2-19(64)言ったわ
ここからまたペースゆっくりめになります
「葵ちゃん。」
靖さんが先程と同じく、私によびかける。
「そんなに警戒しなくていいよ。僕たちは葵ちゃんと敵対するつもりはないんだ。そう、僕たちは誰とも敵対するつもりはないんだよね。だってさ、闘う手段がないんだもの。自慢じゃないけど、元々僕はただの現場監督の下っ端で、武器といえるものも持ってないし、まあ、バールとかハンマーとか? そんなので応戦するしかないんだけど、仙人様と争って勝てるわけがないし。……でも、議会も含めてだけど、相手が僕たちを親の仇のように思って敵対しようっていうなら、一応、備えはするよね? 一方的に狩られるのを指を咥えて待っていられるほど、僕たちもお人好しじゃないし。でぇ、その備えた結果ですね、不審人物がいたんで捕えてみたら葵ちゃんでした、と。じゃあ、葵ちゃんってなんなの? 議会の人なの、それともただのストーカーなの変態なのなんなの? っていうところを、いまからお話しようというわけ。ここまではよろしい?」
なんか散々な言われような気もするけど、とりあえず頷いておく。
「よろしい。玲衣亜さん、ちょっとお酒を持ってきて。グラスは五つ。んで、さ……いきん暑くなってきたね。ナナさん、BGMにギター弾いて。涼しくなるヤツ~。で伊左美ッ。なんか面白い話しろよッ。」
「いや、マジで、人をオチに使うのやめろよ。あと、意味が判らん。」
「ごめんごめん、癖なんだよ。なんかね。この溢れ出るサービス精神が留まるところを知らないッ、みたいな? あ、確認するの忘れてたけど、葵ちゃんはお酒は飲めるクチ?」
「はい、まあ。」
「こっちの世界のお酒は飲んだことある?」
「はい、一応。」
「煙草は?」
「吸いません。」
「え? なんで謝るの?」
「いえ、いまのすいませんは吸わないって意味で……。」
「あ、そうなの? ふふふ。」
なんか靖さん、テンション高め。そしてややウザい。
「ま、酒でも飲みながらお喋りしましょうや。」
靖さんが酒瓶をこちらに傾けてくる。
反射的に目の前に置かれたグラスを持って酌を受け、それから酒瓶を受け取って靖さんのグラスにもお酒を注ぐ。
「で、なんなん? 葵ちゃんって女の子が好きなん?」
んぐッ。出し抜けになに言ってんの?
「はい?」
「いや、だって、玲衣亜のあとをつけてたんでしょ? なぜオレじゃないのかッて……、伊左美が言ってたよ。」
あ、そういうことか、って、どういうことよ?
「それは、前来たときの印象で、みなさんの中で玲衣亜さんが決定権とか持ってるのかなと思って。」
「ああ、それはそうかもね。」
「うん、間違いないな。」
「うるさいし。」
「ああ、そういえば葵ちゃんのおじいさんはさ、こないだ異世界とかの件には積極的に関わらないって言ってたよね? なのになんで葵ちゃんはこっちの世界にいるんだい?」
靖さんがいま思い出したというように尋ねてくる。
「それは……。」
「おじいさんに言われたから?」
「いえ、祖父は関係ありません。」
「じゃあ、議会の方かい?」
「いえ、わ、私の単独行動です。」
「た、単独ッ?」
「はい。」
「ふ~ん、そしたら、仲間は?」
「いません。」
「完全に一人?」
伊左美さんの疑念の眼差し。
「はい。」
会話がスムーズに流れないのは、きっと私の言葉の信憑性を疑っているから。
「それで、葵ちゃんの目的ってなんなん?」
私は嘘が下手だし、この場でどう言い訳すれば生き残れるのかがそもそも判っていないから、もう決めてるんだ。下手な嘘は吐かないって。
「私はただ、異世界を、ありのままのこの世界を、楽しみたいだけ、です。」
本当のところを話すだけなのに、上手く言葉にならない。
「ふーん、それと玲衣亜を尾行したことと、どう繋がるんだい?」
「ええっと、それはですね。私としてはこの世界はこの世界のまま、そっとしておいてほしいんです。あまり向こうの世界の人たちに無暗矢鱈と動き回られたくないんです。」
伊左美さんと靖さんが“ちゃんと聞いてるよ”というように何度となく頷く。
「現時点でみなさんはこっちの世界に上手く溶け込んでやっているようですが、いつ、どこでなにをしでかすか判らないんで、私としてはみなさんの動向を掴んでおきたかったんですね。ちょうど先日、祖父がこっちに来たことでみなさんも議会の動きとか警戒したことと思いましたし、このタイミングで引っ越しなりなんなりするんじゃないかと思って。それで、玲衣亜さんを尾行したわけです。」
できるだけ相手を刺激しない言葉を選びたいけど、ベストを選択できてる気がしない。
「この世界のことが好きは好きなんだ?」
「はい。」
「この世界のことをいろんな人に教えてあげたいって思ったりしないわけ?」
玲衣亜さんが口を挟む。、
「玲衣亜……、余計なことは言わなくていい。」
「んあ、ああ。」
伊左美さんが低い声で諌めると、玲衣亜さんも慌てて口をつぐむ。
最初の印象と違って、伊左美さん、なんだか怖い。
みんなに教えてあげたいなんて、思ったこともなかった。
なんでだろ? ふつうなら、みんなに教えたいって思うよね?
そうだ、あらかじめ爺様に誰にも言ってはならないと釘を刺されてたからだ。
「ああ、ごめん。いまのは気にしないで。じゃあ、葵ちゃん的には、例えば向こうの世界の人がこっちの世界に来るっていうのがもうNGなんだ?」
靖さんの表情や声音は最初から変わらず、温和なものだ。
「そこまでは言いませんが。」
「じゃあ、どこからがアウトなの? 犯罪したらとか、目立つ振舞いをしたらとか?」
伊左美さん、また笑顔を取り繕ってるけど、この表情に油断してはダメだ。
「いえ。具体的に例を挙げるとなると、あまり深く考えたことがなかったのでなんとも言えません。が、まあ、犯罪とか、本当はここに存在しなかったはずの私たちがこちらの世界の人を泣かせてしまうのは、厭です。」
嘘は吐かないけど、できるだけ言葉を濁す。
「え? ということはだよ? こっちに来たとしても、こっちの人とは一切接触できなくなるじゃん。人間なにがきっかけで泣くか判らないし、本人が意図してなくても知らず知らずのうちに人を泣かせたり傷つけたりすることもあるだろうし。という前提があるんだから、人と関われなくなるよね?」
そんな極論を持ち出さなくってもいいのに。
「いえ、それは先程も申しましたように、具体的にどこからダメで、とかはまだ考えていないと……。」
「なるほどね。考えてはいないけど、まあ漠然とではあるもののアレはダメ、コレはオッケーっていう感覚自体はある、と。こっちの社会で労働者してるオレたちをモルモットよろしく観察してさ、で、葵ちゃんの査定をパスしなければなんらかの形でこっちの世界から排除しようと、そういうことだよね?」
伊左美さん、ズバズバ突っ込んでくる。
んん、まあ、そういうことに、なるんだよねぇ。
「うう、厭な言葉を使いますね。」
「ごめんね。違うなら言って。」
「……。」
「ん、図星なのか、当らずも遠からずってとこかな。で、カードは何枚持ってんの?」
「さっき玲衣亜さんに取り上げられた一枚切りです。」
「ああ、いや、いまの手持ちじゃなくて、向こうの世界に置いてある分も含めて何枚あるかってこと。」
「なので、私は一枚しか持っていないんです。」
「嘘だろ? だって、一枚だけじゃ向こうに帰ったらもうこっちに来れなくなるじゃん。」
ふつうなら、そう考えるか。
“カードでしかあちらとこちらを行き来することができない”という認識でいる玲衣亜さんたちにとって、やはり私の話は信憑性を欠いている。
だから、このまま黙っていても事態は好転しない。
覚悟を決めろ。
「カードがなくても、こっちには来れます。」
「え? そうなの?」
意外と反応の薄い靖さん。
「どうやって?」と玲衣亜さん。
伊左美さんは、黙って私の顔を見ている。
なんとなく、間を溜めてから言う。
「私は、転移の術を使えるんです。」




