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2-18(63)尋問

外での尋問はさすがに躊躇ためらわれたのか、私はさんたちのアパートに連行されることになった。ナナさんに歩けるか? と問われたものの、わざわざ死地に赴くために歩くだけの気概もなければ、まるで力尽きて眠ってしまった幼児のように、玲衣亜さんの背に負われてアパートまでゆくことに。

アパートに到着して、私が現われたことにさんとやすしさんは驚いていた。

玲衣亜さんはことの経緯を二人に説明したのちに私を自室へ運ぶと、私の所持品をチェックした。

そして、転移の術のカードが……玲衣亜さんの手に渡った。

玲衣亜さんはカードを確認すると「これは預かっとくよ? んで、転移の術で逃げなかったことは評価できると思う」と言った。その態度、潔しというところなのだろうけど、それは違う。だって、玲衣亜さんから逃げようと試みた直後から、ずっとナナさんが私に触れる格好になっていたし……。なんだか身体がよく言うことを聞かないから、仮に転移していたとしても、ナナさんにやっつけられていたろう。転移してナナさんに事情を話すことも考えたけど、それは玲衣亜さんに対して言い訳を並べて許しを請うよりも、さらに難易度が高いように思われたし。なにせ、本当の意味で、“話が通じない”だろうから。



私は逃げなかったわけじゃない。

逃げられなかったんだ。



そう考えると玲衣亜さんのいまの言葉が皮肉のようにも聞こえて、キュっと下唇を噛み締める。



玲衣亜さんは私を一人残して部屋を出て行った。

四人がリビングでなにかを話しているのが聞こえた。

内容までは判らない。

どうせ、私の処置について意見を交わしているのだろうけれど。



しばらくしてリビングに連れ出された。



伊左美さんと靖さんがテーブルに陣取っている。

ナナさんは前来たときと同じく、窓際の椅子に腰かけてギターを抱えている。

玲衣亜さんに促されて、私もテーブルに着く。

「じゃ、始めますか。」

玲衣亜さんがおごそかに言うと、「ごほん」と靖さんが咳払いを一つ。

「葵ちゃん。」

靖さんによびかけられて、靖さんの目を見る。

「これからいくつか簡単な質問をするから、すべて“いいえ”で答えてね。」

「いいえ。」

「わーお。」

これは引っ掛け問題的ななにかに違いない。

よく判らないけど、とにかくすべての返事は“いいえ”だッ。

「いや、いまのとこは“はい”でいいんだよ?」

「いいえ。」

「いや、いまのは質問じゃねーしッ。」

「いいえ。」

「おいぃ、人の話聞いとるんかーい?」

「いいえ。」

「ちょ、一発殴っていいですか?」

「いいえ。」

「やばいやばい、こっちが揺さぶるはずが、なんだかこっちの精神が揺さぶられてるんだけど。」

靖さんが伊左美さんに向かって話している。伊左美さんは笑いを必死に噛み締めているよう。

これはパスね。

正直、身体を動かすのと同じように口を利くのも結構しんどい。考えるのも億劫だ。この状態が続くかぎり、私はまな板の上の鯉と変わらない。

恐らくなにかされたのだろうが、なにをされたのかがいまだに判らない。

時間が経てば快方に向かうのか、それともこのまま精根尽き果てるのか。

「オレ閃いた。」

伊左美さんがニヤッと笑う。

「葵ちゃん、ルールを変えよう。これからはすべての質問に“いいえ”じゃなくて、“はい”と答えてくれるかい?」

「いいえ。」

「おお、なるほどぉ。」

「ね、なかなかくるでしょ?」

「おう、これ二、三回繰り返したら、オレ発狂するかも。」

「発狂したらダメだよ。葵ちゃんもいま、きっと極限状態なんだよ。それで上手く会話ができないだけかもしれない。」

「ふん、当事者じゃなくなった途端に優しくなるなし。」

なんだか伊左美さんと靖さんが楽しげに話している。

「葵ちゃん、一回リセットするよ? リセット、リセット。オーケー? で、ルールを変えるんだけど、もう“いいえ”だとか“ノー”は使用禁止。今度から質問に対してはすべて“はい”か“イエス”で回答すること。オーケー?」

ああ、ここまで念押ししてくるってことは、この言葉に他意はなさそうだ。

ふう。

「オーケー。」

私が答えると、伊左美さんが得意気な笑顔を靖さんに向ける。

靖さんはそれに対し澄まし顔で、質問を続けて、と身振りで促す。

「おほん、えー、あなたは、相楽葵さんですね?」

「はい。」

「出身はこの世界ではなく、向こうの世界のセント・ラルリーグ。」

「はい。」

「今回、この世界を訪れたのはオレに会うためだよね?」

「はい。」

「だって伊左美さんって超素敵なナイスガイだからぁッ。」

「はい。」

「マジでッ?」

伊左美さんが驚愕の表情を浮かべている。

一体、なにをそんなに驚いているんだろう?

「葵ちゃん、私たちが今日出会ったときって、土砂降りの雨だったよね?」

突然、隣で大人しく私たちのやりとりを見守っていた玲衣亜さんが尋ねてくる。

「はい。」

私の返事に玲衣亜さんは両腕を広げて、やれやれといった具合に首を横に振る。

この反応の意味もよく判らない。

対面では伊左美さんが口を半開きにしてポカンとしている。

靖さんも頭に疑問符を浮かべているみたい。

「せんせ~い、ちょっといいですかぁ?」

玲衣亜さんが席を立ち、ナナさんの方へ向かう。

玲衣亜さんとナナさんはなにやらヒソヒソと話したあと、揃ってテーブルの方にやってくる。

「相楽葵、いまの気分はどうだ?」

私と相対するやいなや、ナナさんが尋ねてくる。

気分……か。

この窮地の只中にいる者に対して気分を問うなんて、なかなかいい神経してるわね。

「はい」と言いながら、私は薄ら笑いを浮かべる。

いまできる精一杯の強がりだ。

「それはもういい。具体的な体調について聞きたい。不自然に脱力していたり倦怠感があったりしないか?」

ナナさん、凄い剣幕……。

「そうですね。脱力していて、だるくて、無気力で……もういいかなって。」

半ば捨て鉢な気持ちで、それでいて正直なところを話す。

するとまた二人は窓際に移動して秘密の相談を始める。

二人が席を外すと、「大丈夫かい?」と靖さんが心配そうに尋ねてくる。

私はニッと片方の口角を上げてみせる。

なんか、挑発的に過ぎる気もするけれど。

いまは、相手の術中に嵌った己の浅はかさを呪うよりも、相手の期待どおりの反応を示さないように心がけたい。心身ともに弱り切った態度でもって相手を喜ばせるなんて御免だ。せめて心ばかりは、あんたらの望んだとおりにはいかないと、思い知らせてやりたい。



まもなく二人が戻ってくる。

ん? いままでの倦怠感、疲労感がなくなった?

背もたれに寄り掛けさせていた身体を起こしてみる。

うん、身体が言うことを聞くわ。

頭もスッキリしている。



「改めて聞くが、気分はどうだ?」

再びナナさん。

この身体の変化も、おそらくなにかされたからなんだろう。

「ええ、とっても不思議な気分だわ。なぜか、さっきまでの体調不良が嘘のように消えちゃいましたもん。」

わざと大仰に答えてみせる。

あんたたちがなにかしたんでしょ? って感じ。

ナナさんと玲衣亜さんが目を合わせる。

「元気になったんならよかったよ。」

と対面の靖さん。

「これでふつうに話ができるね? ……って今度は無視ぃ?」

「靖、気をつけろ。敵は人を煽る手段を心得てるぞッ。」

私が無言で四人の様子を窺っていると、靖さんと伊左美さんとの間で妄想コメディが始まった。

背後から「ふふ」と玲衣亜さんの微かな笑い声。

そして玲衣亜さん、椅子を引いてまた席に着いた。

ナナさんは窓際の椅子を持ってきて私の隣に座る。

「じゃ、仕切り直しってんで、ボス、どうぞ。」

玲衣亜さんが言うと、対面の靖さんが面喰らっている様子。

ん? 靖さんがボス? なんか頼りない印象なんだけど、ホントに?

「僕?」

ほら、やっぱりダメな感じ。

「そう、僕、ボス。」

「僕、ボス、違う。」

「こう言い換えることもできるよ? ボ~ス、ぼ~く。」

「じゃあ、今日から僕、僕って言うのやめるわ。オレでいいや。」

「おいおい、それだとオレと被るじゃないか。」

「いつからオレが伊左美の専売特許になったん?」

「そりゃボス、オレがオレって言い始めたときからだよ。」

「んなアホな。」

ああ、靖さんはいじられキャラなのか。ボスだなんだっていうのも、その一環なんだろう。

「オーケイ、オーケイ。ボス云々は置いといて、ここは二人の気持ちも判るから、とりあえず僕が話すよ。」

これまでの弛緩した雰囲気に溶け合わない、私の緊張感。

なまじ体調が回復してしまったから、さっきまでの捨て鉢な覚悟が揺らいでいる。

爺様が私を召喚するのはほぼ一ヶ月後。

それまで無事でいられるだろうか。

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