序-7 (7) いやらしい小夜さんの術
小夜さんによるカード化の再現は思いのほか短期間で成功したようだ。
依頼した一週間後には成功を知らせる文が僕の家に届いたからね。
図書館で働いている伊左美さんにその旨知らせると、「おお、案外早かったみたいですね」と素直に驚いていた。
その翌日、前回と同じメンバーに一名を加えて、僕たちは再び小夜さんを訪ねた。追加された一名は死刑囚で、小夜さんが作ったカードの被験者にされるらしい。一体、どうやって死刑囚を外に連れ出してきたのやら。
屋敷から出てきた小夜さんはやっぱりキレイッ。
ああ、小夜さん、あなたはなんで狐なの?
屋敷内の中庭。
虎さんは小夜さんからできあがったカードを受け取って、囚人の前に進む。そして、「支配解除ッ」と虎さんが言うと、一瞬、囚人が身震いする。それから拘束具を解いてゆく虎さん。
「どうも、気分はどうだい?」
「別に。」
虎さんの質問に愛想なく答える囚人。
「あのぅ、この人、やけに反抗的なんですが?」
困り顔の虎さんが小夜さんに抗議する。
「虎はそいつをどうしたんだ?」
小夜さんが尋ねる。
「いや、私に隷属しろと。」
「じゃあ、なにかを命じれば、そのとおりに動くさ。やってみなよ。」
小夜さんの術は、被施術者を思いどおりに操ったりするものらしい。
恐ろしいよね、怖いよね? 趣味が悪いよね?
「うまくいってんのかなぁ。」
虎さんはまだカードに対し不審を抱いている様子。
「いまの反抗的な態度を謝ってみて。」
虎さんが言うと、囚人は素直に頭を下げて謝る。
おお、これが術の効果か。
ところが、囚人は頭を下げたあと、自身の身体をつぶさに観察している。どうやら、自分がなぜ謝ったのかを理解できていないようだ。虎さんもそう感じたのか、小夜さんの方を見て説明を求めているよう。
「中途半端に隷属させようとすると、自我が残るんだ。もし、完全に隷属させるなら、私なら心神まで奪うね。でないと、使役している側も不愉快になるし、使役されている側も苦しいだろう。」
確かに、それは生き地獄に近いものがあるわ。
「それは、施術のとき、よりこまかに支配の内容を念じればいいってことでいいのかな?」
虎さんが確認する。
「そう、大体合ってる。」
適当に答える小夜さん。大体ってアバウトだなぁ。
「例えば、いまから心神を喪失しろと命じるとどうなるんだい?」
「そりゃ無理さ。誰も自分の意志で心神喪失なんてできないんだから。隷属させた者ができることはその者の能力に依るわけ。だから、空を飛んでみせろと命じたって、彼の場合、はぁ、なに言ってんのッて返事するだろうね。」
「そんな可愛らしい返事はしないでしょう?」
おーい、虎さん。あんたのいまの受け答えも大概可笑しいよ?
ほら、小夜さんも呆れてるじゃん。
「コホン、なるほどね。じゃあ、術としては今回は失敗したってことかな。」
「仕上がりが施術者の意に沿わなければ、そういうことになるね。」
「心か。隷属するのに心があるってのは、気分が悪かろうね。よし、もういい。キミを隷属から解放しよう。」
「あ、ああ。」
話の流れがあまり飲み込めていない様子の囚人。
ま、一回謝らされただけだしね。でも、解放するってどういうことだろう。まさか囚人を娑婆に解き放つってことなんだろうか?いや、まさか。
「伊左美、彼に拘束具をつけなさい。」
よかった、どうやら娑婆に出すつもりはないらしい。
「ところで小夜さん、このカード化、一体どうやったのか見せてもらえない?」
「それに対する見返りは?」
「カード化できるっていう発想を示しただけでも、こちらとしては十分貢献しているつもりなんだけど。」
「ま、まあ、そうね。じゃあ、特別に見してあげるから、ついてきなよ。」
やや顔を赤らめている小夜さんに一瞬、心を奪われそうになる。
くそ、負けないぞ。小夜さんは狐だ。油揚げが大好きな狐野郎だ。
気を引き締めて、みんなのあとに続く。
小夜さんは一度、カードの制作工程を見せてくれたが、説明が非常に感覚的で、術師でない者からすると非常に判りづらいものだったのだろう。僕はもとより、みんな頭の上に疑問符を浮かべている。これをそのままほかの術師に伝えたからといって、果たしてカード化が再現できるのかどうか怪しいレベルだ。
「わかります?」
虎さんに小声で尋ねてみる。
「いや、全然。」
苦笑いする虎さん。
「ロア」
そして虎さん、ロアさんに話を振る。
「うん、すまんが私もさっぱりだ。」
さらに玲衣亜さん、伊左美さんと順繰りに見やる虎さんだったけど、二人とも力なく首を振った。
「悪いんだけど、見本としてカードを一枚、拝借できないかな?」
「申し訳ないけど、それは無理だね。」
「無理か。」
「うん、このカードを人に渡す気はないんだ。こんなものが世の中に出回れば、私の立場はいよいよヤバくなる。それこそ、こっちの世界に居場所がなくなって、異世界に逃げなきゃならなくなるかもしれないからね。」
「なるほど。それも言えてるね。」
確かに、人を操れるカードが他人の手に渡ることを想像すると恐ろしい。小夜さんもその昔に悪さをしたから、いまみたいに辺鄙な山の麓に居を構えてるって話だし。
帰り際、小夜さんは妥協案として虎さんが施術したい相手がいる場合、自ら出張って施術してもいいと話していた。虎さんはあんまりアテにしていないようだけど。ま、異世界まで出張ってもらうってのも難しいだろうし、虎さんが小夜さんの術を使いたがらないだろうしね。




