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2-10(55)葵の日常

今回出てくるロッチというのは通貨の単位のつもりです

廃屋が山賊のアジトになっていた件については地元の警吏団に説明した。

とはいえ、すでに山賊はいないから、どうするってわけでもないんだろうけど。

異世界グッズは人目につかない山中に養生して置いてきた。

雨風が気になるものの、まあ、それでも最初からこうすればよかったんだと思う。



面倒事を片付けて、一ヶ月ぶりに日常に戻る。

爺様からもらったお金がたんまりあるけれど、生活スタイルを変えるつもりもないので、なんとなく運送の仕事を請け負いに行きつけの運送会社『ゴトゴト通運』に足を延ばす。この社名は荷馬車がゴトゴトと行くところから命名されたものらしい。この会社のほかにも三、四社が聖・ラルリーグとコマツナ連邦の物流を担っていて、そこで働く人も多いので、都からみれば辺鄙へんぴな場所とはいえ、この私の住む町の近くの町は活気に満ちている。



町の端の方、コマツナ連邦との国境付近に位置する荷物の集積センター。

そこにコマツナ連邦関連の荷が一時的に集められ、憲兵の検閲を経て、各地の宛先へと配送されていく仕組みだ。

今日も今日とて、センターの広々としたヤード内を荷馬車が行ったり来たり。

あ、あれはパルマの親方だわ。荷車から荷がはみ出すほど載せちゃってッ。いつものことながら、あれじゃ馬が可哀想だわ。小っちゃな馬車はトム爺ね。爺もいい歳なのによく働くもんだわ。あ~あ、もう朝の配送ラッシュは終わってしまってるわね。割のいい仕事はあるかしら?



こそっと配送センターの受付に入る。

配送地域ごとの掲示板に貼り出された伝票を吟味して、見返りと労力の割に合うものをはぎ取り、受け付けに持っていく。それからストックヤードに案内され、荷車をヤードに着けると、男が伝票と符合する荷物を荷車に積んでゆく。荷受けが男であれば積み込みを手伝ったりするけれど、私は非力なので積み込みの様子を見てるだけ。

途中、配送主任のモヘリンがきて、そっち方面に行くならこれも一緒に持っていってと、微妙に遠い地域の伝票を寄越された。術があるから、特にどってことないのだけれど、一応、露骨に厭な顔をしてみせておいた。



町を出て、人目につかないところまで来ると、ウチの近所までひとっ飛び。

「真面目に仕事なんてやってやれっかよおぉぉぉ。」

馬のたてがみを撫でながら、歌うように囁く。

ポカポカ陽気に自然と口から漏れる口笛。

荷馬車をウチに置いたら、その足で買い物に出かけようか。

それから山に薪を取りに行って、と。

二週間くらい、あまり気忙しくない生活に埋没して、それから術で配送先まで転移するんだ。初めて訪れる地域、というのが多かったころはほかの人たちと同じように荷馬車に乗ってがんばっていたけれど、転移可能範囲が拡大してからは専ら術で長距離移動している。もちろん、爺様には内緒だけれど。バレたら小言を浴びせられること間違いなしだから。



二週間経ち、ぼちぼち重い腰を上げて配達に行く。

人気のない場所に転移しては、町に入り荷物を届けてサインを受け取る作業の繰り返し。伝票を繰りながら、何ロッチ、何ロッチと数えるのが仕事後の楽しみ。三日間で配達を終えて、配送センターへ戻る。

そして、伝票の清算カウンターで手続きをしているときだった。

唐突に背筋に悪寒が走る。

気を張り詰めていないと、自分がここから消えてしまいそうな。

あッ、この感覚ッ。

山賊退治したときに女の子が言っていた感覚と一致するじゃんかッ。

これが召喚ッ?

なんだかいつもと感覚が違うような?

あ、心の準備ができていないからかな?

でも、ちょ、ちょ、ちょ、ちょ~っとストップッ。

ここはマズイでしょ?

「どうかされました? 顔色が悪いようですが。」

顔は引き攣り、油汗が垂れているのは判っていたが、まさか事務員に心配されるレベルだとは。

「す、すいません。ちょっと用事を思い出したんで、すぐ戻りますッ。」

急に催してトイレに駆け込みたいときと似たような気持ちで、事務員の返事も待たず猛ダッシュで外へ出る。

まだ気は緩めない。

外は外で、ヤード内を荷馬車が行き来しているんだ。

どこに誰の目があるか、判ったもんじゃないッ。

建物の裏手に回り込み、誰もいないことを確認したところで、ようやく張り詰めていた気を緩める。



次の瞬間には、目の前に爺様がいた。

「やっぱりッ。」

「ああ、間が悪かったかい?」

爺様が罰悪そうに尋ねてくる。

「ふつうさ、昼間によぶぅッ? せめて、人と会ってる確率の低い夜とかによぶでしょぉ? どこまで人の予定とかに気を遣って召喚してるわけ? 全ッ然人の生活なんて気にしてないんでしょッ。」

「すまん」と爺様、本当に申し訳なさそうな顔をしている。

している、がッ、関係ない。

「一歩間違えてたら、私、“唐突に消える女” として生きていかなきゃならなくなるところだったんだからッ。人と会ってたらどうしようとか、考えなかったのッ?」

「いや、そりゃ考えたけど。」

「けど?」

「考えてても、事情なんて判らないから、考えるだけしようがないと思って。」

「もうッ。だから、昼間を避けて夜にするとか、判らないなりにやりようはあるでしょぉ?」

「だって、夜は彼氏といい感じになってるかもしれないとか、こっちはこっちでまたいろいろ考えるわけよ。」

「それこそ余計な勘ぐりだわ。大体私、彼氏なんかいないし。」

「知ってる。」

「ッとにッ。」

ホントに、反省してるのやらしてないのやら判らないんだからッ。



爺様の用件は、会議の日取りの連絡だった。

会議は四月二〇日、場所は天さんの屋敷。

あまり出席する気はなかったけど、一応、出席者の顔ぶれを尋ねてみる。

会議には十二仙という仙道の中でも上の方の人たちをはじめ、やはり黄さんも出てくるらしい。できれば黄さんとは二度と会いたくないし、偉そうな面々が居並ぶ場所に顔を出すのも疲れそうなので、欠席すると爺様に伝えるも、それは承認できないだってさ。

いやいや、私は自分の意志を伝えただけで、別に爺様に欠席を了承してもらおうとしたわけじゃないんだけど。まあ、いいわ。ここは曖昧に返事しておいて、当日バックレてやるだけだもの。

「会議のことはいいとして、もう二度と私を召喚なんてしないでよッ。」

念のため、釘を刺しておく。

今日みたいな体験はもう懲りごりだ。

「判った、判った。」

爺様のさも面倒臭いといった返事は面白くないけど、返事してくれるだけマシと思っておこう。



そして会議当日。

午前一〇時ごろ、遠方への配送を請け負っていた私はいつものごとく、配達開始日までの余暇をウチでゴロゴロして過ごしていた。

そろそろ会議始まったころかな。

爺様は私が現われないから、いまごろカンカンになっているかも。

ちょっぴりの罪悪感が胸の奥につっかえているけど、それもあと二、三時間もすれば消え失せるだろう。過ぎ去ってしまったことは、どうしようもないんだ。ふふん。

ベッドの上、異世界産の小説を放り、天井を見つめながら、そんなことを考えていたとき。



!? !? !?



んんッ? あれ? ウチの天井、デザイン変わった?

それに背中がゴツゴツして痛い。

周囲が騒がしいし、厭に足音が耳に響く。

「ふあッ。」

素っ頓狂な声を出して飛び上がると、爺様がいた。

「お前、まだ寝てたな。」

ええええええッ?

召喚ッ?

もしかして召喚されちゃったのッ?

周りを見回し、ここが庭園付きのお屋敷の廊下であることが判る。

そして、爺様の隣には若い男が立っている。

やだッ、私、寝巻きのままなのにッ。

ありったけの殺意を込めて爺様を睨んだあと、若い男に向かって、照れ隠しで「どおも」と挨拶しておく。



「はじめまして。僕は神陽しんようと申します。今日は会議で来たんですが、相楽さんが召喚の術を使うっていうんで、無理を言って立ち会わせてもらったんです。ホント、すいません。」

なんで最後、謝ってんのよッ。

なんか見てはならないものを見たってのが伝わってきて、気分悪いんですが。

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