2-16(61)交渉決裂
異世界から帰宅して、疲れていたのでそのままベッドに横たわり、天井を見つめながら考えた。
どうしたいかといえば、もう答えは出ている。
異世界に昔ながらの知り合いだとか、同郷の人間なんていらないんだよね。
だって、こっちの世界の私をあっちの世界にまで引き摺ってたくないんだもの。
結論。
誰も異世界に関わらせない。
うん、考えるまでもないわ。
でも、どうすればこっちの世界の住人の異世界進出を阻止できるかとなると、難しい。
玲衣亜さんたちが誰と繋がっているかも判らないし、議会も移動手段さえ手に入れれば、大挙して異世界へ押し寄せるんだろうし。
相楽一が遺したすべてのカードを私の手中に収めれば、誰も異世界に寄せ付けずに済むのだろうけど、カードが何枚作られていて、何人の手に渡っていて、とか、何処に隠されていて、とかが判らないからそれは無理か。
どうしようか。
三人の動向も押さえておきたいし、議会の動向も押さえておきたい。
そうだッ。
爺様ッ。
こんなときこそ爺様の出番だわッ。
というわけで、転移の術を使いつつ、仙人の里にいる爺様を訪ねます。
爺様、まるで私が現われるのを予期していたかのように落ち着いた様子。
昨日の今日で少しは驚くかと思っていたけれど、いささか期待外れだわ。
「なんか事件でも起きたか?」
もうッ、またそんな人をおちょくるようなことを言うッ。
「ええ、起きたわ。まさかッ、あの爺様が異世界の捜索隊に志願するなんてッ、て大見出しが新聞に載ってた。」
「んんッ?」
「具体的には明日の新聞ね。そう、その事件はいまから起きるんだから。」
「ははッ、そりゃ、確かに事件だな。」
「でしょ?」
「でしょっていうか、なんだよそらぁ?」
「なにって、言葉そのままの意味なんだけど? あ、具体的には、第四班の統括部隊に配属されるんだけどね。」
「いや、オレは志願なんてしねえし。」
「するの。」
「しない。」
「するッ。」
「しない。」
「してよ。」
「やだ。」
「なんで?」
「やだから。」
「やじゃないッ。」
「やじゃなくない。」
「やんッ。もうッ。」
ふうぅぅ。
甘えん坊さんで攻めても効果は薄いな。
そりゃそうだ。
これは真剣な話だ。
真剣に話さなくては。
「一体どうしたんだ? そんな怖い顔して。怒ってるのか?」
「え? これは真剣な顔よ。怒ってなんていないよ。まったくッ。」
「そりゃ失礼。で、ってことは、さっきまでのは冗談だったってことでいいんだな?」
「言い方は冗談半分だったけど、話そのものは真面目な話よ。」
「オレに捜索隊に志願しろってのがか?」
「そう。」
「大概ふざけてるな。」
なんだか取りつく島もないって感じ。
「いや、それには理由が……。」
「言ってみない。」
爺様ギロリと私を睨む。
「昨日、あっちで爺様、私がどうしたいか考えてみろって言ったでしょ? あれからしばらく考えてさ、やっぱりこっちの世界の人が無暗矢鱈にあっちの世界に関わるべきじゃないって結論に至ったわけね。」
「議会と同意見ってことか。」
「完全に同じってわけじゃないんだけどね。だって、私だけは異世界に行くのをやめないもの。ただし、私はほかの人たちと違って、ありのままの異世界を楽しむだけ。異世界に変な影響を与えたり、こっちに異世界の物を持ち込んで広めたりなんてしない。」
「というとつまり、いままでの状態を維持したいってことか。」
「そういうこと。」
「てことは、伊左美たちを議会に突き出して、議会が異世界に足を踏み入れるのを未然に防ごうって感じか。」
「あ~……、でも、そんなことは考えてなかったわ。」
「いや、葵の考えを実現させるには、むしろいまのやり方しか思い浮かばないんだが?」
「そう言われると、そうなんだけどね。」
その発想はなかった。
たぶん、玲衣亜さんたちを売るようなことをしたくなかったんだと思う。
「その作戦にオレの出る幕はないはずだが、まあ、いい。じゃあ、葵はどんな方法を採ろうとしてたんだ?」
「異世界に来た人たちを片っ端からこっちの世界に連れ戻すって作業を繰り返そうかってね。」
「というと?」
「向こうで異世界に転移した人たちを発見したとするじゃない? そうしたら神隠しよろしく数人ずつ一緒にこっちに転移するの。そうすれば、カードは瞬く間になくなって、その後は誰も異世界へ行くことすらできなくなるって算段だったの。」
「神隠しよろしくって、オレはそんなにタイミング良く召喚できないぜ?」
「あッ、そうか。向こうじゃ術が使えないんだったね。」
「ふん、肝心なところが頭から抜け落ちてるじゃないか。」
「ううん、どうしたものか。」
我ながらアホみたいな見落としに情けなくなる。
きっとお酒の入った頭で考えたのがいけなかったんだわッ。
「ふん、精々考えるがいいさ。だが、オレはこの件については蚊帳の外でいたいんだ。だから葵にも積極的に協力するつもりはない。つまり、オレが捜索隊に志願する可能性はゼロだ。」
「可愛い孫のお願いでも?」
「可愛い孫と敵対したくないから、捜索隊には入れないのさ。」
「ああ、そういうことか。」
「察せられたかい?」
「なんだか私が知っているおじいちゃんとはイメージが違うけど、まあ、大体察せられたと思うわ。」
「ふん、オレは仕事だけに関しちゃ真面目なんだ。」
「融通が効かないとも取れるけど、ま、悪いことじゃないと思うわ。」
「だろ?」
議会側の動向を掴むのは、ちょっと難しくなったかな。
「じゃあ、もういいよ。ただ、ちょっと今日は私の話相手になってね?」
「それくらい、お安い御用さッ。」
ニッと白い歯を覗かせる爺様。
おお、ようやく爺様の眉間の皺が取れたわ。
いや、まあ常に眉間に皺はあるんだけどね。




