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10-25(269) 爺さん文句言う

 爺さんによって召喚されたダニーはまず僕にお礼と謝罪をした。こないだ爺さんチに召喚されたあと、ダニーとジークさんを救出したチームのボスが僕だったっていう話を葵ちゃんから聞かされたらしい。それで、「お礼を言うのが遅くなってすいませんが……」ってね。そして肝心のタケシ達の居場所についてだが、ダニーも知らないと言った。


 ダニー自身もあれからタケシのお店に足を運んだらしいが、そのときにはすでにお店はなくなっていたらしい。タケシもリヴィエ一家と一悶着あったから逃亡を図った可能性もあった。なぜお店が空き家になっていたか真相は定かでないが、とにかくこれでタケシの足取りを追うのも簡単な話ではなくなったことだけは確かだ。


 そんなわけで、トトさんとケビンさん、マーカスさんには申し訳ないが今日のところはお引き取り願った。三人と一緒にダニーにも帰ってもらった。




 タケシ達についてはそうだな……エルメスのどこにいるかも判らない二人の人間を……例えそれが獣人だとしても、僕達だけで探し出すのは困難極まりないから、彼らを探すのは早々に諦めることにした。


 みんなに帰ってもらったあと、そういう話を爺さんの家でお茶を飲みながらしてたんだ。


「あいつらも向こうで無茶する気はないみたいだからたぶん問題はないと思う。問題ないってのは、向こうの人達に大きな迷惑を掛けないって意味でだけどね。タケシが前、言ってたんだ。自分らは向こうの人間の思惑の範囲内で動くだけ、自分たちでブッ飛んだことを画策したりしないってね。つまり、多少悪さをするにしてもそれは向こうの人間の手足になるだけに過ぎないんだ。あいつらはときとしてそうやってお金を稼いでるんだよ。誰かを幾らで殺してくれとかってね、そういう請け負いの仕事。」


 こういう話をすると、伊左美と玲衣亜、爺さんも少し胸のつっかえが取れたみたいだった。


「それにあいつらも自分達が獣人だとバレるとマズイってことくらい心得てるから、大丈夫だよ。前に一度、あいつら無茶な殺しの仕事を請け負ってさ、自分達でやろうとして身内に死人が出たらその死体から自分達が獣人だってことがバレちまうってんで、僕にその仕事を振ってきたこともあったくらいだから。あんときは本当に腹が立ったわ。なにせ自分達の正体がバレるってのを僕に対する脅迫ネタに使ってんだよ? ふざけてるよね?」


「靖としてはエルメスで獣人達が暴れたら、自分のせいだって思っちまうからな?」


 伊左美が小憎たらしい笑みを浮かべる。


「そうそう、獣人達がエルメスでなにかしでかしたら葵ちゃんに殺されると思ってたから。」


「なんで私が出てくるんですか!」


 僕の言葉にやや不服げな葵ちゃん。


「だって向こうの公園で僕とアキちゃんを睨みつけたときの葵ちゃんの顔ったら鬼より怖かったんだもん。」


「それ女の子に言う台詞ちゃいますよね? ちなみにあのとき私は靖さんが怖かったです。」


「そっか、そうだね。」


 あのときの僕は彼女から見れば不可解な人物に映っていたことだろう。


 結局、タケシ達が繋がっているのがエルメスで一緒に暮らしていた仲間とブロッコ国宮廷のムネノリちゃんと江清明だけであることをみんなに話して、タケシ達の話は一区切り着いた。タケシ達がいざこちらに戻って来たときに真っ先にコンタクトを取るのが仲間か宮廷のいずれかに絞られるわけだから、そこから対策を練られないか、という可能性を考えようっていうね。




「ところでアキさんはこれからずっと靖さんに付いてくのかい?」


 話が一区切りしたところで、爺さんがアキちゃんに尋ねた。僕まだプロポーズとかしてないんだけどいきなりそんな話すんなし。


 ちょっと爺さんの目付きが険しいのは爺さんの彼女に対する思いが複雑だからだろう。


「ずっと……、は、はい。できれば、そうしようと、ええ、そう、付いていくつもりです。」


 突然の質問にしどろもどろになりながらもそう答えてくれるアキちゃんがか、可愛い。


「お互いブロッコ国と聖・ラルリーグって具合に故郷が違うし、獣人とただの人ってところも違う。そういうのもきちんと考えてモノを言ってんのか?」


 爺さんのツッコミが留まるところを知らない。


「じいじ、ちょっともう少し言い方があるんじゃない?」


 爺さんの厳しい質問に玲衣亜が口を挟む。玲衣亜、ちょっとむっとしてる感じ。


「ああ、すまんな。アキさんも、悪かったよ。だがな、どうしても腑に落ちねえんだよ。アキさんと靖さんが二人揃って笑顔でいられる未来がまったく想像できねえ。っていうかよく玲衣亜と、伊左美もだが、アキさんを受け入れられたよなぁ。」


 爺さんが苦悩していらっしゃる。


「私達は靖が本気で許してるんだったら、同じように許すよ。指二本もやられてんのに凄いとは思うけど、ま、そんなこんなで靖なんだろうし。」


 そんなこんなで靖って……、玲衣亜も言い方を考えてよ。


「そう、そういうこったよ。つまりオレがなにを言いたかったかって言うと、アキさんは靖さんが愛してるモノをだぜ? 靖さんと同じように愛することができんのかってとこが気になってんだ。」


 愛してるって単語を平然と使える爺さん恰好良い。


「おそらく、問題ないと思います。」


 爺さんの疑念に真剣に答えるアキちゃん。


「いまブロッコ国と聖・ラルリーグは連邦を共通の敵として手を組んでるが、連邦を負かしたあとタケシの思惑どおりにブロッコ国と聖・ラルリーグが戦うことになったら、アキさんはどうなんだい?」


「そのときは靖さんがいる側に立ちます。」


「ま、特にいまアキさんを追い詰めたいわけじゃないからいいんだがな。」


 爺さん、とりあえず安心した、のかな?


「ああそれ私も一つ気になってんだけど、ケンちゃんタケシと一緒にいるわけでしょ?」


 爺さんのあとを引き継ぐように玲衣亜が言った。


「いまはまだケンちゃんも小っちゃいからアキのとこへ帰すのって簡単だと思ってたんだけど、何年か経ってさ、ケンちゃんが芯から聖・ラルリーグ大嫌い人間になってて、いざ私達がタケシを懲らしめようとしたときにケンちゃんがタケシと一緒になって私達に刃向ってきたら、そのとき、アキはどうするの? もしそうなったら私達はタケシ諸共ケンちゃんを懲らしめてOK?」


 さすが玲衣亜さん、彼女ったらときどき厳しいことを言うからね。


 確かに数年後のケンちゃんがいまのままなはずがなく、ケンちゃんは可愛いけどケンさんは肉体的にも精神的にも一人前の獣人になってるかもしれない。


「そのときは私がケンと話します。」


「うん、ぜひそうしてほしいんだけど、でもケンちゃんが初手から刃を向けてきたら私はケンちゃんを斬るよ。逆に斬られるかもしれないけど、だからこそ、斬られちゃたまらないから、斬るよ?」


「ええ、そのときはそうしてくださって結構です。」


 いつかのアパート襲撃事件が思い出された。はっきりとした言葉で答えるアキちゃんの顔にも翳りが見える。


「なあ、誤解しないでくれよ。玲衣亜はアキのことを言ってんじゃないんだ。アキ自身はいいんだよ。アキはなにも変なことはしないって信じてる。ただ、アキはオレ達の味方だけど、アキの仲間や身内までオレ達の味方ってわけじゃない。特にケンちゃんはアキのいまの状況を知らないだろうし、実際に会うまで姉ちゃんが聖・ラルリーグの奴と付き合ってるなんて想像付かないだろうしな。」


 伊左美がアキちゃんのことを気に掛けたのかフォローしてくれた。ただ、ケンちゃんに関しては再会してみないとなんとも言えないけど。


「ええ、ありがとうございます。大丈夫です。」


「アキ、喋り方。じいじには敬語でいいけど私達にはいらないよ?」


「う、うん、そうだったね。教えてくれてありがと。」


「こうして若い二人はお互いに折り合いを付けるために、故郷や仲間、肉親までも捨てるのでした、ってな。余計なしがらみさえ取っ払っちまえば、そこはたちまち二人の世界、思い悩む必要もなくなるってもんよ。やっぱ愛の力は偉大だわ。相手のためにこれまで大切にしてきたモノを手放して……、本当はなぁ、その相手の大切なモノまで丸ごと一緒に背負ってやれりゃあ一番いいんだろうが、国も人種も違やあなかなかそうはいかんてのぉ。」


 爺さんが誰に言うでもなく一人でモゴモゴと喋り始めたと思ったら、最初はアキちゃんのことが嫌いだからアキちゃんへの嫌味でも言ってるのかと思ったら、実は実は僕へのお説教でしたみたいなのはやめてね。


「あ、アキちゃん。僕ならもしケンちゃんが敵意を剝き出しに突っかかってきても無傷に近い形で取り押さえることができると思うから、なにがあっても姉と弟で争うようなことにはならないよ。ごめん、もっと早く思い付いてればよかった。」


 爺さんが言いたいのはこれだけじゃないんだろうけどね。もっといろいろ、国が違うことにより生じる全ての軋轢が様々な問題に姿を変えて、これからずっと僕達の前に突き付けられるんだから。そんなの前から知ってた。知ってたからポポロ市でお菓子屋やってるときはアキちゃんと距離を置いてたんだ。なんだかんだで獣人の女には獣人の男がお似合いだよ。


「うん、ありがと。」


 唇を噛んで笑顔を僕に向けるアキちゃんがか、可愛い。


「うん、任せて。」


 ケンちゃんのことと、アキちゃんを戦場で守るってのはたとえアキちゃんとのお付き合いがお釈迦になったとしても貫徹しないとね。


暗黒面ダークサイドに堕ちたか。」


 ボソッと葵ちゃんがなんか言った。

 暗黒面ってなんだよ?


「アキ、じいじはああ言うけど私達のとこは割かしフリーダムだから大丈夫だよ。今夜は飲もう!」


 玲衣亜も、フリーダムってなんだよ?

 聖・ラルリーグの目を忍んで行動してるからむしろ不自由な気がするんだけど。


 そんなこんなで、しばらくして僕達は爺さんの家を辞して、噂のトール城へと向かった。いきなり僕とアキちゃんの二人にパンを任せるわけにはいかないから、しばらくは一緒に行動しようってことらしい。なお、トール城にいる虎さんチームの人員が増えても問題はないみたい。葵ちゃんが人生初の後輩だとか言って喜んでたから、僕達もお手伝いさんということになるんだろう。


 玲衣亜も葵ちゃんもアキちゃんに気を遣ってくれてるのがよく判る。伊左美はいつもどおりって感じ?


 一方の僕は気分がかなり悪くなっていた。


 アキちゃんと上手く付き合うってのが途方もなく難しいことのように思われてね、そのことで気を揉んでばかりになっちゃったんだよ。アキちゃんの愛してるモノ、大切なモノ……僕でしょ? なんだけど、にしても僕ばかりじゃないからね。


 自分の中で付けてた折り合いが爺さんのおかげでおかしなことになったわ。

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