10-30(274)気絶した
部屋にいた相手がムネノリちゃんじゃなかったから気楽にブロッコ国の状況を尋ねることもできなくなった。飛んで火に入る夏の虫とは僕達のことか?
「あんたらせっかく逃げとったのに自分らから戻って来たん?」
僕達が逃げ出したことをあまり咎める気がないような調子で精明が尋ねてきた。僕達と話そうって気満々なのかな?
「今日、ブロッコ市の郊外を歩いていて、聖・ラルリーグ軍がブロッコ市に向かうのを見たんだ。それも一つ二つの部隊じゃない。まるで全聖・ラルリーグ軍がブロッコ市をめざしてるようだった。もしかしたら聖・ラルリーグとブロッコ国の間になにか問題でも発生したのかと気になってね、なにがあったのかを聞きに来たんだ。」
「へ~。」
興味のなさそうな返事の裏で、きっとなぜ僕達がブロッコ市の郊外にいたのかを考えてたりするんだろうか。
「マエダの王様はいる? 聖・ラルリーグとブロッコ国の話だから、人間と話がしたいんだ。仙人様とは関係ないからね。そういうもんでしょ? あ、でも事情を知ってるなら教えてほしいんだけど。」
「王様はいまここにはおらん。」
王様は聖・ラルリーグの誰かに頭を下げにでも出掛けてるのかもしれないな。
「そう。事情は?」
「ある程度知っとる。」
「話して。」
淀みなく進む会話のリズムに清明が事情を説明してくれることを期待したけど、ここで清明、言い淀み「どうしようかのぉ」と独りごちる。
「清明さんには敵と味方の区別が付かないみたいだね。いや、みんなか。この国の人はみんな誰が敵で誰が味方か判ってないんだった。だから味方であるはずの人間に自分は味方だって申告しなくちゃいけないし、味方だって思ってた奴に簡単に裏切られるんだ。そういうことってこの国じゃ珍しくないんだろ? なんつったって僕も前に清明さんに味方だって言われて、そのあと狐々乃ちゃんにも味方だよって言われてるからね。ホントのとこはどうなんか知らんけど。」
建て前でもいいからまだ味方だって言ってお願い!
実は敵だと言うのなら、だからお前らいま窮地に陥ってんだろ?って笑ったあとに脱兎の如く逃げようね。
「ああ、確かに言うた。あれは別に嘘じゃないんじゃがの。」
この言葉が聞けてちょっと安心。たぶん清明は武士に二言なんてねえんだよ!タイプだからもう僕達に無茶できなくなったんじゃない?
「うん、清明さんは人を騙すような人でないと思っとくよ。」
この言葉で清明縛られてお願い!
「狐々乃から聞いたんじゃが靖さんらお菓子屋作るらしいのぉ? ほいでもアキさんがこっちに戻って来たんはほかの者と変わらんのじゃろうが。」
ん、ちょっと話が逸れたからって逸れっ放しで突っ切ろうとするのはルール違反。
「そうだよアキちゃんの目的はみんなと同じ。だから僕達もどこかの部隊に所属しようと思ってんだけど、どこの部隊に所属すれば間違いなく連邦と戦えるのか判らなくなったから、状況を聞きに来たわけ。だから早く話して。」
「よかろう。」
わお、最初はどうなることかと思ったけど清明の野郎は意外と話せる奴だったな。
それから清明は僕達にパクチー市が連邦側に寝返った事実を聞いた。そのときに聖・ラルリーグ軍に死者が出ているのがとてもマズかったらしく、聖・ラルリーグのお偉いさんが激怒しているのだとか。
ま、その激怒しているというのもポーズかもしれないが、と清明は吐き捨てるように笑っていたが。
結局、現在ブロッコ国内に駐留している全聖・ラルリーグ軍はブロッコ市近郊まで撤退。代わりにブロッコ国軍が国境のエリアに駐留することになったらしい。ただ、入れ替わりのときを待たず聖・ラルリーグ軍は撤退を開始するというので、ブロッコ軍もいまは慌てて移動の準備に追われているのだとか。それにブロッコ市近郊に駐留する聖・ラルリーグ軍を迎え入れる準備もしなくてはならないってんで、大変みたい。
でもアキちゃん達が前話してたのを聞いたかぎりでは清明と聖・ラルリーグのお偉いさんが友達みたいなことも言われてたから、その友達と相談できなかったのかと問えば、犠牲になったのが聖・ラルリーグの人間だから仙道が口出ししてどうにかなる話じゃないってさ。
それに聖・ラルリーグと対立して東西に敵を作れば国の存亡の危機だし、それは聖・ラルリーグの後ろ盾がなくなっても同じだから、聖・ラルリーグ側が提示した条件を飲まざるを得なかったらしい。
「聖・ラルリーグとしてはブロッコ国が勝とうが負けようがどっちでもええんじゃけえ。あんならどっち転んでもブロッコ国に対して戦を仕掛ける大義名分をもう得た思うとるもんじゃけえ、極端な話いまからワシらそっくり連邦に寝返っても構わんのじゃと。そこまでせんでもあんならの腹ん中じゃワシらもう半分敵国扱いでよ?」
清明は今回の寝返り騒動でなかなか悲観的になっていた。
なかでも聖・ラルリーグ軍がブロッコ市近郊に駐留するという決定が彼を一番参らせてしまっているみたい。これじゃまるでブロッコ国の中枢を聖・ラルリーグに奪取されたのと変わらないってね。このブロッコ市周辺の状況を目の当たりにすればパクチー市でなくても反聖・ラルリーグ感情が高まり、厭な噂も流れるかもしれない。下手をすれば対連邦どころの騒ぎじゃなくなる、と清明は憂えてるんだな。
どおりで元気がなかったんだね。
ここで僕の頭が珍しく回り始めた。
元々聖・ラルリーグがブロッコ国に押し掛けた理由は転移の術のカードの有無とその使用状況の捜査が目的だったわけだけど、そのときの大義名分は天さん亡きあとの互いの友好関係の確認だった。
それだけなら聖・ラルリーグがここまで深くブロッコ国に関わることはできなかったんだ。ブロッコ国が異世界の武器を保有しているってことが明らかになったからこそ、いまのブロッコ国と聖・ラルリーグの関係がスタートしたと言っても過言じゃない。
そこまで考えたところで戦慄が走った。
この話を続けてたらアキちゃんが死んじゃう!
バッとアキちゃんの方を見れば表情こそ柔和だけどその肌から血の気が引いていて蒼白じゃないか!?
「アキちゃん、アキちゃん!?」
呼び掛けるも応答がない。
肩に手を掛けて揺さぶるとアキちゃんの背と首が力無くグラグラ前後に揺れた。あ、座ったまま気絶してるんだこれ。ゆっくりとアキちゃんの背を畳に横たえると、アキちゃん白目を剝いちゃった。
「アキちゃん! 白目剝かないで! 前見て! 前を見てよ!」
ペチペチと頬を叩いてようやくアキちゃんが正気に戻った。
「あ、靖さん……。」
悲しそうな瞳で僕を見上げて、か細い声で僕の名前を呼ぶアキちゃん。
その姿を見て、僕がこの国を守らなきゃ! って思った。
アキちゃんのいまの状態はアレだよ。スポーツの試合とかで自分のミスによる失点が災いしてチームが敗北を喫しようとしてると罪悪感で死にそうになるじゃん? それがさ、試合に勝ってるとそんなでもないじゃん? その現象と同じじゃん? 要はブロッコ国の平和な未来を早くアキちゃんに確約してあげなきゃいけないんだよ。
アキちゃんは彼女と親しかった女中に預けられて部屋をあとにした。
清明は彼女に責任を感じる必要はないと伝えてと僕に言った。
それから僕達が部隊に所属云々の話になると、清明が僕との手合わせを望んできた。
あ、これは手合わせという名目の下に逃げ出した僕を苛めるつもりだ、逃げなきゃと思ったけど、アキちゃんが女中さんに攫われてしまっていることに思い至ると、観念するしかなかった。
日が照り付ける中庭に出る僕と清明。
清明は僕に槍と刀とどちらがいいかと尋ねた。
「とりあえず両方持ってきて。」
どちらも使えないから、両方を所望してみた。
いざとなれば槍とかブン投げてもいいわけだし。
ブオオンって清明の赤く光る剣が伸びる。マジかと思った。でも清明ったら僕がなにか言う前に「ワシも本気でいくけえ、靖さんも本気でこいや」って言いやがった。「もしかしたら死ぬことになるかもしれんけえ、靖さんもワシを殺すつもりでええで」だとさ。
アホかと思ったから猛抗議しました。
でも問答無用らしいです。
くそおおおおお!!
いままで戦闘に関しては大体蚊帳の外だったのにぃ!
いまさらおっかしいやろぉおおお!?
な、なにか……、なんでもいいから秘密の力に目覚めさせて!




