1[章 第43話 まあ結論ありきって奴ですよ
リビングでは伊左美が暢気にコーヒーを啜っていた。
なんの演出ですか?
警官を煽ってるんですかね?
「おはようございます。」
伊左美が座ったまま、警部に挨拶する。
「お、お客様?」
それから僕たちに白々しく尋ねた。
だから、その三文芝居はなんなんだ?
「そうみたい。お茶でも出してあげれば?」
やる気なさそうに僕を見ながら答える小夜さん。
「お気遣いは結構です。伊左美さんに、靖さん。それと、むむ、一人おられませんな。」
警部がリビングを見回しながら言う。
「こっちです。」
玲衣亜の部屋の前で警官が告げる。
おいおい、人の部屋を勝手に覗いてんじゃねえよッ。
部屋から出てくる玲衣亜。
僕は懐に忍ばせているバールに手を伸ばす。
取り出しはしないけど、いつでもって感じ。
でも、警部が僕たちの虚を突いたつもりになっているのはせめてもの救いだね。
まさかこちらが武器を携えているとは、夢にも思うまい。
「む、これで全部だな。」
伊左美も玲衣亜も、ふてぶてしい佇まいで警官たちと対峙している。
「ふん、約一ケ月振りといったところですかね。」
警部が僕たちに改めて挨拶する。
「本日の用件ですが、あなた方に不法滞在の容疑がかけられています。そこで、正式に署の方に留置させていただいたうえで、取り調べを行ないますので、署までご足労願いますよ。」
玄関先で若い警官が言ったことを繰り返す警部。
「前々から思っていたんですが、警部さんはどうして私たちにそこまで固執するんですか? 私たち、なにもしてませんし、不法滞在などしておりませんが。」
「ほう、そうでしたか? では、旅券を拝見させていただけますか。」
お安い御用ですと、玲衣亜が引き出しから旅券を取り出してきて警部に渡す。
警部の野郎、それを見ながらニヤニヤしてやがる。
なにが面白いんだか。
「みなさんの出身国がブルトニアになっていますが、私の記憶違いでなければ、みなさんは確か、聖ラル・リーグ国出身でしたよね?」
「まず、その質問に意味があるのかどうか、お聞きしたいのですが?」
こういう応対では、なにかと玲衣亜が前に出る感じだね。
「いえ、意味云々ではなく、ただ、確認しているだけですが。」
「では答えますが、もし聖ラルなんとかが出身国だと以前、言っていたのだとしたら、それは間違いです。いま、その旅券に書いてあることが正しく、それがすべてです。」
ナイスッ、伊左美。
警部の顔が引き攣ってらぁ。
「そんな話が通ると思っているんですか?」
「むしろ、旅券を疑うようなことをおっしゃる警部さんのお考えの方が判りませんね。旅券なんか本人の証言に比べて信用するに値しないと、そういうことですか?」
「そうじゃありませんが。なにしろ、みなさんには不審な点が多い。例えば、みなさんと一緒にここに寝泊まりしているそちらの女性ですが、彼女はみなさんとは知り合いではありませんでしたよね? では、なぜいま一緒に暮らしているのでしょう?」
「あれから偶然出会って、家賃を安く上げるためにルームシェアしているだけですが?」
「というようにですね、みなさんのお話の多くは理由をつけようと思えば、いくらでもそれらしい理由を取り繕えるものなのでしょうが、その一つひとつを検証して総括すれば、みなさんが異質であるという推測が成り立つんですね。つまり、複合的に考えた場合にですね、状況的に、みなさんについては綿密に聴取させていただかなければならないと、相成った次第でして。」
むむ、これはなんだか面倒臭そうなことを言ってきたな。
そろそろ、伝家の宝刀『とにかく』が飛び出してきそう。
「そういうお考えの下に人を逮捕できるんでしたら、その内容でもって警察内で逮捕の許可を取ってきて、私たちにもそう伝えて逮捕するのが筋ってもんでしょう? 逮捕状はどうなってるんです?」
おお、伊左美。勉強の成果が発揮されてるじゃないですか。
「まったく、減らず口ばかり達者ですね。あいにく、今日はそんなつまらないことを議論しにきたわけじゃないんですよ。」
そう言った警部は懐から拳銃を取り出し、伊左美の胸部へ向けて構えた。
え? なに、この態度の急変。
「ちょ、ちょっと待ってくださいね?」
大慌てで両手を挙げる伊左美。
ホント、マジ警部の奴ヤバいんじゃないの?
連れ立ってきた警官も若干驚いてるようなんだけど。
「いいことを教えてあげましょうか。例えば、ここで私が伊左美くんを射殺しようと、相手が抵抗してきたってことにしてしまえば、それで射殺の件は仕舞いになるんです。」
伊左美が顔中に汗を浮かべて繰り返し頷いている。
これにはさすがの玲衣亜も黙っている。
下手に警部を刺激すれば、勢いに任せて発砲しかねないもんね。
ここはひとまず、相手の言うことを聴いてあげるのが賢明だろう。
「玲衣亜くん。」
警部が玲衣亜によびかける。
「玲衣亜くんは、なにか言いたいことはないのかね?」
わずかに眉間に皺を寄せ、目を細めつつ、玲衣亜は「特にありませんが」と答える。
「ほう、先日、警察署内では講談師顔負けの啖呵を何度も切っていたじゃありませんか。ほら、あの威勢の良さはどうしたんです?」
クソったれがッ、この状況でなにを言えってんだッ?
ま、なにも言えないのを判ってて言ってんだろうから、アレだけど。
拳銃を構えた警部をはじめ、後ろには長尺の銃を持った警官が二人。ほか三人は一見、武器らしきものは持ってないようだけど、警部のように服装のどこかに忍ばせているだけかもしれない。
なにも言えない玲衣亜を見て、警部はふんと鼻で笑う。
「あいつの腹に向けて構えてろよ」と言いながら、後ろにいた若い警官に拳銃を渡す警部。そして玲衣亜の傍まで移動して、「ほら、いま私は丸腰だ。なにも恐れず、言いたいことを言うといい」と玲衣亜を挑発する。
相変わらず、というか、心底厭な野郎だ。
「いえ、特に、なにもありませんよ。」
複雑な表情を浮かべる玲衣亜。
僕たちへの執着といい、この玲衣亜への執着といい、警部の野郎、絶対粘着な気質なんだろうなッ。どうせ、こないだ警察署内で玲衣亜にやっつけられたのを根に持ってるんだろうさ。ケツの穴の小さな奴だッ。
「ふん、立場が逆転しましたな。」
「あら、立場がどうこうってのは考えたことありませんね。それは警部さんの一人相撲というものですわ。」
パンッと乾いた音が室内に響く。
玲衣亜が頬を張られたんだッ。
クッソッ、この事態を打開する術を持たない自分が悩ましい。
警部を道連れに二人で転移することも考えたけど、そうするとほかの警官の警戒を生んで、即座に三人が射殺される可能性もある。
となると、もう身動きが取れないんだから、情けない。
「四人を拘束しろッ。」
ついに警部が命じる。
周囲がなんとなく慌ただしくなる。
だけど、ちょっと様子がおかしい。
若い警官が伊左美ではなく、警部に拳銃を向けている。
「ホールデン、一体なんの真似だ?」
警部が若い警官に重々しい口調で尋ねる。
「いえ、違うんです。これは……おい、そのまま動くなよ? 動いたら撃つ……なんてことするはずないじゃないですかぁ。なんか、身体が勝手に動いてッ??」
警部がほかの警官に助けを請おうと見回すも、銃を持った警官の一人はほかの警官の動きを牽制するように銃を構えているし、もう一人の銃持ちは仲間であるはずの警官にズボンを下ろされ、動きを制圧されてしまっている。
いつのまに? と思ったけど、小夜さん、上手く施術してたみたいだ。
「貴様らッ、なにをやっとるんだッ。」
バンッ。
若い警官が警部の足元に発砲した。
「動くなって言っただろ? あんたもう喋るなよ。ッッ、っていうのは冗談でして。」
警部が思い出したように小夜さんの方を見る。
「行くぞッ。急げッ。」
そこへ小夜さんの声が響く。
僕たち四人と被施術者三人で協力してお互いで触れ合い、いよいよ転移の術を使おうという段になったとき。
「オレは下の奴らを捕まえてくるッ。」
そう告げて伊左美が転移の術の輪から抜ける。
間もなく、僕たちは伊左美抜きで向こうの世界に転移した。




