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10-32(276)みんな病んでる

 アキちゃんにパクチー市征伐隊への所属を勧めるために清明が部屋を出て行ってから、僕はしばらく横になって目を閉じていた。


 サーッと襖を開ける音。


 目を開けると部屋に清明が入ってきていた。

 

 彼の話によれば、アキちゃんは特に迷うことなくパクチー市征伐隊への所属を決めたらしい。だけどそれはあくまで彼女だけであり、僕がどうするかについては僕に聞いてくれと彼女は言ったようだ。


 ここまできて彼女はまだ僕を遠ざけようとするのか……。


 視界がぐらりと揺らぎ、僅かに歪んだかと思うと視界の外周から中央に向けて暗くなってゆく。


 はっと数回瞬きして正気に戻った。


「ほいで靖さんはどうする? 親分が行く言ようんじゃけえ行くわいのぉ?」


 清明が僕に回答を催促してくる。


「うん、99パー行くと思うけどちょっと待ってね。ウチのやる気のない親分に問い質さないといけないことがあるから。」


 そう言って僕は腰を上げた。やっぱアキちゃんと直接話をしないと始まらんわ。


「やる気ない言うて靖さんよりはアキさんの方がやる気あるようなで?」


 僕を見上げてそう言い放つ清明。そんな文句で僕を煽ってるつもりか?


「意外と人を見る目がないね清明さんも。あんな女が戦場に出て役に立つかよ。」


 戦のことを知らないから本当のところは判らないけれど、なにしろ死んでもいいなんて後ろ向きな心構えでは真の強さは得られないとかっつって異世界の本に書いてあったようななかったような気がするんだよね……、と、とにかく僕としてはいまのアキちゃんの態度を看過するわけにはいかなかった。


「ちょいアキちゃんと話してくるわ。」


 僕は重い足取りで部屋を出た。




 アキちゃんが僕のことを遠ざけようとした理由は単純だった。命を落とす可能性の高い戦場にまでわざわざ彼女に付き合って出向く必要はないっていう、ただそれだけ。予想していたとおりの答えだった。人に優しくされるのを恐れないでと言って聞かせてたのに、いざとなるとやっぱり遠慮するんだから始末が悪い。僕はもう彼女のどんな肯定的な言葉も信じられなくなった。いまはうんと答えても、いざってときに逆の行動に出る……そんな気がしてならない。


 完全に病気だなと思った。


 僕が思うよりも彼女の罪悪感は凄まじいもののようだった。


 頼むお前は死んでくれるなって言われるよりも、どうせなら一緒にだったら死んでもいいでしょ?って言われた方が望ましいんだけど……って、これはこれで病気だな。なんの病気って、そりゃあの、動悸、息切れ、視野狭窄、悶々、キュンキュンなどの症状が頻繁に認められるっていう噂の恋の病ですわ。ま、いまの僕はプンプンしてるんだけどなぁ!


 ということが判ったから、彼女との問答もそこそこに僕は彼女に僕もパクチー市征伐隊に所属する意向を伝えた。だって戦場で彼女のことを守るって約束していたからね。彼女が遠慮しようと僕のことを実は嫌いだったとしようと、たとえほかに惚れた男がいようとも以前に交わした約束を反故にするわけにはいかないのだ。


 尽くせば尽くすほど彼女が僕への対応に四苦八苦しちゃうってことになるんだとしたらそれは本意じゃないけれど、そこのところをいま追及するわけにはいかなかった。


 いまの彼女の心はちょっとした刺激で崩れてしまうほど脆くなってるように思えたから、僕のせいでその心を壊してしまわないようにしないとね。だから彼女の僕への愛情を疑うような台詞は言ったらダメなわけよ。


 ここはとにかく闇雲に彼女を信じましょう!




 ってなことをやってるところに襖が開いて、狐々乃ちゃんが顔を出した。


「本当に戻ってきてたんですね。」


 無表情でそう言う彼女は僕達が戻ってきたことに呆れているというより少しやつれているように見えた。


「紆余曲折あってね。ま、おもにパクチー市が寝返ったから戻ってくる羽目になったんだけど。」


「パクチー市が寝返ったのがなにか靖さんに関係あったんですか?」


「パクチー市が寝返ったから世界情勢が判らなくなっちゃってね、それでムネノリちゃんならなにか知ってるだろって思って戻ってきたわけよ。」


「師匠からお二人がパクチー市征伐隊に加わるって聞いたんですが、お菓子屋は?」


「お菓子屋はブロッコ国が落ち着いたら開業するよ。」


「ふう、馬鹿みたいだ。」


「え? なに?」


「いえ、なんでも。」


 やっぱり狐々乃ちゃんはツンツンしてる。


「清明さんは?」


「師匠は出掛けました。パクチー市征伐隊はおそらく近日中に編成されるかと思われます。で、私はそれまでに靖さんを鍛えておけと指示を受けていまして。」


 おお? もしかして修業? 僕の中の秘められた力が目覚めるとか?


「鍛えてくれるのは助かるけど、狐々乃ちゃん調子悪そうじゃん。大丈夫なん?」


「確かにまだ本調子ではありませんが心配無用です。今日からは布団で寝られますし、二、三日すれば回復しますよ。」


「昨日までは布団で寝てなかったの?」


「お二人を逃がした罰でさっきまで牢屋に入れられていましたから。」


「あ、あれって罠とかじゃなかったんだ?」


「どう思われていようと構いませんがね。元々靖さんを見張る仕事というのにやりがいも感じてませんでしたし、だからあの仕事のことでどう言われようと私はあまり気にしませんから。」


「ごめん、そしたら返してくれた拳銃にもなにも仕掛けてなかったんだね。」


「そうですね、特に手は加えてませんよ、メンテナンスもしてませんが。壊れてましたか?」


「いや、そうじゃなくて、なんか仕掛けられてるかもと思って捨てちゃったんだよ。」


「ああ、すいません。そういえば私は靖さんの敵でしたね。敵に塩を送られれば毒が混ぜられてると疑っても仕方ありません。私が浅はかでした。」


「ごめんなさい。なんか自分の疑い深さに嫌気が差すようなわ。でも清明さんも厳しいね。弟子を投獄するなんて。」


「師匠が厳しいんじゃないです。私が甘いんです。」


 ぬぬ、やっぱり狐々乃ちゃんはツンツンしてる。ああ言えばこう言うッ子だ。これは修業は失敗に終わる臭いね。僕、ツンツンされて喜ぶ性質たちじゃないし。


「でも特訓は厳しくします。」


 あ、もう吐きそう。

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