2-27(72) 屁理屈
天さんの屋敷に姿を現わした黄さん。
「よく召喚に応じてくれたな。ありがとう。」
爺様がやや震え声で挨拶するが、黄さんは返事しない。
退屈そうな、いや、死んだような目で爺様をじっと見据えている。
「まずはその物騒な物を仕舞ってくれないか。」
黄さん、その言葉にも疑問符を浮かべるかのごとく首を傾げるだけで、返事しない。
見れば、右手にカラフルな水晶かなにかを繋げたような数珠を持っている。
ふう、と爺様が深い息を吐く。
冷や汗か油汗か、爺様の額には汗が滲んでいる。
「知った仲なのに、厭に警戒するなぁ。」
「知った仲でも、油断ならないところが私としても辛いところさ。」
黄さんがようやく口を開くが、表情は変わらない。
でも、警戒しているということは、危害を加えられるかもしれないことをした、という自覚はあるんだろう。
「なぜ呼ばれたか、判るか?」
爺様の問いに、一瞬考える素振りを見せる黄さん。
私の視線と黄さんの視線が交差して、背筋が凍る。
黄さんから発せられる殺気にも似た凄まじい圧力。
私は黄さんに裏切り者と思われていないだろうか?
異世界人を訓練する者同士、このことは秘密にしておくべきだったのか。
でも、黄さんも口止めをしなかったじゃない?
「葵さんがいるから、ね。そういう話でしょ?」
私の姿を確認したことで、黄さんも大体察したみたい。
「伊左美と玲衣亜は、なぜここにいるんだい?」
二人に気づいた黄さんが尋ねる。
「オレら葵ちゃんとは友達っスから。」
この凄まじい緊迫した空気の中、伊左美さんのいつもどおりの口調。
それでも全然和まない。
「へえ。こんな重大な秘密を共有できる友人だなんて、ホントに、素晴らしいよ。」
相変わらず死んだような目で視線を這わせる黄さん。
「話の途中ですまない。聞きたいことが二つ、あるんだ。」
爺様が指を二本立てる。
「まず、異世界人を拾った場所はどこだ?」
「コマツナ連邦パラキア領内、ルルカ高原。あと一つは?」
渋るでもなく、淡々と答える黄さん。
「異世界人たちを連れてきた犯人も、このトーマスさんたちと同行していたと思うんだが、彼らの素性を教えてくれ。」
「んん、あまり気は進まないが、ま、これも彼らの落ち度ということで、白状させてもらいましょう。連中の中に、十二仙の六星卯海の子弟で又八はいた。あとは顔を隠してたから、知らない。」
私の家では犯人が誰かは知らないって言ってたのに。
「判った。」
「もう帰っても?」
話はこれで終わり?
「ん、いや、もうちょい。一応、確認だが、今回のことは議会に上げるぞ。そして、異世界人を拉致した犯人を捕縛するのはもちろんだが、異世界人たちにも帰ってもらう。まずはお前が連れ出したトーマスさんとケビンさんからな。」
「それはできない相談だ。ほかの異世界人たちには帰ってもらって結構だが、私が唾をつけた二人だけはまだ帰せない。」
「また無茶を言うな。」
「そう案じるなよ。用が済めば、もちろん帰ってもらうさ。」
「用っていうのは、訓練して闘わせるって奴のことか?」
「ふん、もう聞いてるんじゃないか。そう、これは私のささやかな楽しみの一つなんだから、口出し無用に願いたい。なに、別に殺し合わせようというんじゃないんだ。ただ、彼らがどんなふうに強くなるのか、確かめたいだけさ。私にとってはすごく興味深いことなんだけど、どうかな。ちょっと面白そうじゃない?」
強者の言い分ね。私なんて、パワーアップしていないトーマスさんにだってやっつけられる自信があるってのに。
「うん、まあ、確かに面白そうだけど……ッじゃねえよ。トーマスさんにもケビンさんにも、お前の楽しみに付き合う義理はないんだぜ?」
おい、ジジイ、面白そうとはなにごとよッ?
「助けてやった恩返しだと思えば、安いもんだろ?」
「助けてやった、だと?」
「そう、例えばほかの異世界人だけど、放っておけば悲惨な末路を辿ることは間違いなかろう。」
「そうと判っているなら、なぜ全員を救出しなかった。」
「だから言ったじゃないか。この二人を連れ出したのは私の楽しみのためだって。別に助けたつもりはないんだ。とはいえ、この二人にとっては救出されたのと変わらないんだから、それを恩に着てもらって、ちょこっと私に付き合ってねって話なだけだよ。」
「相変わらず滅茶苦茶言いやがる。」
「世の中いつだって滅茶苦茶じゃないか。」
爺様の吐き捨てるような言葉を受けて、呟く黄さん。
爺様が二の句を継がないのを幸い、「では、もう話も終わったようだから帰らせてもらうが」と黄さんが切り出す。
「お前は本当に動じないな。いまの自分の立場が判っているのか?」
「立場? 知らないね。それこそ私には縁のない言葉だ。」
「とにかくまだ話は終わってないんだ。犯人と接触した際のことを詳しく話してもらいたいんだが。」
「おいおい、最初は二つ聞きたいことがあるって言ってたよね? なんかさっきから質問されまくってる気がするんだが?」
「ホンット、お前は……。屁理屈はいいから答えない。」
あ、恐怖を克服したのか爺様がいつもどおりの爺様になってきたわ。
黄さんもやれやれといった感じで肩を竦める。
「あれは白帝虎と散歩しているときのことだった。」
黄さんの語りが始まる。
「高原に違和感があったんで見ると、見慣れない連中がいる。近づいて様子を見てたら、異世界人もいたんで、隙を見て、奪って、さよさらしたんだ。」
ん、終わり?
爺様も続きを待っているのか、無言のままだ。
「終わり?」
「うん。」
実録・異世界人誘拐事件ッ、完……、とはならず、爺様も今度は具体的に犯人の人数や異世界人の人数を尋ねる。犯人四、五人、異世界人一〇人前後とのことだが、これも数えたわけではなく、あくまで黄さんの印象でしかないからあまりアテにならないと念押しされる。
そして、黄さんは犯人とは会話を交わしてはいない模様。黄さんなら犯人を脅迫することも可能だったろうという爺様に対し、「犯人が雑魚だと判ってたらやれるが、なにしろ顔を隠してるんだ。どんな奴か判らない奴らに対して、脅迫なんてする度胸はない」と黄さん。爺様の言葉から、黄さんは相当お強いのだと察せられる。
「最後に……、お前がやったこと、やろうとしていることが聖・ラルリーグの意志に反している、という自覚はあるのかい?」
来たぁッ。黄さんの認識を問う、断罪のための質問ッ。やめてッ、胃がキリキリ痛む。召喚しておいてこの仕打ち。なんだか居たたまれないわッ。私でさえこうなのだから、爺様のストレスは如何ばかりかッ。爺様禿げるのッ? 禿げたいのッ?
「はッ、やっぱそうか。クックッ。」
黄さん、一人で笑い出した。
これは来てるッ、相当来てるッ。
「いや、悪い。自覚、ね。自覚はしてるよ? ただ、聖・ラルリーグなんて私が暮らしてる場所に後になって勝手に国で御座いってな面して腰を下ろしただけの奴だし、コマツナ連邦にしたってそう。勝手に、後になってやってきてデカイ面してるだけじゃないか。そんなのに私が諌められる筋合いはないね……と、思ってるんだけど?」
だからなに? って感じ。爺様どうするの? 天さんは終始無言だし、もしかすると天さんはあくまで抑止力としての役割を担うだけで、会話自体は爺様に任せているのかもしれない。とはいえ、黄さんの挑発的な話し方から抑止力が正常に機能しているとも思えない。
「納得いくかい? いかないだろう? やるかい?」
どうやら黄さん自身、自分の理屈に誰も理解を示さないであろうことは織り込み済みだったみたい。
でも、やるかい? はないよね。誰もやりたくないでしょ?
死んだような瞳に光を宿し、同時に少し後ずさりする黄さん。
爺様も固唾を飲んで、黄さんの様子を見ているばかり。おそらく次の一言が出てこないんだ。言葉遣い一つ誤っただけで、黄さんの堪忍袋の緒が切れちゃいそうな。
「私は爺さんに召喚された時点で、半ば死ぬる覚悟はしてるんだ。そっちはどう? 葵さんに、伊左美に玲衣亜には、私が逆上する可能性は伝えてあったのかい?」
誰も動けない。
なにも言わない。
天さんさえもッ。
死ぬ覚悟をしてきたって言葉は重い。
こっちが覚悟をしていなかったのが、間抜けだったと思えるほど。
気づけば、私は爺様の袖を引いていた。
爺様が優し気な視線を私に向ける。
私は首を横に振る。
もう無理しないでって感じ。
爺様、そんな私の様子を見てすぐに黄さんの方に向き直った。
「なにを馬鹿な。こっちはオレも含めて、いまも覚悟なんてしてないんだ。お喋りするだけなのに、覚悟なんていらないだろ? ま、トーマスさんとケビンさんの両名には悪いが、お前の趣味に付き合ってもらうさ。」
爺様の言葉も虚しく、黄さんからは相変わらず殺気が放たれている。
「蒼月さんは、なにか言いたいことはあるかい?」
黄さんが天さんに尋ねる。
「ん、特に。」
おお、天さんすっごく関心なさそうッ?
「まだ、ここへは安心して顔を出せる?」
「そうだな……。ここは、オレたちの非武装地帯だ。ここでは誰も争わないし、争わせない。いいか?」
天さんの確認に、「異論はない」と爺様。
「そういうわけだから、ここにだけは、これからも安心して顔を出すがいい。」
「ふん、それだけ聞けて安心したよ。」
ふっと部屋全体の気が抜けた感じ。
もう、怖い黄さんはいつもの黄さんに戻ったみたい。
はあ、死ぬかと思った。
近年の死ぬかと思った率の上昇はちょっと半端ないわ。




