表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
59/283

2-14(59)集合した

一度『牡牛の午睡』を出た私と爺様は、近場の公園で時間を潰して、夕方になるとまたお店のある通りに戻り、さん(真?)が出てくるのを待った。

それにしても、「神陽しんようが死んだ」とは大したカマかけだ。

嘘でも言ってはいけないことの一つだと思うけど。

事実、玲衣亜さん(真?)はかなり怒っていたようだったし。



夕焼けの赤が街を染め、頭上に微かな星明かりが見え始めたころ、玲衣亜さん(真?)が店から出てきた。出てくるときは同僚を伴っていたが、すぐに別れて一人歩き出す。爺様と私はその後を追う。彼女の帰るところに、向こうの世界の仲間がいるだろうと推測して、その根城を押さえようという算段。彼女だけならまだそっくりさん説が成り立つけれど、知った顔が何人もいれば、間違いなく向こうの世界の一団と認定して差し支えない、というわけだ。



一〇分ほど歩いたところで、玲衣亜さん(真?)が一軒のアパートに入った。

エントランスの脇に『希望の港館』という看板が提げられ、壁には『廉価』、『空き部屋あり』の薄汚れたビラが貼られている。

エントランスに近づきつつアパートの外装を確認し、彼女を見失わないように急いでドアを開けてアパート内に入る。

目の前に現われた階段。

一階と二階の間の踊り場に彼女の姿はない。

見失ったな。

間もなく、爺様もアパート内に入ってくる。

「見失った。」

忍ぶように小声で言うと、爺様は「こっち」とだけ言って階段を上り始める。

状況をよく把握できないまま、爺様のあとを追う。

爺様が足を止めたのは三〇一号室の前。

「玲衣亜以外の、オレの知らない誰かが出てきたとしても、有無を言わさず部屋に飛び込むからな。」

「え? なに言って……。」

「仲間の姿を確認して、ハズレなら転移で逃げる。オレと一緒でなくてもいいから、指示したらすぐにカードで転移してくれ。」

コン、コン。

ノックの音が踊り場に響く。

反応がないので、さらにもう一度ノックする。

中から「はいはい~」という男の声。

ドアから顔を出したのは、やはりこの世界ではあまり目にしないタイプの顔立ちの男だった。どちらかといえば、私たちの世界でよく見かける顔だ。

「あ、ごめんください~。」

爺様が柔らかな口調で言ったが早いか、次の瞬間には「本当にすいませんッ」と言いながら男の脇を掛け抜ける。

男はあまりのことに反応できず、爺様の通過を許してしまう。

男が爺様の方に気を取られている隙に私もッ、と通り抜けようと試みたが、襟首を掴まれて動きを止められる。

待ってッ、首が締まるッ。

「ちょっと、自分らなんなん?」

「ごめんなさいごめんなさい。」

険しい表情で言う男に対し必死で許しを請う。

終わった。

爺様、悪いけど、もう転移するよ?

「とりあえず、ちょっと来て。」

そう言って部屋内へ私を誘う男。

「あ、靴は脱いで。」

「あ、はいッ。」

あれ、こっちの世界って靴を脱ぐ習慣ってあったっけ?



廊下を歩いていると、部屋の方から爺様と女、男の声が聞こえてくる。

爺様は気負いなく朗らかな感じの声音。

一方、女と男は言い争いをしているみたい。

私を捕えている男は部屋に入ると「んん?」と首を傾げて、「知り合い?」と爺様を指して女と男に尋ねる。

お互いに状況が飲み込めていないようね?

少し、この男に同情する。

「ん、ま、まあ、一応?」

尋ねられた男が曖昧に答える。

「おう、一応なッ。」

爺様がその返事に愉快気に応じる。

「ホントにって、ときどき伊左美みたいなことするよね。」

玲衣亜さん(真?)が変な罵倒を男に浴びせる。

「は? 意味が判らん。」

「ふん、別に。」

「だって、じいちゃんが現われたらふつう挨拶くらいするだろぉ?」

「ふつうならねッ。でも、いまはふつうじゃないでしょッ?」

「まあ、そりゃそうだけど、条件反射って奴じゃん。」

「まったく、人が警戒してたのを台無しにしちゃうんだから。」

「おうおう、すまん。元はといえばオレが勝手に来たのが悪かったんだ。申し訳なかった。だから、もう喧嘩はやめてくれ。」

爺様が仲裁に入る。

「特に喧嘩なんてしてないし。」

玲衣亜さん(真?)が頬を膨らませる。

「あのぅ、この二人はいつもこんな感じですから、あまり気にされなくても大丈夫ですよ。」

さっきまで私を捕えていた男が困り顔の爺様に言う。

「うん、大抵判ってはいるつもりなんだがな。この二人も相変わらずみたいで、なによりと言っていいのかどうか。」

爺様の返事に、男は苦笑い。

「伊左美。」

唐突に男をよびつける爺様。

「金やるから、ちょっと酒と酒の肴でも買ってきてくれや。」

「ちょ、じいちゃん。人使いの荒さは相変わらずかよ。」

「文句はいいからさっさと行きな。」

「マジかよ。やすし、行こうぜ。」

ぶつくさ言いながらも男は爺様からお金を受け取ると、もう一人と連れ立って外へ出ていった。

まったく、異世界に出没する集団とも顔見知りだなんて、爺様の顔の広さも窺い知れないわね。



「玲衣亜、さっきの、虎が死んだってのは嘘だよ。悪かった。」

あら、きちんと謝るのね。偉い偉い。

「いいよ、最初から嘘だって判ってたし。でも、それに反応しちゃう私もまだまだ修業が足りなかったってだけ。」

「重ねて、申し訳ない。ただ、どうしても玲衣亜たちに伝えなければならないことがあってな。」

「まあ、伊左美たちが戻ってきたら話してみて。ところで、お夕飯まだでしょ? あとでお使いに行ってくるから、ちょっと待っててね。」

「オレは酒があるから、大丈夫。気ぃ遣わなくていいよ。」

「遠慮するなし。」

「へいへい。」

「ところで、そちらの女性は?」

「ああ、オレの孫だよ。」

「あら、どうも、はじめまして。玲衣亜と申します。」

「あ、どうも。相楽葵と申します。よろしくお願いします。」

とりあえず挨拶だけ。

私にはアウェイ感が強過ぎて、この部屋はやや居心地が悪い。

初対面の人たちと、なにを話していいのか判らない。

話題が見つからない。

爺様の話の邪魔になるのじゃないか、と思うと、声が出なくなる。

煌々と灯るランプ。

部屋の奥、出窓の傍に一人の女性が腰掛けている。

彼女は爺様とは面識がないようね。

さっき、玄関で応対していた男も。

この二人にとって、爺様と私はただの迷惑な客なのかもしれない。

玲衣亜さんと伊左美さんにとっては、もっと迷惑でお呼びでない客なのかもしれないけど。



伊左美さんたちが帰ってきて、入れ違いに玲衣亜さんが部屋を出ていく。

椅子の不足を考慮してか、靖さんはリビングに備えてあるベッドに腰を下ろし、私たちと玲衣亜さん、伊左美さんとの関係など、ご挨拶がてらといったような感じで尋ねてくる。

窓際の女性は小説を読んでいる。

伊左美さんがみんなのグラスを用意してお酒を注ぎ、椅子に腰を下ろした。

そして爺様との関係を話し始める。

なんでも、玲衣亜さん、伊左美さん、爺様の三人は仙人の里でご近所さんだったらしく、爺様は二人がまだ幼いころによく面倒を見ていたのだとか。

で、靖さんはしろくま京のお役人らしい。ただ、本人曰く、いろいろな手続きを踏まずにこちらに来たものだから、いまもお役所に籍が残っているかどうかは不明なんだってさ。

窓際にいる女性はナナという名前で、こちらの世界で玲衣亜さんたちと出会って、数ヶ月前からルームシェアしているとのこと。


そして、玲衣亜さんが戻ってきたところで、夕食を摂りつつ本題に入った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ