仙道みんなの見解だと言って笑った。やっぱり黄さんは只者じゃないようだ。虎さんによれば、黄さんは滅多なことで怒ったり敵に回ったりすることはないが、なにしろ彼の機嫌は損ねない方がいいとのこと。いやいや、爺様が召喚したときは相当ご立腹のようでしたけど、と言うと、あの黄さんが……と虎さんも驚いていた。
うん、爺様の召喚はタイミング次第で人を激怒させる性質の悪い術だからね。
しばらくして、コマツナ連邦との国境付近を通過する。
私の家、隣町のターミナルが見てとれると、あ、ここで降ろしてもらっていいですと言いたくなる。ぐんぐん遠ざかる故郷の姿に、日常がスルリと指の間から零れ落ちてしまったような感覚に襲われる。国境を越えて高まる緊張感。
死者二名……彼らが襲われたのは連邦域内に入ったから。
そう思うと、身体が強張った。
そんな私の様子を感じ取ったのか、虎さんは心配いらないよと声をかけてくれる。
虎さんは怖くはないのかと尋ねてみる。
怖くないことはないが、死ぬときは死ぬもんだ、と虎さん。
私はそんな覚悟はまだしてないと言うと、葵さんの歳で覚悟を決める必要はないと言う。オレの場合は伊左美と玲衣亜がいるからいいんだって。危ないと思ったら、天さんを連れてすぐに逃げてくれればいいって。虎さんはなんで私みたような三下術師がノコノコ出張ってきたかを察していたみたい。いいえ、逃げるときは虎さんも連れて逃げますと言うと、脱出賃は幾らですかの? と聞いてくる。もうッ、大事なところで茶化さないでほしいわッ。
コマツナ連邦上空からの景観は聖・ラルリーグのそれとは異なり、街々した大きな街がない感じ。代わりに森と高原に田畑が見渡す限り広がっている。連邦域内に住んでいるのは獣人という種族で、人とほぼ変わらない見た目ながら所々に獣のような特徴を持っている。だから、上空からの景観や、暮らし振りや文化が違うのも頷ける。獣人というのを実際に目にしたことはないけれど。
連邦側から来た荷を受け取るのはターミナルでだし。ターミナルに獣人はやってこないし。彼らについてはちょっと話に聞くくらいのことしか知らない。
喧嘩ッ早いとか、口が悪いとか、やたら運動能力が高いとか……。
父さんもこっちで働いているから、彼らのこともそんな悪くは捉えてないけどね。
遠くの方に目的の山が見えてくると、虎さんがあれが崑崙山だよと説明してくれる。仙人の里を山の麓に構えるのは、聖・ラルリーグ側もコマツナ連邦側も同じみたい。
間もなく仙人の里に到着して、蛇葛門戸の屋敷の門前に降り立つ。出迎えてくれた従者の案内で屋敷の中へ。
「こりゃこりゃ、蒼月さん、遠路はるばる、よう来んさったのう。」
コマツナ連邦側の長、蛇葛門戸。
好々爺らしいにこやかな笑みを浮かべ、少々崩した挨拶をする。
とても連邦側の仙道を束ねる長には見えないが、黄さんと同じでいざとなったら凄いのかもしれない。
蛇葛門戸に勧められるまま、広い板の間に用意された座布団に腰を下ろす。
二人の長が広間の奥に並び、長手方向にそれぞれの陣営の仙道が対面して並ぶ感じ。
私は聖・ラルリーグ側の端で小さくなっておく。
で、話し合いが始まったわけだけど、やっぱり話は難航している。
連邦側が犯人一行のことなど知らないと惚けているのだ。であれば、発見し次第、引き渡してもらおうと要求するが、それも飲めないという。
それでは協定違反ではないかッという議会の反論も、連邦側には受け入れられない。
なんでも、連邦成立以前から連邦各国には“来る者は拒まず、去る者は追わず”の精神が根付いているらしく、犯人一行が聖・ラルリーグ側に帰りたいと言えば帰すし、連邦側に住まうと言えば、彼らを引き渡しはしない、というのが彼らの方針。
これは各国の文化、伝統に基づいた道理だから、他国の干渉に左右される類のものではない、と。
要は、この決定はどんな理屈をもってしても覆りはしないと言っているのだ。
協定による成果も上がらず、ようやく犯人の動きを補足したと思われた矢先の連邦側の掌返し。
犯人引き渡しを拒否しただけならまだしも、連邦側は言いがかりにも似た主張により聖・ラルリーグ側の連邦側への進入さえ禁じる始末。
事実上の一方的な協定の破棄だ。
言い分としては、現状でも聖・ラルリーグ側の仙道があちこち嗅ぎ回っていることに対する民衆の不快感が高まっている中、さらに連邦側の国是と異なる主義・主張を連邦域内で振りかざすなら、とてもじゃないが入国を認めるわけにはいかないと、こういうわけだ。
連邦側はそこまでで伝えたいことは伝え切ってしまったのだろう。
その後は聖・ラルリーグ側がなにを言っても茶を濁すか同じ話を反復するにとどまり、議論にならない。
そして、聖・ラルリーグ側の仙道たちの疲労の色、苛立ちが露わになってきたところで、天さんが初めて口を開いた。
「聖・ラルリーグの仙道に申す。もう議論は十分に為された。これ以上の議論は不要であろう。犯人捕縛のためとはいえ、今後はコマツナ連邦の領域に出入りすること、あってはならない。」
この言葉に聖・ラルリーグ側の仙道たち一同唖然とする。
味方とは言わないまでも中立であるはずの天さんがッ?
まさか連邦側の言い分を丸飲みしたような判決を下すなんてッ?
とでも思っているのかもしれない。
私は協定のこともお偉いさん方の思惑も判らないから、とりあえず連邦側との諍いの芽が消えたことに胸を撫で下ろす。
やや気が抜けて、今晩のごはんについて考える。
自宅に降ろしてもらって料理しようか、それとも仙人の里にくっついて行って爺様と一緒に食べようか、みたいな。あ、トーマスさんを爺様の家に置いたままだったわ。すっごい忘れてたッ。




