表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/283

一章 第34話 なにしろ心配なんだからッ

さんが煙草をくすねていたことが明らかになり、場の雰囲気が変わった。

「オレが勝ったんだから、早く理由を話して。」

。予想が当たったってだけで、勝負はしてないはずなんだけどね。

「これは最後の確認が楽しみでございますなぁ。」

も調子に乗ってなんか言ってる。

「じゃあ、話すよ?」

念を押す小夜さん。

「話して。」

と伊左美。

「自分らって、毎日お菓子屋に行くじゃん?」

「うん、休みの日以外は、行くね。」

「で、帰ってくるじゃん?」

「そりゃ、帰るでしょう。」

「そこだよ。」

「どこですか?」

あ、なんとなくだけど、判った気がする。

「こっちとしては、毎日帰ってくるのを待ってるわけじゃん?」

「あ、待っててくれてるんだ?」

「そりゃ、待ってるよ。」

「で?」

「待つのが辛いわけよ。」

やっぱそこだよね。

「え?」

「どういうこと?」

二人とも見当もつかないみたいだね。

「っていうのが、自分ら、警官に狙われてるじゃない?」

「ああ、狙われてるらしいね。」

「待ってて、もし帰ってこなかったらって心配になるじゃない?」

「そういうときはたぶん飲みに行ってるんだよ。」

もうッ、伊左美も茶化さないッ。

「遅くなるのと、帰ってこなくなるのとは違う。」

あ、小夜さん、真剣な顔になった。

「おお、まあ、そうね。」

小夜さんの雰囲気が変わったせいか、伊左美が姿勢を正す。



「アレなんだよなぁ。正直、なにもできないでただ心配するほかないって状況に心底参ってるんだ。だからもう、出て行こうかって思ったわけよ。」

「そんな心配してくれなくても、いざとなれば転移できるんだし、大丈夫だよ。」

玲衣亜がなんでもないようにサラッと答える。

「そんなこと判ってる。でも、判ってても心配なもんは心配なんだよ。」

「でも、小夜が出て行ったって状況は変わらないぜ? こっちはこれからも警察に狙われ続けるんだし。」

「ま、ニュアンスがいろいろあるんだけどな。」

「ニュアンスって?」

「一つ目。まず、おそらくだけど、私が出て行けば自分らはいまみたいに警察に狙われなくなる。」

「なんでよ?」

玲衣亜が尋ねる。

「警察の一番の狙いが私だからさ。」

「そんなん、いまだって警察は小夜を逮捕するための糸口として、私たちを見張ってるんでしょ? だったら、小夜が出て行ったって状況は同じじゃん。」

「ふつうに隠れてしまえばね。だけど、あえてこの街を去っていく姿を警察に見せてやれば、警察はこっちに集中するだろう。」

あら、そんなことまでするつもりだったんだ。

「ダメだよ、そんなのッ。」

玲衣亜が否定したけど、小夜さんその言葉には返事もせず、滔々(とうとう)と話し続ける。

「二つ目。一人になれば、少なくとも自分らが帰ってくる来ないを心配しなくて済むようになる。」

「そりゃ、帰ってくる来ないに関してはそうだろうけど、安否は離れてた方が判んないじゃん。」

「離れていれば、そんなもん判らなくたっていいのさ。もちろん、心配はするよ? でもね、そのときの私は遠くから無責任に心配するだけして、風の便りに自分らの訃報にでも接すれば、そんときゃまた無責任に悲しむだけでいい。どう? 気楽なもんでしょ?」

「ま、それも判る気もするけど。」

「でしょ? だから、このまま行かせてほしい。」

小夜さんが短くなった煙草を灰皿に押し付けた。

そして、手持無沙汰に鞄の紐を触っている。

早くなんとかしないと、このまま部屋を出て行ってしまいそうな。

「ちょっと、マジな話なんだけど。」

伊左美がうめくように言った。

こんな感じの伊左美って珍しい。

「オレらがヤバくなって、転移のカードを使わなきゃならなくなった場合、まずここに転移する。そうすれば、万が一のときにも小夜が一人で置いてきぼりなんてことにはならないだろ? だから、辛いところをこらえてもらって、ここに残って、いてほしいんだけど。」

伊左美の精一杯の提案だったけど、小夜さんは醒めた目で伊左美を見ている。

束の間の沈黙。

やめてッ、本気モードに突入されちゃうと、僕、ビビっちゃうんですけど。



いま、小夜さんはいまの伊左美の提案を吟味しているのかな?

それとも、歯牙にもかけていないのかな?

「現実味に欠けるね。」

失笑する小夜さん。

とはいえ、ちゃんと吟味してくれたみたい。

「そんなことないだろ?」

「大体、三人一緒にヤバくなると限はらないだろ? 各々ヤバくなったときにも、わざわざ別々にこの部屋を経由するっていうのかい?」

「そのつもりだ。」

「はッ。わざわざ私にお別れを言うために貴重なカードを使うってッ? やめとけやめとけ。虎に怒られるぞ。」

「そんなもん、いくらでも言い訳できるさ。」

即座に言い返せなくて、小夜さんもちょっと押され気味っぽい。

がんばれッ、伊左美。

「そもそも、なんで私に残ってほしいんだ? まず、そこが判らないね。」

「それは……。」

「カードかい?」

「はあ?」

「私の術をアテにしてるんだろう?」

「マジで言ってんの?」

「ああ、私はいつもマジだぜ。冗談ばかりの誰かさんとは違ってね。」

伊左美が大きく溜め息を吐く。

「あ~あ、そんなこと言われるんだったら、いいや、もういい。」

あ、投げ遣りになったっぽい。

「さっさと出て行けよ。んでさっさと死んでくれ。」

バンッと小夜さん、テーブルを殴ると同時に啖呵を切った。

「おおッ。出て行ってやるさッ。ハナからそのつもりなんだし。清々すらぁッ。」

椅子を乱暴に蹴り倒して、出て行こうとする小夜さんに玲衣亜が待ったをかける。

僕は三人のやりとりを戦々恐々としながら見つめることしかできない。

今度のはいつものじゃれ合いじゃない。

それこそ本気ですよ。

「座ってよ。」

「ああッ? 私はいま出て行けって言われたばかりだぜ? もう、お前らと話すことはないね。」

「いいから、座ってよッ。」

「アホかッ。」

「伊左美ッ。ちゃんと謝ってッ。」

「知るかッ。そんなクソ野郎、さっさと追い出しゃいいんだッ。」

伊左美さん、顔が赤い。

「伊左美ッ。」

玲衣亜が声を張り上げて、立ち上がる。

ストーブにかけている薬缶の蓋がカタカタと鳴り始めた。

ああ、伊左美は意固地になってるし、小夜さんの意志は固そうだし。

「小夜さん。」

どういう話で説得しようとか考えてるわけじゃないけど、僕もなにか言わなきゃって思ったんだ。

でも、いざなにかを言おうとすると、頭は半分、真っ白だ。

「なんだよ、関係ない奴は引っ込んでろよッ。」

ッ?

「おまっ、このクソ馬鹿がッ。関係ないってことがあるかよッ。」

マジでムカついたッ。

「ほう、やすしも怒るんだな。」

「当り前だろッ。さっきからこっちを突き放すようなことばっか言いやがってよぉ? あんまふざけんなやッ。」

「突き放す?」

「そうじゃんッ。いまの無関係発言もそうだし、伊左美にカード目当てとか挑発してみたりとかッ。」

「なに言ってんだ? それは突き放すために言ったんじゃない。そう思ったから、そう言っただけよ。」

「本気で言ってたんなら、ホンットにクソだなッ、お前はよぉッ。」

「なんなぁ? 喧嘩売ってんのか?」

そっちこそなんなんだよ?

なにかにつけて凄んで見せたって、全然怖くないッ。

この場で喧嘩なんて発想が出てくることが、間違ってんだッ。

「売ってないわッ。ただ、アレよ。伊左美も玲衣亜も、小夜さんが出てったらこっちが心配になるってんで、引き留めてんだろ? 判れよッ、それくらいッ。」

「判るかよッ、そんなのッ。」

「じゃあ、いま判ったんだから、ここに居ればいいじゃんッ。」

「だからってッ。たとえ自分らが気を揉むようになるッつったって、そんなの自分らの勝手じゃねぇかッ。」

クソったれがッ、意地張りやがってッ。

「つまらんことばっか言いやがるなぁ、マジで。」

これ以上、言葉が出てこない。

いや、ここまでで出てきた言葉も大概アレだけどね。

でも、判らず屋の小夜さんにはホントに苛々させられる。

ぶん殴ってやりたいッ。

「つまらんことしか言えないから、もう喋らない。」

小夜さんが呟くようにそう言った。

もうッ。また余計な一言を言っちゃったか?

いっそのこと、今夜の言い合いの果てに小夜さんのことを大嫌いになってしまえればと頭の片隅で思わないでもない。

でも、毎日僕たちのことを心配していると言った小夜さんを、本気で嫌いになれるわけないじゃん。ああ、でもその中に僕が含まれているのかってことになると、判らないけどッ。



会話が途切れたリビング。

いつのまにか、雨が降ってきてたみたい。

シトシトと通りを打つ音。

屋根を伝って落ちる滴が、鎧戸を不規則なリズムで叩いている。

この沈黙にはいいBGMさ。

ストーブの上では相変わらずカタカタと鳴っている薬缶。

コーヒーでも淹れようかと思ってたんだけどね。

もう、どうでもいいね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ