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序-6 (6) 虎さん、術師にやられるッ

今回、少し長くなりました。


 山里から離れた屋敷前に降り立ち、とらさんが屋敷の門を叩いた。

 門を開けて出てきたのは幼い男の子と女の子。

 お屋敷で働く女中のお子さんかなんかかな?

「こんにちは。本日はどのようなご用件で参られたのですか?」

 男の子が年齢に似つかわしくない丁寧な口調で喋る。

「今日は殿に用があって参りました。ちょっとばかしお願いしたいことがあるというか、相談に乗っていただきたいことがありまして。」

 虎さんも男の子に対し丁寧に応じる。

 男の子と女の子はなにやらひそひそ話を始めたかと思うと、すぐに「では、中へどうぞ」と僕たちを屋敷内に招き入れてくれた。

 この屋敷のセキュリティ、大丈夫なのかなと他人事ながらやや不安になる。

 僕たちを客間に通すと、男の子と女の子は「いま呼んで参りますので、お待ちください」と一言残して障子を閉めた。トタトタと廊下を駆けてゆく足音が響く。



 まもなく、中年の女中らしき女が茶が入りましたとやってきた。

 突然押しかけてきたのに、こんなに気を遣ってくれると恐縮しちゃうね。

 しばらく虎さんと小夜さんのことやこの屋敷について話した。

 なんでも小夜さんは狐の妖怪で、ふだんは人の姿をしているらしい。そして、人の心に作用する術を使うから性質たちが悪いのだと虎さんは言った。



 しばらくして妙齢の美女が客間に入ってくる。

 すっごいキレイッ。

 もしかしてこの女性が小夜さんかな?

 見目麗しいっていう大仰な言葉も彼女にはなんの違和感もなく当てはまる。

 彼女は障子を閉めると、席に着くのも待たずに開口一番、「十二仙が私になんの用よ?」と言った。

 十二仙? 

「どうも、久しぶりだね。いや、今回は十二仙としてじゃなく、一個人としてお願いがあってきたんだ。」

 あら、虎さん、意外とラフな感じ。さっきの男の子に対しての方が丁寧ってどゆこと?

 虎さんと彼女は友達って感じなのかもね。

「ふ~ん、で、その人らは?」

「僕の弟子と友人だよ。ま、こちらとしても小夜さんの術に無警戒で来るわけにもいかないから。で、お願いというのが……。」

 小夜さんッ?

 やっぱりこの女性が小夜さんッ?

 狐なのッ?

 ああ、でも、ある意味納得。どうせ化けるなら不細工よりも美人の方がいいよね。

 虎さんが話しかけたのを手で制して、小夜さん、席に着いて煙管を取り出した。

 ふうっと紫煙を吐いて、虎さんに話の続きを促す。



 改めて来意を伝える虎さん。

 小夜さんは最初、訝しげな表情をしたが、転移のカードと説明書を確認し、さらに虎さんの異世界へ行った話を聞いて納得したのか、やるだけやってみようと言った。

 ただし、と小夜さんは続けた。

「条件がある。もし再現に成功したら、この転移のカードを一セット、私に譲ってほしい。」

「カードを?」

「そう。」

「できれば別のなにかだと嬉しいんですが。それなら、僕も全力で努力させてもらいます。そう、全力でッ。」

 虎さんが動揺しているのが判る。ま、カードには限りがあるし仕方ないね。今朝がたは僕にポーンと十二枚のカードを渡してくれたけど、そのせいでさらに一枚の価値が高騰しちゃったんだろう。虎さん、僕にカードを渡したこと、後悔するなよ?

「そいつはできない相談だね。」

 小夜さんが茶を啜る。

 虎さんが唸る。

「だって、こっちは異世界がどんなところか知らないのに、異世界へ行くために協力してくれってんでしょ? その是非をこっちは判断しようがないわけ。ま、当時の議会は異世界進出をよく思ってなかったみたいだけど、まあ、それはいいとして。」

 黙って小夜さんの言葉に耳を傾ける一同。

「だから本当なら、まず私に異世界がどんなものか見せておいて、協力の可否を仰ぐってのが筋だと思うんだよね。でも、そこを曲げて、今回はカードと引き換えに協力しようっていうんだから、こっちとしてはこれ以上、譲歩のしようがない。」

 ああ、これはしようがないわ~。どうせなら異世界の話を隠して、術のカード化の話だけをすればよかったのに。転移の術のカードは見本として見せるにしても、転移の術だけなら小夜さんだってほかのモノを対価として望んだかもしれないのに。ま、でも下手に嘘を吐くより、いまの話の進め方の方が断然いいけどね。

 うん、正直者の僕としては、そう思うわけですよ。



 今度は小夜さんが虎さんの返事を待っている。

 そこへ玲衣亜さんが一言、「なるへそ、まあ、一理あるね」と口を挟んだ。

 こら、女の子がそんな変な言葉遣いしちゃダメでしょ?

「でしょ?」

 小夜さんが微笑む。

「まあね。でも、転移のカードが減るのは痛いなあ。」

 虎さんが後ろ頭をポリポリ掻く。

「もちろん、断ってくれても構わない。術が使える道士はまだこの国にもいるし。そっちに頼んでもいいし。」

 小夜さんは虎さんの反応を伺っているのか、途中、途中で言葉を区切る。

「でも、そしたら私、議会に転移の術のカードの話をもっていくけどね。」

 小夜さんの言葉を受け、虎さんの目がカッと見開く。

「議会にもっていってなにをしようっていうんだ?」

 え、虎さんキレてる? キレてんの? 怖いからやめてッ。

 小夜さんはそんな虎さんの様子を見ても澄まし顔。

 ま、まあ知り合いだもんね。喧嘩なんて日常茶飯事って感じですか?

「別に、なにも。ただ、なんとなく判る。わざわざ私をカード化の再現に選んだ理由。それは、ほかの術師が全員、十二仙とつながりがあるから。しかも、そいつらは虎の子飼いじゃない。はぐれの私に声をかけたってことは、すなわち、この件については十二仙に知られてはマズイんでしょ?」

 言いながら、小夜さんはテーブルの上のカードの一枚を手に取り、ひらひらさせる。

「そっちがそういうつもりなら、まず、僕は小夜さんの口を封じなければならなくなるな。」

 小夜さんの脅迫めいた話にも虎さん、いつのまにか復活させたいつもの微笑を崩さない。

“まだ余裕ですがなにか? 大会”かなんかですね。それにしても口を封じるなんて物騒だね。

「なら、私は逃げる。逃げて、二度とここには戻らない。」

 小夜さんニヤリ。

「逃げられると思っているのか?」

 虎さんニヤリ。

「逃げられると思うよ。なにしろ、転移の術があるんだもん。」

 小夜さんプクク。

 虎さんドッキリッ。

 小夜さんの勝ちですな。プクク。

「あんたたちが仙八宝せんのはっぽうを抜く前に、私は転移できる。たぶん。」

 鶏卵大の入れ物を剣の鞘に見立てて、仙道たちは仙八宝を成形することを抜くという。そして、仙八宝を抜くには、無暗に人を傷つけられないようにある程度時間がかかるようになっているらしい。だから、小夜さんが言うように、転移する方が仙八宝を抜くよりも速いと僕も思う。たぶん。

 虎さんは大きく息を吐くと、ついに小夜さんにカード一セットを渡すことを承諾した。

 ま、承諾しないと転移のカード一枚がまったくの無駄になるから、しようがないね。



 そして帰り道、虎さんの霊獣から下りた僕は数歩歩いて悲しくなった。

 一歩出すでしょ?

 三〇~五〇センチくらいは進んだ?

 草五、六本くらいは飛び越えたかな?

 ああ、全然前に進まないッ。

 股下七〇センチ前後?

 ん、七十五くらいはあるか?

 いずれにせよ、こんな短い二本の足じゃ、どんなに歩いたっててんで進まないッ。

 振り返り、霊獣で越えてきた山を見上げ、改めて虎さんの凄さを思う。

 ああ、まずい、まずい。

 下手に仙道と関わると、自分の無能が際立って情けなくなる。

 井の中の蛙は井の中から出るべきじゃないのかもね。

 あんなバカっぽい感じなのに、虎さんの目にはこの世界がどう映ってるんだろう?

 異世界でなにをするつもりなんだろう?

 よく判んないね。案外、なにも考えてないかもしれないしね。



一人で街へ戻るものだと思っていた。

だけど、いま隣には伊左美さんがいる。

すでに虎さんと玲衣亜さんは明後日の方へと飛び去ったあとだ。

なのに、なんで?

「あのぅ、伊左美さんは虎さんたちと一緒に帰らないんですか?」

「ん、オレも靖さんと同じ街に住んでますから、帰りはこっちなんですよ。」

 へえ、そうなんだ?

 てっきり仙人の里とかそんなのに住んでるのかと思ってた。

「ところで、もうあの本は読み終わりました?」

「あの本、といいますと?」

「こないだ図書館で借りた異世界の本ですよ。」

「ああッ、やっぱかッ?」

「ええッ?」

「いや、やっぱり伊左美さんって図書館の司書の兄さんだったんだと思って。」

「え、もしかしていまごろ気づいたんですか?」

「いや、最初からよく似てるなぁとは思ってたんですが、まさか仙人様が図書館で司書をやってるなんて思わないじゃないですか?」

「そういうことっすか。でも、意外かもしれませんが案外仙道でもふつうの人に交じって働いている場合ってあるんですよ。」

「そりゃ意外ですわ。」

 でも、これで一つモヤモヤが晴れた。

 っていうか、虎さんにチクったのって伊左美さんだろ?

「ええ、そうですよ。」

 伊左美さん、一切悪びれずに答えやがる。

「なんで伊左美さんが直接来なかったんですか? 知らない人が来て異世界がなんたらって言われたら、ふつう警戒するじゃないですか。そのおかげで僕、殺されそうになったんですからッ。」

 ちょっと伊左美さんへの非難も込めて言った。

 そうだッ。こっちは死にそうになったってのに、その元凶が平然としてんじゃねえや。

「師匠に行ってもらったのは、師匠が任せろと言ったからなんですが。まさか、師匠がそんなことするなんて。」

「いや、そのお師匠さんが虎を出して脅かしてきたんだから。大人しく従ったからこそ、こうして五体満足でいられるけど、刃向ってたら絶対腕の一本や足の一本は喰い千切られてましたね。」

 いかん、いかん。ちょっと勢いで話を盛ってしまった。

「マジッすか? なにしてんだろう、師匠も。すいません、今度会ったらきつく言っておくんで、今回は勘弁してやってください。」

「いえ、伊左美さんが悪いわけじゃないんで、謝らなくていいですよ。ただ、虎さんには謝ってもらわないといけませんがね。」

 よし、とりあえず諸悪の根源である伊左美さんには謝らせたぞ。

 余は満足じゃ。

 あと、虎さんにも正式に謝罪してもらわなければ。

 当人にその気がなくても、白刃を向けられれば人は恐れるものなんだと判ってもらわないとね。

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