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2-3(48) 仙人の里

聖ラル・リーグの端ッこから蓬莱山ほうらいざんまで馬でテクテク一ヶ月。

割かし放任主義な爺様が強引に私を蓬莱山に連れてきた理由わけは、発見された銃を巡っての仙道たちの動向を、私にリアルタイムで知っておいてほしいからだという。


つまり、仙人の里で、爺様はあの銃を議論の俎上に上げてしまう心算つもりなんだろう。

いまのところ、異世界の知識に乏しい聖ラル・リーグは、あの銃を他国で製造された新兵器として認識している。ただ単に他国の新兵器ということであれば、それは人間同士で処理する問題だ。なのに、銃を巡って仙道たちが動き出すと予言するということは、そういうことなんだ。



私としては私の異世界がこっちの世界の人たちに掻き回されるのも御免蒙りたいし、ただウロチョロされるだけでも目障りだから、できれば静かに解決してほしいところなのだけど。銃が落ちていた地点に戦闘の痕跡が見られたことから、まあ推測するに誰かが異世界でのいざこざをこちらに持ち込んで、力づくで解決したのだろう。だとすれば、結構なろくでなしが異世界に出没していることになる。それに、異世界に積極的に関与している姿勢から、なにか企んでいるのではないかとも考えられる。ただ、異世界の雰囲気を純粋に楽しみたいだけなら、いざこざなんて起きやしないんだから。



異世界に出入りしている人物を特定するのは至難の業だ。もっとこう、相手の動きが活発になれば話は変わってくるのかもしれないが、現状のようにこちらでもあちらでも秘密裏に動かれたのでは、目星も付けられない。



唯一の手掛かりは転移の術のカードくらい。

爺様はアテにならないけれど、カードの制作者と懇意にしていた人物がいれば、その人からカードが誰の手に渡ったのかくらいは聴き出せるかもしれない。

それを足掛かりに、異世界に出入りしている人物まで辿り着ければいいのだけれど。



私としては、早々にカードを処分してしまって、私の異世界を守りたい。

だから、爺様の提案を素直に受けて、蓬莱山に来た。

本来ならあまり寄り着きたくない場所なのだけど、今回ばかりは四の五の言っていられないわけ。それに、仕事ができなくなるだろう期間分以上のお金も貰ったことだし、あまり文句も言うまい。



蓬莱山の麓は深い森に覆われていて、森の奥の方を切り拓いたところに仙人の里はあった。大きな川の両岸に沿う形で里は広がっており、想像していた以上に大きく、また文化的な街並みが広がっている。天然自然と同化する如く草木を枕に洞窟の中、大樹の傍で雨露を凌いで暮らして、というか生きているのかと思っていたけど、そんなことはないらしい。極々人間的な暮らしを営んでいるようだ。



里の中、爺様の家をめざして歩いていると、道行く人々が声をかけてくる。

その人たちに私の紹介をしながらになったので、なかなか先へ進めない。

そこへ、慌ただしい感じで爺様を呼ぶ男の声がした。

彼によれば、なんでも爺様は仙道のお偉いさんに呼び出しを喰らっているらしい。

呼び出されたのは一ヶ月ほど前とのことだけど、そのとき爺様が里から姿を消していたので里では結構な問題になったのだとか。

早く爺様を探し出して来いっていう感じで。

案外、仙道のお偉いさんも程度が知れてるね。

特に爺様を里に縛るような手続きも踏んでいないくせに、自分たちの都合で爺様が必要なときに居ないとなると、すぐに無茶を言う。



爺様、一度家でゆっくりしてからお偉いさんのところへ出向く旨を男に伝えて、みんなに挨拶してまた歩き出す。男は爺様がすぐにお偉いさんのところへ向かわないことに対し不満の色を見せたが、そんなのこちらの知ったことじゃない。

ホント、やれやれって感じ。



「どうやらオレも証人喚問の対象になっているようだ。」



爺様、苦笑いしているが、お偉いさんを余計に待たせてしまって大丈夫だろうかとも思う。それに、証人喚問ってどういうこと?

「そんな顔すんなよ。大丈夫、いざとなれば異世界へでも逃げるさ。」

「え?」

「そうしたら、いかにあめの蒼月そうげつといえども追っては来れんし。そのときは葵も異世界へ来いよ。あっちで一緒に暮らせばいい。」

「おじいちゃん。」

「ふ、冗談さ。そんなことにはなりゃしないよ。ただ、ちょっと痛くもない腹を探られるくらいのことはあるかもな。」

冗談とは言うけど、爺様もそんな想像をするくらいには危機感をもっているのだろう。だとしたら、なにが爺様にそう思わせるのか。お偉いさんの前に出れば明らかになるのだろうけど、その前に心の準備くらいさせてほしいものだわ。隠し事ばかりの爺様には、爺様が私を心配するのと同じように、私も爺様を心配しているのだということが判っちゃいないんだから。



少し休んだあと、蓬莱山の中腹まで階段を何段も上がって、天さんの屋敷を訪ねる。爺様によれば、天さんは爺の中の爺らしく、つまり、存命中の仙道のなかでも最高齢で、長きに渡って十二仙の長として仙道たちを見守っているのだとか。爺様が幼い時分にはすでに爺だったというから、天さんはかなりの年代物であろうことが窺える。



屋敷には大きな門があり、その前に少年二人が突っ立っている。

おそらく見張りとか門番とか、そんな感じかな。

爺様が少年たちと気安く挨拶を交わすと、門が開けられ、屋敷のほうからやってきた女中に案内されて私たちは屋敷内に通された。

門の正面に聳える立派な建物を横目に、屋敷の中でも奥まった方にある小さな家屋に案内され、しばらくお待ちくださいと告げられる。

板の間に座布団を敷いて、足を崩す。爺様は背筋を伸ばしたまま、姿勢を崩さない。ちょっと、いつもの爺様とは違う雰囲気。

シンとして言葉も発しづらいけど、庭園の緑や小鳥の囀り、部屋に注ぐ穏やかな日差しがなんとなく気持ちを剣呑とさせてくれる。

さすがに偉い人のお屋敷とあって、いいところだわ。



遠慮のない足音が二つ、近づいてくるかと思ったら、現われたのは体格のいい老人と先程の女中だった。

「おお、久しぶりだな」と微笑む老人。

「ホントに、ご無沙汰、ですね。」

爺様は立ち上がって、頬を緩める。

どうやらこの老人が天さんなんだろう。

挨拶の様子からすると、そんなに険悪な仲でもないようだ。

「こっちはウチの孫だ。」

「初めまして。相楽葵と申します。」

「どうも、初めまして。天蒼月と申します。爺さんには昔から世話になっててね。」

あら、意外と腰の低い挨拶をしてくるじゃない?

「そんなに世話なんてしてないだろ。」

「ふん、そっちにそのつもりがなくても、まあ、世話になってんだから。」

「そうかい。」

「ま、座って座って。楽にしてくれ。」



しばらくお互いの近況報告をしてから、天さん女中を呼んでなにかを持ってこさせる模様。ついに本題の銃が登場するのかと思いきや、女中が持ってきたのは麻雀卓と麻雀牌だった。

「まさか、麻雀の相手させるために呼んだのか?」

卓上に牌をばらまき、ガチャガチャと掻き混ぜる天さんに爺様も動揺している。

「まさか、まさか、そのまさか。」

「ええ?」

「人生には三つの坂がある。上り坂に下り坂、そして最後にまさかの坂ってな。」

「いや、びっくりしたなぁ。」

「まさかッ。そんなくだらない要件で爺さんを呼ぶわけないじゃないか。用事は別にあるんだが、わしゃあ、堅苦しい長話が苦手でな。ちょっと遊びに興じながら片手間に話す方がしんどくなくていいんだ。」

「それで麻雀?」

「ホントは囲碁でもよかったんだが、今日は三人いるからな。」

「いや、でも葵は麻雀のルールを知らないぜ? 知ってるか?」

尋ねられて、私は首を横に振る。

麻雀なんて精々人が遊んでいるのを見たことがある程度だ。

爺様はほら見たことかと言わんばかりに、口をへの字に曲げて天さんを見る。

「うむ、仕方ないな。」



で、私の補佐役としてよばれたのが屋敷の門前にいた少年A。十二、三歳の小っちゃなこどものくせに麻雀をたしなむなんて、不良だわ。「よろしくお願いします」と正座して指を床について頭を下げられると、青い坊主頭に陽がよく反射するものだから、あらかわいいとつい手が頭に伸びてしまう。坊主頭が「ていッ、ていッ、ていッ」とまだ声変わりもしていないかわいらしい声を上げて威嚇する様もまた愉快だ。「失礼しました」と謝ってはみるものの、どうしてもそんなに恐縮する気にもなれない。ましてや私の方からご教授お願いしますと頼んだわけでもないし。とはいえ、そんな事情も知らない少年Aに対して不遜な態度を貫くわけにもいかないから、形だけとはいえ「こちらこそよろしくお願い致します」と頭を下げておく。



半荘東一局、自牌を並べるところまで少年Aにやってもらう。

天さんも爺様も私に麻雀についての話を振ってくる。気遣ってくれているのか、単に素人に講釈を垂れたいだけなのか判らないけれど、さっさと本題に入ってほしいものだわ。

「さて、なにを賭けようか?」

卓上の準備が整ったときに、天さんが言った。

「うん、負けた者が酒でも用意するか?」

やっぱり賭けに発展するわけね。

天さん、真っ白な顎鬚を弄びながら少々考えている様子。

「いや、負けたら勝者の質問になんでも正直に答えるってのでどうだ?」

「はあ?」

なにそれ?

私が負けたら下世話な質問を浴びせられそうな気がするんだけど。

ああ、なんだか厭な予感がしてきたわ。

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