表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/283

一章 第42話 ノックノックッ

雀の囀りが、陽気な歌声に聞こえる。

そんな雀のことを羨ましく思う、陰鬱とした朝。

コーヒーを淹れると、その香り、味にも感慨深いものがある。

「これがこの世界での最期の一杯にならないことを、神に祈りましょうか。」

がウイスキーを注ぎながら、似合いもしないことを言う。

「神なんてもん、信じてないだろ?」

がチビチビやりながらツッコム。

「ん、祈るだけならタダだから。」

澄まし顔の玲衣亜。

いや、そうだけど、それだと祈りも届かなそうね。

とはいえ、今日の二人は日曜だというのに、早朝から身だしなみを整えてるから、それだけは神様も認めてくれるかもしれない。

テーブルから離れたところでは、さんがギターを抱えてひたすら速弾きしている。

たぶん、まともに曲を弾く気分じゃないんだろうね。

落ち着かない気持ちがモロに伝わってくるというか、こっちにまで伝染してきそうなんですが。

窓から淡い光が射し込んでくる。

警戒度を引き上げるべく、僕は目の前に用意された酒を少し口に含む。

警察が突入してきたときに、まだグラスに酒が残ってんですけど、ってのは切ないからね。



やすし、大丈夫?」

僕がずっと無言でコーヒーと酒を飲んでいたからか、玲衣亜に心配されちゃった。

「特に問題ないよ。」

「なら、いいんだけど。」

「いや、ありがと。」

言ってから、僕はチビチビやってた酒を一息に飲み干した。

「こんな災難に巻き込まれたりしてさ、この世界に残ったこと、後悔してたりする?」

ええ? 玲衣亜、なに言ってんの?

「んなわけないじゃん。」

「なら、よかった。」

え、どういうことなの?

「なんなん?」

「いや、こっちに残るか帰るか、考えてたのを私が引き留めたような格好になってたからさ。ちょっとね。」

ああ、ああ、なるほど。

「バッカ、そんなん気にしなくてもいいって。」

「ふふ、柄でもないって?」

涼し気な笑顔にその流し目ッ。

ゾクッとするわ。

いやいや、柄ですよぉ。ご無沙汰してましたッ。僕の第一印象の玲衣亜さんッ。

「うん、あんま似合わないね。」

ま、言葉と心とは裏腹ですが。

「ま、ときにはこんなとこも見せとかないと、最近、靖は伊左美に影響されてるから。」

「はあ? どういうことだよッ。」

伊左美がその言い草に不満を訴える。

「どうもこうも、伊左美には関係ないし。」

「ふん、じゃあ、別に聞かなくてもいいや。」

拗ねた伊左美はまた腕組みして背もたれに寄りかかった。

ギイッと椅子の軋む音。

小夜さんは演奏の手を止め、抱えたギターに凭れかかるようにして目を閉じている。

時刻は八時。

みんな黙っちゃうと、緊張感が増すね。

僕も目を閉じ、呼吸を整えるイメージで深く息を吸う。

トクトクトクトクと、酒を注ぐ音が聞こえる。

ん?

見れば、玲衣亜が二杯目を飲もうとしているところだった。

玲衣亜と目が合うと、「神様がね、次が最期の一杯だって言うの。きっと、祈りが通じたんだわッ」と変な言い訳をしてきた。

いや、最期の一杯が二杯になったって、最期だって時点で祈りは通じてないと思うけども。



コンッコンッコンッと、玄関ドアを軽快に叩く音が響いた。

小夜さんが腰を上げる。

玲衣亜が自室に戻る。

伊左美はリビングで待機。

僕は小夜さんのあとに続き、玄関へ向かう。

靴で床が軋む音に違和感を覚える。

いつもはあっちの世界の習慣で部屋内では靴を脱いでたからね。

今日はあっちに転移することを踏まえて、靴を履いてんだ。

ま、警察に習慣の違いが発覚するのを避ける意味もあるけど。

「お届け物で~すッ。」

玄関ドアの向こうから溌剌とした声が響いてくる。

またベタな手を使ってくるなぁ。

「はーい。」

小夜さんが玄関前で返事をしながら僕の方を振り返り、開けるぞと目で訴える。

ドアが開く。

「おはようございますぅ。ナチュラルキュアの荷物で、玲衣亜さんはこちらでよろしいですかね?」

玄関前には荷物を抱えた野暮ったい男が立っている。

あら、ホントに宅配みたい。

小夜さん、男に促されるままにサインしている。

「お疲れさま~。」

ドアを閉めたあと、小夜さん「これだよ」と肩を竦めた。

「ん、なにこれ? こんなの注文した覚えない、ような、あるような。記憶が覚束ないんだけど。」

そう言い訳した玲衣亜が、はっとして小夜さんを見る。

「おいおい、私を見んなよ。」

「まさか、小夜が。」

「アホか。」

「すいません。」

ホントは玲衣亜だって悪くないんだけど、今回は間が悪かったわ。

肝を冷やしたもんね。



そこへコンッコンッコンッと、玄関ドアを軽快に叩く音。

顔を見合わせる僕たち。

部屋を出ると、伊左美が窓からアパート前の通りの様子を確認していた。

伊左美がこちらを見て頷く。

どうやら警官がアパート出入り口で待機している、ということはないらしい。

僕も了解の意を示すべく頷き返し、小夜さんのあとに続く。

先程と同じように視線で合図を交わし、ドアを開ける。

「おはようございます。私、リリス西教会で神官として仕えている者ですが、みなさんは神の存在を信じますか?」

顔を出したのは真黒なローブ姿の爺さんだった。

「いえ、神さんなんて存じ上げませんし、知りたくもありませんね。」

小夜さん、そう返すと爺様を押しのけてドアを閉めようとする。

「きょ、教会に行ったことはッ?」

ドア枠外に押し出されそうになりながらも、懸命に問いかける爺さん。

「どうでもいいけど、おととい来たら、神の存在を信じまさぁ。」

そう言って小夜さんは強引にドアを閉めた。

「今日、なんなん?」

小夜さんが下唇を出して不満気な顔を見せた。

ホント、今朝にかぎってなんなんだろうね。



リビングに戻るとそのタイミングでまた玄関ドアがノックされる。

「ほい、来たぁッ。」

小夜さん、テンション高めだ。

華麗なターンで玄関へとって返す。

伊左美がまた窓下を覗く。

今度は首を横に振った。

どうやら警官が待機しているらしい。

先走って玄関へ向かった小夜さんを追うが、遅かりし。

すでに小夜さん、玄関のノブを回していた。

ほほ、小夜さんの背中に追いつけない。

「なんなぁ? 今度はッ。」

ドアを開けると同時に啖呵を切る小夜さん。

ああ、間に合わなかった。

「り、リリス警察ですが。」

ドアをノックしたと思しき若い警官もたじたじといった様子。

そりゃ、いきなりなにも言わないうちから喧嘩腰に迫られちゃ、びっくらこくよね。

「あら、け、警察様が一体なんの用でござんすか?」

小夜さんも焦ったみたいね。口調が時代がかってんだもん。

「あなた方に不法滞在の容疑がかかっております。署までご同行願いますよ。」

「へえ、そんな容疑、かけられる覚えはありませんけど。」

「もう、逃げられませんよ。」

「ふん、逃げはしませんけど、特に警察署に行きたいとも思いませんがね。」

「なにを言ってももう遅いんです。手遅れって奴です。」

「なにを話し合ってるんだ? さっさと部屋に入って連中を引っ張り出すんだッ。」

若い警官と小夜さんの間に警部が割って入り、若い警官に命じる。

その鶴の一声で若い警官が「失礼します」と部屋に上がろうとしてくる。

「失礼するんだったら帰ってくださる?」と小夜さんも負けていない。なんか小夜さん、ちょこちょこ玲衣亜の影響を受けてる気がするんだけど、気のせいかな。そんな小夜さんのジョークは無視され、警官五人のあとに警部も続き、総勢六人がぞろぞろと部屋内に入ってくる。くそッ、床でも抜ければ面白いのにッ。

「ちょ、ちょっと、ちょっとッ。」

小夜さんと僕も一旦、リビングまで下がる。

賽は投げられたって奴だ、これ。

いや、ホントは五日の時点で投げられてたんだろうけど。

実感するのが、遅すぎらあね。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ