2-28(73) 爺さんたち
危うく喧嘩になりかけた事態が収拾されて一安心。
「おう、さっさとその物騒なモン仕舞えや。」
さっきまでの態度を一変させて偉そうに言う爺様。
いや、言葉遣いだけなら終始偉そうだったか。うん、それはそれで感心するわ。
「判ってる。すまないな。ホントは、誰とも争いたくないんだよ。」
黄さんも嘘吐くなし。争いたくて仕方ないんでしょホントはッ。
「言ってることとやってることが違うんだが。」
ほらッ、爺様からも指摘されてるじゃないッ。
という感じで、黄さんへの聞き取りも無事終了。
トーマスさんとケビンさんを連れ出したことについては他言しないように約束しておいて、議会へは犯人が異世界人を連れてコマツナ連邦に潜伏している旨のみ知らせるらしい。“異世界人特訓計画”が明るみにならないかぎり、黄さんは不問とのこと。よかったね、黄さん。でも、その平穏はトーマスさん、ケビンさん、私という三名の尊い犠牲の上に成り立っているのよッ、と心の内で黄さんにビシッと言っておく。
それから黄さん、犯人がコマツナ連邦の国や仙道の庇護下に入る可能性を示唆して、議会も早く動かないと事態は大きくなる一方だと話す。それに対し爺様、お前が言うなって感じのことを言ったあと、異世界の件については連邦とも協力体制にあるから、例え一国家や一仙道が匿ったところで問題なかろう、だって。すぐに解決できるなら、それでいいけどね。
そうそう、私は私で黄さんに用があるんだ。
突然離ればなれになってしまったトーマスさんとケビンさんを会わせてあげたいッ。
異世界で友達だったか他人同士だったか知らないけど、ここでは異世界人同士、もっと言えば黄さんに連れ出された同士なんだから、気の通じ合う部分もあるでしょ。少し話してみることで、気が紛れるかもしれない。なにせトーマスさんの死にそうな顔ったら、見るに堪えないんだものッ。訓練のことも、のちの決闘のことも、黄さんは二人に話してなかったみたいだし、正直、あの別れ方はないと思うんだ。
というようなことを話した結果、黄さんの了承を得られました。
このあと、黄さんと一緒に帰る予定です。
「じゃあ、オレたちは議会を招集しようか。」
爺様が天さんに確認する。なんと今回は犯人がコマツナ連邦側に潜伏中と判明しているから、というので天さん頭を下げてね、だって。天さんも大変だわ。
しかも爺様、オレは一緒に行けないけど、と一言。
どうやらこの件に関して積極的に関わらないというスタンスは崩さないようだ。
うん、それなら玲衣亜さんたちと楽しそうにお茶していたのも頷ける。
「爺さんも気持ちは複雑そうだね」と黄さんが笑う。爺さん同士、通じ合うところもあるんだろう。
「気持ち云々じゃない、オレはお前のようななんちゃって爺じゃないんだ。身体がもう着いていかんからな。あ、そうだ、代わりに葵を出すよ。」
は? という言葉を飲み込み、まず、私の耳を疑う。
うん、悪いのは私の耳かもしれないからね、いきなり爺様を責めるって法はない。
「正気で言ってんなら、私は爺さんの頭を疑うね。身体だけじゃなく、頭まで呆けたなら口も出さない方がいい。」
黄さんの一言で、私の耳の正常なことを確認できた。
っていうか、代わりに私ぃ?
「うっせえ。」
黄さんのありがたい一言に爺様のこの言い草ッ。
おい、ジジイてめえちょっとそこ座れよッ、って言いたいッ。
ああ、これは玲衣亜さんの影響だわッ。ダメだ、ダメだ。
「え、そんなん通るならオレもパスしていい?」
ほら、天さんに面倒臭い病が感染したじゃないッ。
「蒼月さんはこっちの顔だからダメだよ。」
黄さんが天さんを諌める。
「蓮だったらオレの名代が務まるんじゃなかろうか。」
天さん、実は相当行きたくないみたい。
コマツナ連邦に赴くのが厭なのか、頭を下げるのが厭なのか。
「協力体制をブチ壊していいなら、行くけど?」
そうだよ、黄さんが頭を下げる姿なんて想像できないわッ。
「ホント、こっちには碌なのがいねえな。」
「大丈夫、向こうも碌なのいないから。」
「それは大丈夫じゃないって言うんだろうッ?」
天さん、渋々といった感じだけど議会に協力することにしたみたい。とはいえ、協力するのは頭を下げるところまでで、あとの交渉は議会に任せるってさ。
ホント、聖・ラルリーグの爺さんたちはみんな奥ゆかしくって涙が出るわ。
「じゃあ、葵さん、行こうか?」
話が大体まとまってきたところで、黄さんが言った。
玲衣亜さんと伊左美さんの住所も一応、聞いてある。訪ねればいいのは虎さんの屋敷だそうだ。あとで異世界でのエピソードをいろいろと聞いてみたいからね。緊迫した雰囲気も和睦が成立してからは一転、親戚の集まりみたような雰囲気になり、別れ際、天さんは「今日は蓬莱山の問題児が全員集合したみたいで疲れた」と愚痴をこぼしていた。トーマスさんもみんなの質問攻めに遭い、少しは生気を取り戻した、かな?
なにはともあれ黄さんの家に到着して、トーマスさんとケビンさんの感動の再会ッ。
いや、およそ半日振りの再会だから、ホントに感動しているかどうかは怪しいけど、私の中では二人は感動してるの。きっとこれから、「がんばれよトーマス」、「お前もな、ケビン」なんて言葉が交わされるに違いないんだ。
じゃ、あとは若い二人に任せてってな要領で、私は黄さんに誘われるまま敷地の外へ出る。
彼らの話が終わるまで暇潰しのお散歩、ってわけでもないみたい。
黄さん、真面目な顔で、私にコマツナ連邦へ行くつもりなのかと尋ねてきた。
いや、どうでしょうと曖昧に答えると、今度の訪問には危険が伴うだろうとおっしゃる。
なにしろ聖・リーグとコマツナ連邦は仲が悪いのだ。
表面上は交易したりしながら仲良さそうに見せても、実のところ連邦側は聖・ラルリーグ側への復讐の機をいまかいまかと窺っているのだという。異世界の件で協力体制を築いているのだって、連邦側が聖・ラルリーグ側に恩を売りたかったのと、いままでは異世界についてあまり関心がなかった、というのが理由。
それが今回どうなっているのかといえば、連邦側は犯人から異世界の話を聞き取りしているだろうし、異世界人というサンプルまで存在している。もし、連邦側が異世界に興味を示すなら、そう易々と聖・ラルリーグ側の要求を飲まないだろうって。
例え天さんが頭を下げても、だ。
だからッ、黄さんがそれを言うのかよッ、てところを、やんわりと伝える。
すると返事は爺様と同じく、爺さんになるとあんまりこの世界の情勢に手も口も出し難いって感覚に陥るんだってさ。自分の思考や判断力に対する自信の問題だって。
異世界人を攫うっていうちょっかいは出したのにね?
ホント、なんか可笑しいよね。
っていうところもソフトに伝えると、暇人には娯楽が必要なんだとさ。
うん、その点は同意できるわッ。
私にとっての異世界が、たぶんそうだったから。
って考えてると、黄さん、「話が逸れたな、申し訳ない」と断りを入れてきた。
ちょ、ちょ、黄さん。
全然逸れてないです。
私が聞いたんです。
すいませ~んッ。
って謝るのも変ね。
「いえ、大丈夫ですよ」と、私は温かい眼差しを黄さんに向けてみる。




