2-29(74) 妖精
夕闇が迫る草原で、自問自答する。
葵、あなたは仙道と闘えるの?
闘えるッ。
私には二〇キロのズタ袋を抱えられるだけの腕力と背筋があるッ。
でも思い出してッ。
あの廃屋での戦闘をッ。
あのとき、あなたは見てただけだったでしょぉ?
そうだった、私は、闘えない。
「全然ッ。」
黄さんにキッパリと答える。
なにって、黄さんに「仙道とよく闘えるのかい?」って聞かれたもんだから、ちょっと考えたわけね。
で、全然闘えないって結論に達したわけ。
ふッ、考えるまでもなかったけどねッ。
「はあ、爺さんなにを考えてんだか。」
溜息混じりに黄さんが呟やく。
「心配していただいて、ありがとうございます。でも、祖父には祖父の考えがあっての提案だと思いますので。大丈夫です。私、闘えやしませんが、死にもしませんので。」
おそらく爺様は戦闘ではなく、逃走のために私を向かわせるんだ。
敵陣でいざ合戦になったとき、明らかに不利になったときの切り札として。
三十六計、逃げるに如かずって言うしね。
「その自信の根拠が判らないが、あちらもそれなりの仙道が出張ってくるんだろうから、一瞬も油断するな。」
「油断なんてできた身分じゃありませんよ。」
「警戒を怠るな、かつ、警戒心を露わにしてはならん。」
「ふふ、歳取るとみんな説教臭くなるんですかね。」
「ふん、こういう話はもう爺さんから聞いてるかい?」
「いえ、爺様はなにも。」
「そうか、今度爺さんに説教しておくよ。」
「いえいえ、祖父も闘える人じゃありませんから、そういうのは教えたくても教えられないんでしょう。」
「ふふ、爺さんがちょっと羨ましいね。」
「はい?」
「よしッ。葵さんにプレゼントを上げようか。」
「え? すいません、ケビンさんはいりませんよッ。」
「ふ、なにを馬鹿な。」
そう言って黄さんが差し出してきたのは、一本の短い棒と妖精だった。
「こっちは仙八宝で、がんばればあらゆるものを消滅させることができるから。で、こっちは妖精。遠くまで見通す千里眼と遠くの音を聞く順風耳を持っている。一緒に動けば重宝するだろう。諜報活動とかね。」
こ、これが噂に聞く仙八宝ッ。
案外、見てくれは大したことないのね?
そして、妖精?
ミニチュアサイズの身体、背に透き通る羽。
こんな生物が生息しているだなんて、世界も広いわね。
触ろうとすると、逃げるし。
「アオ、アオッ。」
黄さんが妖精に呼びかける。
「アオって名前なんですか?」
「ああ、この妖精の髪がね、陽の光に透かすと判るんだけど、ちょっと青みがかってるんだ。だからアオっていう。」
意外と安直な命名だわ。
呼ばれたアオは黄さんの元にブーンッて飛んでゆく。
「これからお前の主人はあの人だよ」と、黄さんがアオに話しかけている。
アオは黄さんの言葉に何度か頷くと、今度はこっちに飛んできた。
「私、アオっていうの。あなたのお名前は?」
しゃ、喋ったッ?
「私の名前は葵よ。」
「おお、アオ繋がりだねッ。これからよろしくねッ。」
「ふッ、よろしく。」
変なところで繋がったわね。
基本、妖精はなにも与えなくても大丈夫と言われたが、悪戯好きなので共に生活するには忍耐を要求されるらしい。喧嘩別れすると野良になるから、気をつけて、だって。
野良ネコ、野良イヌ、野良妖精か。野良妖精なんて見たことないんだけど。ま、売られた喧嘩を買わないようにすればいいって感じか。なんだか難しそう。
で、いま手にしている仙八宝だけど。見てくれだけじゃなく、持ってみても別にどってことはない。ただの棒切れだ。一体、どうがんばればなにを消滅させられるのか聞いてみると、気を燃え上がらせるんだ、という回答が得られた。
は? とは言わないわ。
「なんですか、それ?」
「気だよ。気。こう、身体に溢れてる力的な? そう、魂だよッ。」
そんな曖昧なこと言われても判らないし、溢れてもいないんですけど。
「特に、なにも溢れてないですよ?」
言いながら、棒の先端を黄さんの方へ向けると、黄さんに怒鳴られた。
切っ先を人に向けるとは何事かッ、って。
危ない、危ない。危うく黄さんを消滅させちゃうとこだったわ……って、この棒からそんな力が発せられる気配がまったくない。なんなんだろ? 私に素質がないってことかしらん?
コツを聞いてみても、まったく黄さんの説明が伝わってこないし。
結局、小一時間くらい、なんとなくがんばってみたけど、なにもなかった。
そんなだったから、黄さんは仙八宝の代わりとばかりに短剣を寄越してくれた。
「これも仙八宝ですか?」
「ううん、それはよく切れる剣だよ。」
「ありがとうございます。」
「あ、これ砥石。」
「ありがとうございます。」
「切れなくなったからって、捨てちゃダメだよ。研げばまた切れるようになるから。」
「はい。」
そんなやりとりを見守っていたアオが、私の肩をポンポンと叩く。
「大丈夫、葵ちゃんはこれからだよ。」
湧き上がる厭な予感。
元主人の黄さんと私とを比べて、私を格下だと値踏みされたかもしれない。
いきなりちゃん呼ばわりだし。
とほほだわ。
黄さんの家を辞して、アオとトーマスさんを伴い、歩いて仙人の里をめざす。
転移の術を用いないのは、まだアオを信頼できないから。
もしかすると黄さんの放った刺客かもしれないし。
道すがら、アオとトーマスさんをそれぞれ紹介して、アオに千里眼と順風耳の具体的な性能と、ほかにどんなことができるのかを尋ねてみる。
千里眼はその名が示すとおり、遥か遠くまで見ることができる能力らしい。ただ、障害物とかあるとその先は見えないみたい。順風耳は遥か遠くとまではいかないが、ある程度の距離なら小さな音を拾うことができるみたい。近くで大きな物音が響いていても、きちんと聞き分けもできるというから、まあ使い方次第で役に立ちそう。このほか、気配を絶つのも得意なのだとか。試しに絶ってもらったところ、ホントにそこに居るのか判然としなくなった。気配を絶つというか、姿を消すってレベルね。
果たして、こんな生物が存在していていいのだろうか?
実は超危険生物なんじゃない?
ちょっと意地悪というか、冗談でトーマスさんにもアオに尋ねたのと同じように、なにができるのか聞いてみたところ、左官屋だったから、それに準ずる作業ならできますだってさ。まだトーマスさんとはあまり話らしい話をしてなかったけど、真面目ないい人そうでよかったわッ。




