10-28(272)結局出てったんですが
僕達がお手伝いさんの仕事をおざなりにしていた件は虎さんの知るところとなり、葵ちゃんはその日の晩には虎さんから軽く注意された。
そのときの虎さんの口振りから葵ちゃんがおケイさんに喰って掛かっていたのにはそれなりの理由があることが判明した。どうやら葵ちゃんはおケイさんの主人である折戸朱鷺のことが大嫌いらしいんだ。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いってこったね。
で、その大嫌いの理由ってのが、以前、アキちゃんを伴って出掛けた連邦の視察におけるお茶会で、折戸朱鷺が自分と小夜さんを苛めたからだって言うんだ。
そのへんの事情が判ってくると、僕も葵ちゃんの生意気な態度を非難する気は失せたよ。本人も虎さんに言われて反省したみたいだし。玲衣亜と伊左美は気にするなって言ってたけど、ま、その場に居合わせた僕から言わせると気にしてねってとこなんだけども、さすがの僕も凹んだ葵ちゃんを見てイイ気味だとは思わないかな。
片や十二仙の中でもお偉いさんであろう黄泉さんの弟子で、片や“ はぐれ ”と“ モグリ ”の術師ときては折戸さんが侮蔑や疑念の混ざった目で見られても仕方ないのかもしれない。出身やら身分やらを大切にする人達の方が大勢いるんだから、文句も言えやしない。いや実際そいつがどこの馬の骨かってのは大切なんだ。アホみたいに世間に吠えて波風立てても面白くないし、かといって友人が蔑まれているのを聞き流すには腹に据えかねるしって、なかなか不慣れな席に着くのも難しいね。
大人しく一般人してりゃそんな悔しい思いをしなくて済んだかもしれないのに。
虎さんと玲衣亜と伊左美が特別なんだよ。
だから虎さん達って一見アホなようだけど一方で偉いなぁって思わせてくれるわけで。
そんなわけで僕はいろいろと理解のある虎さん達にアキちゃんのことを相談したのでした。
そして理解を得られませんでした!
いや、理解を示してはくれたから理解はしてくれたのか。
ただ虎さん達と一緒にいるっていうのが却下されただけだ。
虎さんとしては僕が虎さん達とパン屋をやるって宣言した時点で、アキちゃんや僕の気持ちも整理されたものだと思っていたようだ。そりゃね、そのための一週間の猶予期間だったわけだし。ブロッコ国の宮廷では宮廷から脱出することとお菓子屋のことは話したけど、戦に出ることに関しては触れなかったからな。
――― ここにいたって、アキちゃんのやりたいこともやれないよ? ―――
そんな言葉で濁してしまったのがいけなかった。戦に出る出ないの話をするとアキちゃんに脱出を断わられるとか、一緒にいられなくなるとか考えちゃったのかな?
その間に徹底的に議論を尽くしていなきゃいけなかったんだ。
結果として虎さん達をまた裏切ることになってしまった。
「アキさんが戦に参加するのも靖さんがそれに付いていくのも否定はしない。だけど私の指揮下で靖さん達を戦に出すことはできない。戦闘の中でアキさんの正体が露見すれば私達の立場まで危うくなるからね。」
「戦に出るなら私達と関係のないところで出てね。どこかで兵隊の募集でもしてればいいけど。まあ戦に出るならどこかの部隊に所属できるまで待った方がいい。といってもアキさんがいるから聖・ラルリーグ軍には所属できないけどね。ブロッコ国側のことは私もよく知らないからなんとも言えんが。」
虎さんは僕を放り出さなければならない理由なんかを滔々と語りはしたものの、微塵も怒りはしなかった。
玲衣亜も伊左美も、葵ちゃんも。
僕は自分の考えの足りなさと都合良く考え過ぎてたことをを謝って、出立の準備をした。
「じゃあな靖、戦争が終わったらまたどこかで会おうや。」
伊左美と握手を交わす。
「アキ、国を守るってのがアキの贖罪だとするなら、タケシのことをなんとかしなよ。じゃないと、結局連邦との戦争が終わったって、気付けばアキ、別の戦場に身を置くことになるよ? 靖、早いとこ連邦の大将の首取ってきなよ。」
玲衣亜がまた無茶を言う。
「ボス、アキさんも、死なないでね。」
虎さんはあっさり。
そして例によってこういうときに僕達を送り届けてくれる葵ちゃん。
「どこへ行きたいですか?」
葵ちゃんがそう言ったときだった。
コンコン。
ドアがノックされた。
ガチャ。
僕達の応答を待たずドアが開く。
「失礼します!」
焦った様子で入ってきたのは僕の知らない女だった。
「早急にお耳に入れたいことがあり参りました。無礼をお許しください。」
そう言って頭を下げる女。
「いやそんな畏まらなくていいから。で、なんかあった?」
虎さんが気さくに声を掛ける。
「いま知らせが届いたんだけど、ここから南方にあるパクチー市が連邦の手に落ちたらしいわ。」
女の言葉からも堅苦しさが抜けた。本当に一瞬で様変わり。僕はこの女が葵ちゃんに手の出せない喧嘩を売った張本人、折戸朱鷺だと思った。
「ええ? パクチー市は私達の管轄じゃないけど、それにしても連邦軍が攻めてきたとかって情報入ってたっけ?」
「ないわ。なにしろ連邦軍は攻めてきてないんだもの。ただパクチー市の部隊が連邦側に寝返っただけ。そのせいでパクチー市に駐留していた聖・ラルリーグ軍五〇〇名のうち二〇〇名が犠牲になった。連中、聖・ラルリーグ軍には用はないみたい。獣人は獣人同士で仲良くしてたいんだってさ。」
「ふうん、ま、判らない話でもないかな。さすがにまだ為りたての前田の王様の号礼一つじゃ一つにまとまらんな。アホくさ。」
「ブロッコ国にいた多くの仙道もその寝返りの動きを機にパクチー市に集まっているみたいよ。国への帰属意識よりも崑崙山への帰属意識の強い奴らは特に、そう動いて当然でしょうけど。」
「ふ、それは笑えないな。相手の駒の把握もこちらの駒の把握も難しくなったか。で、私達への指示とかはあるかい?」
「まだないわ。おそらくだけど、私達はここから動かされないと思う。ここは連邦とブロッコ市を結ぶ最短ルート上にあるから、ここの警戒を怠ることはできないだろうから。」
じ、事態が急変というか、もう開戦しちまったわけか。
虎さんが報告の要点を飲み込むと、まもなく折戸朱鷺は部屋を辞した。
「行き先はパクチー市でいいですか?」
葵ちゃんが冗談か知らないが尋ねてくる。部隊に所属していないからいきなり敵陣に飛び込んでも意味ないんだよね。
「冗談ですよ。まず私がパクチー市に行けませんし。」
「ふん、ありがと。でもいいわ。僕達こっから歩いてパクチー市をめざすから。」
「ここから!?」
「結構距離あるよ?」
みんなが口々に驚きを露わにする。あ、そんなに遠いんだ?
「ま、多少遠くてもええわ。パクチー市に着くまでにどこかの部隊に引っ掛かるようにするから。」
「つってもこの辺って連邦との国境に近いから、もしかするとほとんどの部隊が実は連邦側と通じてるなんてことも考えられるよ?」
あ、そうか。もし寝返る予定の部隊に拾われちゃったら僕達ブロッコ国と聖・ラルリーグを相手に戦う羽目になっちゃう。
「やっぱりブロッコ市まで連れてってもらおかな?」
っていうんで散々みんなに心配された挙句、僕達は夜中のブロッコ市にやってきた。
「アキの贖罪も茨の道だね。」
葵ちゃんがアキちゃんの決意に同情したのか、そう言った。先の玲衣亜の言葉のせいもあるかもしれない。
「ええ、でも戦争を仕事にする気はないから大丈夫にゃ。」
アキちゃんが冗談っぽく答える。
「がんばって。」
と葵ちゃんがアキちゃんの肩を叩く。
「靖さんも、早く二流の仙道になってくださいね。」
「いやだから僕は自己流だって言ってんじゃん。」
「自己流でもなんでもいいんで、早く強くなってください。」
「ん、がんばる。」
「じゃあ、次はお菓子屋作って待ってますから。」
「葵ちゃん……。」
お菓子屋作って待ってる、と言って、葵ちゃんは姿を消した。
ブロッコ国の宮廷の近くの通り。
夜更けといえど知り合いと遭遇するとマズイので、僕達はその場から離れるべく連邦方面へ向けて歩き出した。
「なんか変じゃね。」
獣人達の言葉を真似して言ってみた。
「ん、喋り方がってこと?」
アキちゃんが頭に疑問符を浮かべる。
「いや、人生が、よ。喋り方はこっちにおる間はタケシ流でいこうかと思って。その方が自然でしょ?」
余計な諍いを避けるためにも必要な措置かなと。
「でも靖さん耳がないじゃん。仙人様だったら聖・ラルリーグの喋り方してる人も結構いると思うよ。狐々乃ちゃんも喋り方は聖・ラルリーグ流だったじゃない?」
「そう言われりゃぁそうなんじゃけど、精明さんはモロ獣人流だったしね。無駄に出自を勘繰られるのを避けるためだから。」
「ほらッ、それ! こっちの言葉を使うのはいいけど、だったら“ だから ”とか“ から ”は禁句だから気を付けてね。ほかのどの言葉より敏感に余所者ってことがバレる言葉だからそれ。は?ってなるから。」
「そうなん? ま、そのへんは歩きながら教えてや。」
「判ったにゃ。」
連邦方面へ向かう僕達の視線の先に僕達がさっきまでいたっていうのが不思議な気がした。そこにまだ虎さん達がいるんだと思うと、意味もなく心強く思ったり、でも虎さん自身が言ったように、この戦への参加に関しては虎さんと僕達は無関係なんだ。
一方で、あれから移動していなければだが、いまいるこの町にナツミやユキコ、アキちゃんの仲間達がいるはずだった。ただアキちゃんの素性が江精明にバレてるし僕達は宮廷から逃げてるから、彼らとここで合流するわけにもいかない。こんなにも近くに来ているってのに。
そして、ああ、すでにこの視線の先の方で二〇〇人が殺されてしまったという事実。
僕やアキちゃんが近い将来、その二〇〇人と同じ運命を辿るのではと考えても、そこになんの違和感もないのが少々怖い。
「靖さん、ごめん。これを最後の謝罪にするから謝らせて。せっかく一緒にパン屋をやれるってときになって、虎さん達と離ればなれにさせてしまってごめん。」
アキちゃんが遠慮がちにそう言ったから、僕はアキちゃんの手を取った。
「いいよ。虎さん達とはまた会うさ。だからアキちゃん、一応言っとくけど、この戦で死んでもいいとかチラっとでも考えたらダメよ。」
「うん。」
「あと、人に優しくされるのを恐れないでね。」
「うん。ありがと。じゃあ、靖さんには甘えさせてもらうにゃ。」
「うん、遠慮はいらんよ。」
するとアキちゃん、繋いだ手をスッと動かして指を絡めてきた。
彼女のそういう態度が嬉しいはずなのに、より密着してアキちゃんが生きてるってのを実感すると、少しだけ悲しくなった。
あと二、三日もすればこの感傷も消えるかな?
三日もすれば忘れるってどこかのモグリの術師が言ってたじゃないか。ホントに、仙道としても精神的にも強くならなきゃ、アキちゃんを守り切る前に参っちゃうからね。がんばらないと!




