2-24(69) 異世界人
爺様ッ。
一ヶ月振りの爺様ッ。
嬉しさで頬が勝手に緩む。
引き締めようとしても、また緩んでしまう。
目頭が熱い。
目の前にはいつもどおりの、なんてことない顔した爺様がいるってのにッ。
メッチャクチャ恥ずかしいッ。
でもしようがないね。女の子だから。じゃない、死地から生還したんだから。
そうよッ。爺様に会えて嬉しいんじゃないわ。無事に戻れたことが嬉しいんだ。
やめてッ。そんな不思議そうな顔して見つめないでッ。
顔が爆発しちゃうッ。
「ああ? なにお前、服着たまま泳いでたのか?」
はい、もういいわ。
そういえば爺様はこんな奴だった。
再会に心を震わせていたのがバカバカしいったらありゃしない。
おお、もう無表情できるじゃん?
それによく考えたら、爺様はつい最近まで会いたくない人物ナンバーワンだった。
ああ、どうかしてたわ。
そして迎える、向こうに戻るか戻らないかの選択のときッ。
どうする? 私ッ。
海に飛び込んだ私が浮かび上がらないことにナナさんがパニックを起こして、海に飛び込んだりしてないだろうか?
私がいなくなったことを聞いたら、玲衣亜さんたちが心配しないだろうか?
でも、こっちに戻ってきて改めて思うけど、この解放感はなにものにも代えがたいわ。
向こうでのみんなとの生活にも楽しいときはたくさんあったけど、やっぱり束縛感がいつもあったし、なんか、まるで誰かの人生に乗っけられた感が半端なかったんだもん。
例えこっちでゴロゴロと無為に時間を過ごしてたって、それこそが私の生きる道よッ。
というところまで考えてから、爺様にこれまでの経緯を話します。
久しぶりに爺様の逆鱗に触れて、平手で打たれた。
あんまり加減してないようで、凄く痛い。
口の奥と唇が痺れている。
舐めると、違和感とともに血の味がする。
ま、打たれた理由が明確なんで、なにも言い返せやしないけど。
もう、このままあの人たちには関わらないようにしよう。
もう、以前みたいに尾行したりとかしませんので……と届かぬ反省の弁を念じて、勝手に許しを請う。
爺様にも銃の件の片が付くまで異世界へは行かないと約束する。
しばらくはこっちの世界で謹慎だ。
うん、下手に利用されるのも癪だから、私は爺様と一緒に今回の件については静観していよう。
こっちに戻ってきたときは、一瞬、玲衣亜さんたちを出し抜いたとか思っちゃったけど、よくよく考えれば尾行がばれた時点で勝敗は決してたんだよね。
駆け出しのひよっこは早々に退場するわ。
というわけで、約二年の歳月が流れました。
この二年間は特に爺様と会うわけでもなく、以前よりも異世界に行かないぶん刺激の少ない生活を送っていました。
議会の動きも知りませんし、異世界での玲衣亜さんたちの動向、覆面の謎のグループの動向も知りません。
まあ、積極的に情報収集もしていないし、決着すれば爺様が謹慎解除の知らせとともに結果を伝えにくるだろうと勝手に思っている。
私としては早く決着してほしいんだけどね。
なんだか長引きそうな予感がするわ。
季節は夏真っ盛り。
玄関ドアと窓を開けて風を通し、暑さと闘いながらゴロゴロしていたそんなとき。
コン、コン、コンと玄関ドアをノックする音。
あら、誰かしら?
部屋から出ると、玄関ドアのところにどこかで会った覚えのある老人が立っていた。
顔は覚えているけど、名前が出てこない。
「お久し振りですね、葵さん。お元気でした?」
「いえ、ちょっと頭の調子が悪いみたいです。すいません、改めてお名前を伺っても。」
「ああ、いいんです。こういうのは時々よくあることですから。名前は黄蓮です。大抵の人は蓮さんとよんでくれますが、一部にジジイだのなんだのとよぶ人もあります。」
「ああッ。思い出しましたッ。そうそう、黄さんだ。」
「大抵の人は蓮さんとよんでくれるんですが……。」
「私は黄さんで認識してましたから、いまさら変えませんよ。でも、玲衣亜さんのジジイよりはマシでしょう?」
「玲衣亜は特別だからね。」
玲衣亜さんか。
思わず口から出た懐かしい響きに、当時の記憶が少しずつ蘇ってくる。
勇猛果敢だったころの若い時分の無鉄砲、玲衣亜さんたちと過ごした賑やかな日々。どこを思い返しても、いまとなってはいい思い出になっている。
玲衣亜さんたちはいまも異世界でがんばってるんだろうか?
「入っても?」
「あッ、すいません。あんまり懐かしかったもんで、ぼ~ッとしちゃってましたッ。どうぞ、どうぞ。」
黄さんが「どうも」と言って歩を進めると、後ろからもう一人見知らぬ男が入ってくる。
「え? すいません、こちらの方は?」
本能が警鐘を鳴らす。
油断するなと。
「気付いた?」
私の問いかけに黄さんも足を止める。
「そりゃ、こんな堂々と入ってきてるんですもん。こちら、大きいし……背格好が。」
“大きい”と言ったときの黄さんがニヤニヤかニコニコか知らないけど、とにかく笑顔だったから、ね。
「私は知りませんよ。」
「いえ、背格好の話だから、見れば判るじゃないですか。」
「え? なんの話ですって?」
「あああ、いいです、いいです。そんなことより、こちらはどちら様なんですか?」
「見て判りません?」
「だ~か~らッ……ッッ、見て判るのは大きな方だなってことくらいです。背格好が。」
おお、危うく嵌められるところだった。
彼、異世界人だわ。
俄かには信じられないけれど、服装が明らかにこちらの物じゃないもの。
そこに反応してたら、しょっ引かれるところだったわッ。
「実はこちら、異世界人なんです。」
「まあッ? 異世界人ですってッ?」
口元を手で押さえて、大層ビックリしている様子を演出する。
「で、もう少し進むと。」
黄さんがさらに部屋を進むと、玄関口からさらにもう一人の異世界人の男が現われる。
「増えたッ。」
目を丸くしている私に、「今日は葵さんにプレゼントを持ってきたんです」と来意を告げる黄さん。
もうやめてよ~。
なにがどうなってるのッ?




