2-8(53)トトさん
「へいへい、てめえらッ。ここがブラウン伯のお屋敷であり、いまはゴメス様の預かりであることを知ったうえで侵入したのか? もし勘違いでたまたま入っただけだと言うなら、身ぐるみ置いていくがいいッ。だが、承知のうえで来たってんなら命はないと思いないッ。」
部屋のドアから姿を見せた賊っぽい二人組。
ガッシリした体格のチビは口上を述べると、「上手く言えたぜぃッ」と痩せ形ノッポの方を見やる。同時に、ノッポがチビの頭をはたき、軽い音が部屋に響く。「痛いッ。なにすんだッ?」とチビが憤慨すれば、「馬鹿ッ。いまのは道端で働くときの口上が混ざってんじゃないかッ。いいか? ここじゃ相手を逃がしちゃいけねえんだ。だから身ぐるみ置いてきゃ生かしとくって言い方はねえんだよ」と、ノッポがダラダラと説明する。「じゃ、なんて言うんだ?」とチビが問うもんだから、ノッポがその気になってこちらに視線を向ける。
「おうおう、てめえらッ。ここがブラウン伯のお屋敷であり、いまはゴメス様の預かりであることを知ったうえで侵入したのか? 承知のうえで来たってんなら命はねえッ。もし勘違いでたまたま入っただけだと言っても、命はねえッ。で、だ。抵抗せずに素直に命を差し出すってんなら、楽に殺してやる。だが、無駄とはいえ抵抗を試みるッてんなら、そんときは楽に死ねるたぁ思うなよッ。さあ、覚悟はいいかッ? さっさと念仏を唱えやがれッ。死へのカウントダウンは待っちゃくれねえからなッ。」
言い終えて、ノッポがチビを見ると、チビがノッポを「さすが兄貴ッ」と称える。
どうやら相手は山賊で、人が寄り着かないのをいいことにこの廃屋を根城にでもしているのだろう。
それからノッポに促されたチビが、再び啖呵を切ったのだけど、そろそろトトさんも待ちくたびれちゃったみたい。
「さっきからウダウダ言ってるが、そっちこそ覚悟はできてんだろうな?」
相手がただの山賊だと判ったからだろうか、トトさんに臆する様子は微塵もない。
トトさんがそのまま一歩踏み出すと、チビとノッポに続きほか数人が部屋に入ってきて、短剣を構えてトトさんを半ば囲むような格好。
一人がトトさんに飛びかかると、それに呼応するようにもう一方からも剣が伸び、トトさんピンチかと思われたけど、トトさん一人目の腕を弾きつつ、掴むと同時にその腕を握り潰す。まるで紙くずをクシャリと丸めるように、いとも容易く。そして、もう一方から続け様に伸びてきた剣の直撃を喰らったものの、逆に山賊の剣の方が折れる。直後、驚き硬直していた山賊の腹部に蹴りを入れると、相手は血反吐を吐いて昏倒した。
それを見ていたチビとノッポの表情が固まる。
腕を潰された山賊が雄叫びを上げながらトトさんに飛びかかる。
飛び蹴りを受けて吹っ飛ぶトトさん。
その落下地点にいた不運な山賊が蛙のように潰れる。
チビが体勢を崩したトトさんめがけて斧を振り下ろす。
だが、トトさんの首を打った斧は刃が欠け、その破片が私の頬を掠める。
やばいやばい、ウカウカしてると巻き込まれて死ねるわ。
爺様、どうしよ?
「思ったよりヤバいな。もう一人召喚するから、お前はどこかに転移でもしてろ。」
鈍い音がしたと同時に、チビの悲鳴が響く。
「そんな、おじいちゃんを置いてなんていけないわッ。そうだッ。ここは一旦トトさんに任せて、余所で召喚して、ここに送り込むってのはどう?」
終始、及び腰だったノッポがトトさんの張り手を喰らい、首があらぬ方向に曲がり、そのまま崩れ落ちた。
「転移する姿を見られた挙句に逃げられると困るから、それはできんな。」
あとからやってきた山賊が部屋の惨劇を目の当たりにして、部屋に入るのを躊躇っている。
「それじゃ私も転移で逃げるなんてできないよッ。」
「オレが残れば、こいつらを必ず皆殺しにしてやるから案じる必要はない。」
ドア付近で慄いている山賊たちを払いのけ、真黒に日に焼けた偉丈夫がツカツカとトトさんに近づく。手に提げているのは長槍だ。
「なにそれッ? おじいちゃんが残るなら、私も残るわッ。」
「逃げてくれたほうが、オレとしてはやりやすいんだが。」
「ふんッ。年寄りが無理してるのに、若い私が引っ込んでられる道理がないわッ。」
「判ったよ、精々、怪我しないように気をつけな。」
カアァンという甲高い音が何度も鳴り響く。
トトさんが偉丈夫の繰り出す槍を両腕を駆使して悉く捌いているのだ。
その攻防の最中に、恐怖に足を竦めていた山賊たちも偉丈夫に続けとばかりにトトさんに襲いかかる。
長槍のようなリーチがないから、山賊たちはわずかな隙を突かれてトトさんの餌食になっていく。
山賊たちとの攻防によって生じたトトさんの隙を突いて、偉丈夫の長槍がトトさんの手の平を突くが、いや、この場合、トトさんが長槍を手の平で受けた、という方が正しいのだろうか。いずれにせよ、長槍はトトさんの体に刺さることなく、次の瞬間にはトトさんの手刀により柄を折られて槍は穂先を失うことに。
その様子を見た偉丈夫はサッと身を翻し、廊下の方へ姿を消す。
束の間、静かになる部屋の中。
外にいる山賊たちにも新しい動きは見られない。
「トトさんもやるねぇ。まるで往年のココを見ているようだったよ。」
爺様がトトさんに声をかける。
「ああ、まあ、初戦に対する労いの言葉と受け取っておきますね。祖父はもっと強かったでしょう?」
「そりゃあ、本気のココと比べちゃぁいないさ。トトさんもまだ本気じゃないんだろうし。」
「ん、どうでしょう?」
「おじいちゃんッ。二人目の召喚はッ?」
トトさんに労いの言葉をかけるのは当然だけど、いまは同時にシャカリキになって召喚してほしいんだよね。
「やってるさ。まあ、そう煽るなよ。」
「煽ってるわけじゃないけど、もう二人目を召喚するって言って結構経つし、そろそろかなと思って。」
「それを煽ってるっていうんだよ。」
「もうッ。で、どうなの? トトさんのときと比べて時間かかってるみたいだけど。」
「二人目となると、疲れもあって時間もかかるさ。」
「あら、そうでございましたか? そりゃ失礼しました。」
トトさんが窓際に歩いていき、手を窓に撫でつけて血糊の弧を描く。
もう片方の手でも同様のことをして、窓に血を撫でつける。
相手は山賊だけど、トトさんは悪魔だわ。
外の山賊たちもトトさんの行動に若干引き気味だ。
「そういえば、具体的な話を聞いていませんが、結局、どうすればいいんですか?」
トトさんが振り返って私と爺様に尋ねる。
ん? どうすれば、と、いうと?
「大雑把に言うと、やっつける、というのが、相手を全員やっつける、という意味なのか、相手が逃げ出せばそれでいいのか、ってところを聞きたいんですが。」
「ああ、なるほど。」
質問の意図を掴んだところで、爺様の方を見る。
「いまなら、敵を追い払ってくれればそれでいい。状況が変わったら、そのときまた言うわ。」
「お願いします。」
静かなひとときだけど、目の前に広がる凄惨な光景に息が詰まりそう。
いまのところ荷物に被害は出ていないようだ。
トトさんは床にべったりと座り、休憩中。
爺様は相変わらずぼけ~っと突っ立っている、ように見せかけて術を使っているんだろう。
外にも少し動き、というか、人数が減っている。人を残しているところを見ると、まだ逃げ出したわけではないみたい。って推測するであろうと読んで、私たちをここに留めおいて大将は逃げているのかもしれない。う~ん、どうなんだろう?
遠くから床鳴りが聞こえる。
山賊たちが戻ってきたみたい。
足音に耳を澄ませていると、突然、ドアが閉められた。
かと思うと、一方、窓の方には外から紙が貼られて、目隠しをされた状態に。
ほぼ同時に、建屋が崩れるのではないかと思われるほどの地響き。
なに? なに? なにが起こっているの?




