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10-27(271) 暗黒面

無駄に長いです(汗

 僕とアキちゃんがどうしたいのか?


 そんな質問が飛び出してくるってことは、葵ちゃんは僕達のやる気を疑っているんだろう。伊左美や玲衣亜と違って、彼女は僕の裏切りを完全には容認できていないんだろう。


「アキは最初の目的だった戦に参加するってのを諦めたんですか? それでずっと靖さんと一緒にいるっていうんなら、なにも問題ないんですけど。」


 僕が答えに窮していると思ったのか、葵ちゃんが答えを示してくれる。諦めてたら問題なし、か。でもたぶんアキちゃんは諦めてないよね。


「どうなんだろ、判らないや。アキちゃんから最近そういった話は聞いていないし、かといってパン屋に命を懸けるとも言われてないしね。」


「ずっと靖さんと一緒にいたいのとかって甘い台詞のやり取りばかりしてるんですか?」


「違うアキちゃんはずっと僕と一緒にはいられないし。だってアキちゃん戦に出るのを諦めてないんだもん。」


「だってって(笑)。諦めてないんですか?」


「はっきりとそうとは言わないけどね。そのへんは僕やみんなに遠慮してるんだと思う。だけど彼女の望みは戦に出て罪を償うことなんだ。僕と一緒にいたいってのも半分は嘘じゃないんだろうけど、でも彼女は罪を背負ったままじゃなにもできないくらい精神的に進退窮しんたいきわまってんだよ。」


「罪って?」


「そりゃあ、ブロッコ国が抱えてた秘密を聖・ラルリーグ側に暴露したことさ。」


「それが罪ですか。」


「彼女にとってはブロッコ国を売ったのと同じだからね。そりゃ罪にも思うだろう。」


「やっぱダメですね。いえ、別に靖さんとアキを責めようってわけじゃないんです。ただ靖さんも暗黒面ダークサイドに堕ちちゃってたんだなぁって。」


「昨日も言ってたけど暗黒面ってなんだよ?」


 ガチャ……。

 そのときドアノブが回る音がしたので、僕達は慌てて口をつぐんだ。


「まあまあ? ま~た手は動かさずにおいて口だけ動かして、あんた達仕事をする気あるのかい?」


 折戸って人とは別の若い女性が僕達の様子を見るや否や大声でそう呆れてみせて、それから部屋の中へずんずん進入してきた。


「お掃除は? 進んでるの?」


「う~んそれがですねぇ、雑巾、箒にチリトリ、バケツにハタキと掃除道具は揃ってるんですがどうにも“ やる気 ”だけが掃除道具入れのどこを探しても見つからなくて……。」


 僕達を懲らしめにきた女性に葵ちゃんが生意気言ってる。


「やる気がないんか? やる気なんてなぁ人間生まれたときに備わってるもんさ。それがないヤツは碌でなしっていうんだよ。やる気がないならとっとと故郷くにへ帰んなよ。」


 そうプリプリと吐き捨てながらその女は窓周りの額縁に指を滑らせると、その指に付着したたっぷりの埃を見て言った。


「これなんだい?」


 小姑か!


「さあ? なんなんでしょうね? 舐めると判るかもしれませんねぇ、よかったらそれ食べていいですよ。」


 葵ちゃんの雑な対応に釣られて僕もなんとなく応戦してしまった。


「むッ、これは!? ……、からのぉなんか面白いこと言ってみてください。」


 葵ちゃんまで乗っかってきた。


「それはちょっと求め過ぎなんじゃない?」


「キー! ホントに口ばかり達者なんだから! 折戸様に言いつけてやる!」


 バタンッ。


 まるで台風のように過ぎ去っていった騒がしい女。一体なんだったんだ?


「さすが靖さん。靖さんなら小言を貰っても平気のへの字っぽいですねぇ。」


「え? っていうか、あの人なんだったの?」


「あれは折戸朱鷺のとこのお手伝いさんですよ。」


「リアルなお手伝いさん?」


「そう、なんちゃってじゃなくって正真正銘のね。」


「だったら悪いことを言っちゃったね。葵ちゃんが生意気言ってるからてっきり僕らの敵かと勘違いしたわ。なあ、おめえちったあ協調性ってヤツも知っとかないといかんぜ? 本物からしたら僕らやっぱりサボってるように見えちゃうんだから。」


 もしかすると彼女だって最初は同じお手伝いさん同士仲良くしようとか考えてたのかもしれないし。


「あら? 私より酷いことを言った靖さんの台詞とは思えませんな。」


 なのに葵ちゃんときたらキョトンとしてなにも感じていないみたい。


「誰の台詞だって構わんから良いこと言ってんなぁと思ったらよく覚えときなよ?」


「正しいことを言ってんなぁとは思ってもそれを否定するか肯定するかはそのときの気分次第ですね。それに、心に留めとくくらいはしてみても三日もすれば忘れてしまいますし意味ないです。」


「ふん、良い性格してるね。さ、真面目に掃除しょっか。」


 葵ちゃんからの信頼を取り戻すのは容易じゃなさそうだったけど、とりあえず前と変わりなく接してくれるってだけでもヨシとすべきかな。とか思いながら膝を追ってバケツに掛けてた雑巾を拾い上げたときだった。


「私、前まで靖さんってどこへ行ったって結局玲衣亜さん達のところへ帰ってくるべき人だって思ってたんです。」


 ん? まだ僕を詰めようとしてるのか、葵ちゃんが話し始めたから僕は無言で葵ちゃんを見上げた。


「でももう変わってしまいましたね。靖さん、別に拠り所ができちゃったみたいですし。なんだかいまは玲衣亜さん達の方が腰掛けでアキの方が本命って感じですわ。そこんとこどうなんですか?」


「ん、どうだろ?」


 そう言って僕は雑巾をバケツの中の水に浸してから絞った。


「ふふ、この話になるとやっぱり歯切れが悪うなりますな。いいんですよ正直に話してくれれば。あんときは靖さんのこと殺してやりたいくらい思いましたが、いまはもう怒ってません。誰にでも過ちはあるんです。」


「過ち……。」


「過ちって言われるのは面白くありませんか? ま、いいです。でもこれだけは守ってください。玲衣亜さん達にだけは絶対に隠し事をしないでください。アキのことでまだ未確定の部分が多くあるとしても、それも含めて全て玲衣亜さん達と相談してください。黙ってるのはなしです。」


「うん。大丈夫。」


 正直なところ僕の中でもまだ迷いがあったからね。虎さん達にはパン屋でがんばるからって再び仲間に加えてもらっておいて、アキちゃんには戦に出るときも一緒だって言っちゃって、ちょっと自分に都合良く立ち回ろうとし過ぎてたな。


「判ってますか? 過ちって犯してる最中は自分でなかなか気づき難いんですよねぇ。かく言う私も最近まで過ちを犯してまして、気付いたのはほんの一〇日くらい前なんですが、ほら、あの暴露大会があった日ですわ。あの日に爺様がジークさんとダニーを仙道にしてしまったことを暴露して、私もダニーをこっちに連れてきてたことを暴露して、虎さんに超叱られて、で、気付いたんです。いつのまにか私調子に乗ってたなって。転移の術が使えることを鼻に掛けてたつもりはないんですけど、知らないうちに、そうとは気付かずにとんでもないことをしてしまってたってことに気付いたんです。」


「ああ、ダニーをこっちに連れてきてて野放しにしてた件ね。うん、あれは衝撃の告白だったわ。超ビビったもん。」


「ちなみに、靖さんは自分が得た力についてきちんと考えたことありますか?」


 ん? 質問の意味が判らないってくらいに自分の仙八宝の力についてなんて考えたことがないんだけど。考えてたらいまの質問の意味も判ったりすんのかな?


「そらちっとは考えたけど……例えば、どれくらいの衝撃に耐えられるのかとか、なにを防げてなにを防げないのか、とか。」


 馬鹿にされることを覚悟でふつうに答えてみた。


「たぶん靖さんは仙道としては三流なんでしょうね? 爺様の召喚の術にも抗えなかったみたいですし。」


 ほら馬鹿にされた!


「三流っていうかモグリだから自己流ってとこかな。自己流って言うと恰好良くない?」


「そんなの言ったら私も議会に術が使えることを申告してないからモグリになるんですが。」


「一緒じゃん!」


「そうですね。暗黒面に堕ちてるって意味で一緒かもしれませんけど。で、靖さんは一度、そうですね、もし仙八宝がなかったとしたら自分がどう行動していたか、これからどう行動するのか、を、考えてみた方がいいと思います。いえ、仙八宝を使うなっていうんじゃないんです。ただ、調子に乗って、これ以上深みに堕ちないためのアドバイスだと思ってください。」


 暗黒面の意味がいまいち判らないけど言いたいことは判ったよ。完全に上から言われてんだけども、僕は素直な方だからそんなこと気にしない。


「ありがとう。うん、僕は虎さん達には絶対に隠し事はしない。絶対っつって一〇〇%なんてなぁこの世の中にありえないんだけど、それでも僕の気がしっかりしてるうちは絶対、絶対に隠し事はせんよ。」


「頼みますね。」


「うん、葵ちゃんと話せてよかったわ。」


「私も言いたいことが言えてスッキリしました。あ、そうそう、靖さん、ダニーってタケシ達と一緒に働いてたんですよね? そのときのダニーってどんな感じだったんですか?」


「ダニー? ダニーならそのときどころかあのときもこのときもどのときも馬鹿だったぜ。ま、ホントのところはあんま知らんけど、僕の知るかぎりではね。っていうかいい加減手ぇ動かそ!? ダニーの話はまたあとで。話してばっかじゃまたあのお手伝いさんがまた来ちゃうでしょ。っていうかお茶ぁ! いつのまにお茶なんか入れたんだよ!?」


 気が付けば葵ちゃんのテーブルの前に湯気を立てたお茶が置いてあった。お茶を入れてくる動きなんか微塵も見せなかったはずなのに……。


「はいはい、判りましたよ真面目にお掃除しますよ。」


 葵ちゃん、とりあえず観念してお掃除をやる気になったみたい。


「あら、でもアキの奴遅くないですか? どこかで油売ってんですかねぇ?」


 おお、アキの奴呼ばわりは気に喰わないけど確かに遅い。洗濯物干すだけだからとっくに戻って来ててもいいはずなのに。


 ガンッ!


 そのときドアが激しい音を立てて開いた。


 見れば出入り口にはちょうどいま話題に上がったばかりのアキちゃんの姿。


 ゴンッ!


 と思ったら開いたときの反動で扉が勢いよく閉まり、アキちゃんの後頭部に強打した。部屋内側によろめきそのままズッこけるアキちゃん。それを見て大爆笑する葵ちゃん。僕も腹を抱えて笑いたかったけどがんばって口をつぐむも、頬がピクピクしちゃう。


「アキちゃん、大丈夫?」


 がんばって彼女に駆け寄り、声を掛けた。


「そんなん、笑顔で言うことじゃないにゃ!」


 咄嗟に緩んだ頬を元に戻すべく両手で自分の頬を捏ね繰り回してみる。


「ごめん、でもずいぶん戻りが遅かったけど、なんかあった?」


 自分の両の頬を抓んだまま尋ねてみたら、


「なんかあった? じゃないよ! おケイさんとなにかあったの!? おかげでこっちは一時間近くおケイさんに怒られたんだから!」


「え、ええ……。」


 おケイさんってさっき来た女のことか?


「あの女か!」


 葵ちゃんがそれを聴いてまた笑ってる。


「で、おケイさんはなんて言ってた?」


「靖さんと葵さんは仕事をやる気がないばかりか口の利き方もなってなくて態度も最悪……。」


「ピンポーン! 正解!」


 アキちゃんの話を聞くや否や後方から葵ちゃんの嬉しそうな声が弾む。なんでお前悪口言われて喜んでんだよ!


「二人の面倒は私の方でしっかり見ろって。使用人の恥は主人の恥。神陽様の顔に泥を塗りたくなければ以後気を付けるようにって。今度やったら本当に折戸様か神陽様に相談に上がるとおっしゃってました。」


 アキちゃん、葵ちゃんを無視して話を続けた。いや、おケイさんの言うことは一々御尤もなので反論の余地がない。アキちゃんには申し訳なかったけど、アキちゃんへの説教で留めておいてくれたってのはおケイさんの慈悲に違いない。


「そんな話をガミガミネチネチ言われたんだけど、こっちには心当りがないっていうか靖さんと葵さんのことだと思えば心当りしかなくてひたすら頭を下げてたわけだけど、なんで私が怒られなきゃいけないのか意味が判らない。」


 アキちゃん、相当腹を立てていらっしゃる。


「ごめんねアキ。まさか私達もアキに矛先が向くとは思ってなかったから。」


 葵ちゃんも寄ってきてアキちゃんに謝った。っていうか私達って勝手に僕も仲間に勘定するなし。


「で、お二人はおケイさんになにをしたんですか?」


「まあまあ、それはあとで聞かしてあげるよ。いまは口じゃなくて手を動かさないといけない時間なの。お楽しみはあとでね?」


「それならあとで聞かせてもらいますにゃ。」


 そう言って動こうとするアキちゃんを止めて葵ちゃん、


「あ、アキは本日の任務を全うしたからもういいよ。今日はしっかり休んでくれ給え。」


 って。もうこれ先輩風どころじゃないな。


「え? それはありがたいんですがちょっといいですか? たぶんそのノリがおケイさんを怒らせた一因だと思うんですが。」


「なに? アキはそんなに働きたいわけ? いい子ちゃんなの? 真面目っ子ぶりっ子なの?」


「え、え? 待ってください? 私達ってお手伝いさんとして虎さんと一緒にいるわけですよね?」


 あ、アキちゃんが葵ちゃんの言い草に目を白黒させてドン引きしてる。


 僕はいま葵ちゃんの暗黒面の一端を見た気がした。


 過ちを犯してる最中は自分の過ちに気付き難い。葵ちゃんが自分で言っていたことなのに、皮肉にも彼女がいまの自分の過ちに気付いていないんだ。


 きっと葵ちゃんは転移の術が自分の仕事であってお手伝いは名目に過ぎないと割り切っているから、雑用をないがしろにしていて、一方、アキちゃんは僕達のためにお手伝いとして働きたい働かないと申し訳ないってのがあるから、働きたくて。


 そして絶賛先輩風を吹かし中の葵ちゃんは自分の裁量で後輩に楽をさせてやりたいって気持ちがあるんだな。でもアキちゃんの方は働かせてもらえないとこの場での自分の存在理由を見失ってしまうわけで。


 転移の術が直接関わってるわけじゃないけど、葵、いまお前は転移の術の上にあぐらを掻いてモノを言ってんだぞ判ってんのか? でも葵ちゃんったら暗黒面に絶賛堕落中だから判ってないんだろうな。調子に乗ってるとはこのことだ。この僕が気付かせてやる!


「おう葵てめえ……。」


 バタン!


 言い掛けたところでまたドアが勢いよく開いた。


「あ~ん~た~た~ち~……。」


 そこには般若の形相をしたおケイさんの姿が!


「そこに座れ! そこに正座だ!」


 それから二時間以上、僕達三人はおケイさんに絞られた。


 そして葵ちゃんは使用人の頭から降格、アキちゃんが頭に昇格した。

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