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一章 第36話 初陣でござるッ

朝か。

時計の針は、いつも起きてる時間を指している。

カッチ、カッチ、カッチ……。

時が刻まれていく無常の響き。

頭が重い、体がだるい。

あと一〇秒。あと一〇秒したら、起きよう。



……、八、九、一〇ッ。

カッと目を見開き、掛け布団を跳ね飛ばして体を起こす。

腕を上げて、筋を伸ばし、ぐうッと深呼吸。

朝だッ。

寝不足なんて気合いで乗り切れるッ。

おうおう、まだ真っ暗じゃないかッ。

太陽のクソったれも冬は寝坊助になりやがるッ。

お前が出てこなきゃ、誰が僕の目覚めを祝ってくれるッてんだッ?

昨日と今日、明日の境目が判んなくなるじゃないかッ。

僕はちゃんと明日の国に来れてんのかッ?

昨日までの厭な感情はどっかへ投げ捨てて来れたかいッ?

うむ、大丈夫ッ。

ずいぶん、心が軽くなってるじゃないかッ。

そうさッ。心のモヤモヤは夢の中に捨ててくるのが一番だッ。

翌日まで背負ってくるにゃぁ、重たいし、なにより面倒ってもんだッ。



の野郎はまだ寝てるなッ?

窓を開けてやるッ。

朝の新鮮な空気を吸って、身も心もシャキッとさせなくちゃならないんだッ。

ふいいい、夜明け前ってのは底冷えしやがるッ。

なんで真夜中よりも寒いんだよッ。

さっさとストーブに火を入れなきゃ、死人が出るなッ。



ん、伊左美の寝坊助め、やっと起きやがったかッ。

「おはようッ。」

「うす。」

なんだッ? その覇気のない挨拶はッ。

でも、昨日はほとんど寝てないからね、しようがないね。

ほわぁ、ダメだ、ダメだッ。

弱気の虫がいま、顔を出してきやがったッ。

「くあぁ、眠むッ。」

おいッ、伊左美ッ。大欠伸してんじゃないッ。

「ッ、ッ、でえぇい」

伊左美が眠気と戦うかのように大きく伸びをするのをの当たりにして、僕の空元気もすっかり霧散しちゃったみたい。

あ~、もうダメだ。

やっぱ眠いわ。

気合いで乗り切るなんて、ナンセンスだよ。

こういうときってのは、辛い辛いと思いながらも義務感の後押しを受けて乗り切るか、もしくは早々に諦めるかの二者択一だよね。

「ホンットに眠いね。」

「ああ。今日、オレ、立ったまま寝れる自信あるわ。」

「舟漕ぎ出したら、僕が起こしてやるから安心して生地を捏ねてていいよ。」

伊左美、今日は休もうとか言わないかなぁ。

「ま、がんばるけど。休憩中はとにかく寝る感じになるな、こりゃ。」

お、おお。がんばりましょうッ。

そうだよね。

がんばらなきゃねッ。



で、その日の仕事は散々だった。

散々だったけど、なんとか終わった。

今日はもう帰ったらすぐ寝ようかな。

その晩、僕たちは息も絶え絶えに腹に詰めるものを詰めてしまうと、ぐったりしてベッドに横になった。



なんとなく目が覚めて、時計を確認する。

ああ、もうこんな時間か。

少し目を閉じて、体調を吟味してみる。

うん、体も軽いし、頭も冴えてるッ。

やっぱり寝るって素敵ッ。

お天道さん、昨日はごめんよ。

夜はお天道さんもゆっくり寝るがいいさ。

朝になったら顔を出してくれりゃいいんだ。

さあッ、窓を開けてやるぞッ。

シャキッとしないとねッ。

って、伊左美、もう起きてんのッ?

はやッ。

「あ、おはようッ。」

いいねッ、その爽やかな挨拶ッ。

よしよし、コーヒーを淹れてやろう。

「昨日はよく寝たわ。」

「ね、やっぱ寝ないとダメだよ。」

「今日は仕事も大丈夫そう。」

「うん。」

僕がコーヒーの準備をしていると、伊左美がプカァっと煙草を吹かし始めた。

あんまり旨そうに吸うもんだから、僕も誘惑されて一本よばれてみる。

ぷふぅッ。

朝のコーヒーと煙草ッ。

な、なんで爽やかな朝だったのに、わざわざヤニ臭い煙で台無しにしてんだよぉ?

よお、煙草なんてない世界がよかったわぁ。



ぐっすり寝た甲斐あって、その日の仕事は問題なくこなすことができた。

も昨日より元気そうでよかった。

昨日は目の下にクマを作って死にそうな顔をしてたからね。

仕事を終えた僕と伊左美は、一緒に夕飯を買って家路に着いた。

玲衣亜が帰ってきてから、夕飯を摂る。

そして、いつもより早いペースで酒を煽った。



時計に目をやると、時刻は八時。

うん、もう結構いい時間だ。

「ちょっと出てくる。」

熱っぽい頬を手で押さえながら、僕は伊左美と玲衣亜に告げる。

「え? こんな時間にどこ行くん?」

玲衣亜が驚いて尋ねてくる。

「ちょっとね。」

あんまりはっきりとは言いたくないんだけどなぁ。

でも、言わないと心配させちゃうかな。

秘密の用事なんだけど。

「女の子とナニしようと思って。」

「ええッ?」

やすしッ。」

玲衣亜が驚きの声を上げると、伊左美が僕を制するようによびとめた。

あら、伊左美はなんだかんだで理解を示してくれると思ってたんだけど。

伊左美が僕の肩に手をかける。

「夜道は危ないから、途中まで送っていこうッ。」

お前も来るんかいッ?

「あ、ああ。ありがと。頼むわ。」

「まあッ?」

顔を歪める玲衣亜。

そんな顔をするなよ。

ホント、玲衣亜って面白いんだから。

僕と伊左美はそそくさと玄関へ向かう。

「先立つモノは持ったか?」

「おう、持ってる。」

「よしッ、これがオレたちの初陣だッ。」

なんて初陣だよッ。



外へ出ると、夜の寒さが深々と身体に突き刺さるよう。

僕はウイスキーボトルを煽って、胃袋から身体を温める。

一口飲んで、それを伊左美に渡した。

「今日はやけに酒が進んでると思ってたけど、こういうことだったか。」

「うん、酒で頭のネジを何本か飛ばしとかなきゃ、こういうこともなかなかできないからね。」

僕たちはまっすぐ大通りの方へ歩く。

寒さのせいか、空気がとても透き通っていて、月がとても鮮やかに見える。

影のある青い雲が街を覆っている。

とても明るくて、不気味な夜だ。

人通りはまばらで、各家の窓の燈が幸せな一家団欒を想像させる。

僕はいま、そんな団欒とはかけ離れた世界へ飛び込もうとしている。

玲衣亜には幻滅されちゃったかな。

いや、彼女もいい大人なんだから、こんなことに嫌悪感を抱いたりはすまいよ。

ふう、お酒の力を借りても、こういうことの前ってのはドキドキする。

でも、あんまり慣れてしまってこのドキドキがなくなったら、もう女を買うこともないだろうね。

しばらく歩くと、サン・ルーン通りの坂の上から、昼間のような輝きを放つオルトワール通りが見えてきた。

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