10-24(268) タケシの行方
「靖はアキをエルメスへ連れ去った一件で確かにオレ達をまんまと嵌めたわけだが、そんな靖さんの背信行為もチャラにしていいって思えるほど靖はすでに大きな功績を上げたとオレは思ってる。」
アキちゃんの話のあとで伊左美が僕の肩に腕を回して言った。功績? それもい大きいヤツ? なんか知らないけど褒めて褒めて褒めてみて。
「エルメスに移り住んだ獣人達に国を守るっていう目標を与えて無事に帰国させたろ? あれを例えばオレ達がアキちゃんを利用してやろうとしたって、全員をちゃんと帰せたか判らないし、ブロッコ国の監視下に置かせるのも難しかったかもしれない。それを見事に成し遂げた靖は凄いよ。」
う、普段褒められることあまりないから変な感じ。そ、それほどでも……あるけどもぉ。
「それだけに獣人の大将がまだ向こうに居残ってるってのがとても悔やまれる。いま帰国してきた獣人達が対コマツナ連邦用の兵隊だとするなら、居残ってる奴らは間違いなく対聖・ラルリーグのための準備を継続するのが目的なんだろう。なにしろあいつらの真の目的は打倒聖・ラルリーグなんだからな。」
それは僕も薄らと感じてたよ。
「うん、だから僕はずっとあっちにいて、そいつらがなにもしないように近くで祈るつもりだったんだ。そう、こっちに戻ってきたのがそもそもの計算間違いだったんだよね。」
言い訳じゃないけど、ね。
「ああ、でも戻ってきてくれて良かったよ。一般社会にいるならともかく、獣人たちと一緒にいたならなおさらな。」
「別に一緒にいたわけじゃないんだけど。」
「ま、いいわ。で、アキのことはいいとして、靖自身はどうなん? ずっと一緒にいたタケシだっけ? そいつをやっつけるのに抵抗はない?」
「ふ、笑止ッ。あるわけないじゃん。」
そう、あるわけない。あるはずがない。だって相手は聖・ラルリーグと敵対する獣人だから。
「ならいいや。じゃあ、とりあえず昼からの予定をアキに話してきな? 話し方は任せるわ。タケシをやっつけに行くって言ってもいいし、ケンちゃんを迎えに行くって言ってもいいし。」
「うん。」
そう言って伊左美は腰を上げるとお尻に着いた埃をパンパン叩きながらみんなの方へと歩いていった。
少し遅れて僕も立ち上がり、アキちゃんを呼んだ。
結局アキちゃんには、これからタケシ達のところへ行くとだけ伝えた。
僕がそう伝えた瞬間、アキちゃんの目が大きく見開いたから、タケシ達のところへ行く目的までは一々話さなかった。もう十分彼女は判っている。伊左美と玲衣亜、葵ちゃんを含む僕達がタケシ達に会いに行く理由といえば、彼らをやっつける以外にない。あ、あとアパートの部屋を壊されたときの修繕費用を回収しないといけないんだった。
僕がそれに続く言葉を言うのを待つように彼女は僕を見ていたから、
「僕は行くけど、アキちゃんはどうする?」
と僕の意志が固まっていることを暗に伝えた。
また彼女は表情を変えた。
すぐに答えは返ってこない。
「これから爺さんチに寄ってからエルメスへ行くから、それまでに決めておいて。」
「靖さん……。」
彼女がなにかを訴えるように僕の名前を呼ぶ。
「僕、タケシとは別に友達じゃないから。」
誤解がないように。
僕が願うのはアキちゃんの幸せであって、タケシは関係ないんだ。
もしアキちゃんがタケシの平穏無事を願うなら、僕とアキちゃんは相容れなかったってことだわ。
僕はこれ以上彼女を刺激しないように静かにその場を離れてみんなと合流した。
それからまもなく僕達の前にやってきたアキちゃんの雰囲気は先程までみんなと一緒にいたときと変わらないようだった。
そして、伊左美と玲衣亜主導で爺さんチに向かった。
まず、エルメスへ赴く前に爺さんがトトさんを召喚し、続けてマーカスさんとケビンさんを召喚してくれた。聞けば、マーカスさんとケビンさんも特殊な力を持っているようで獣人を相手でも遅れを取ることはないとのこと。僕も戦い方とか知らないけど自分の無事だけは確保できるから遮二無二がんばればタケシの一人や二人くらいどうにかできるよね? ということは戦力としては四人、ほか伊左美と玲衣亜、葵ちゃん、アキちゃんの計八人でエルメスへ出発した。
久し振りのポポロ市。
トトさんがいればタケシ達を殺さずに制圧するのも可能なように思われたから、そこまで手に汗握ることなくみんなをタケシ達のお店まで案内できた。僕が用心するべきはタケシとタクヤから送られるであろう軽蔑の視線と罵声だな、と思った。
ところが、タケシのお店に来たはいいものの人の気配はなく、扉には貸し店舗の貼り紙が掲示されていた。
「靖? ここで間違いないの?」
玲衣亜が僕に尋ねてくる。
待ってね、僕が嘘を吐いてタケシ襲撃の邪魔をしてるんじゃないかとかって疑わないでよ?
というわけで次にタケシが住んでいるアパートに向かった。
だが外れ。
「いないのか。」
トトさんが無駄骨を嘆くように小さく溜め息を吐く。
「靖、ここにもいないようだけど、ホントにここで間違いない?」
玲衣亜が再度、確認してくる。
玲衣亜と伊左美が僕のことを疑ってるとは思わない。
だけど頭は真っ白。
なぜ? なぜ? なぜ忽然と姿を消してるんだ?
どんな返事をすればいいのか判らない。標的がいないとあってはなにを言ったところで言い訳にしかならないし。
「た、確かに、最近までタケシはここに住んでたんだ。ボロボロの身体で、全身に包帯を巻いて。ここにいないのは、タイミング悪く引っ越したとか、そういうことだと思うけど……。」
僕がうろたえてるのを察したのか、
「ええ、靖さんの言ってることは間違いではないんだ。確かに、この部屋に前までタケシさんは住んでたんだ。」
とアキちゃんがフォローしてくれた。
ありがとう、ありがとう、でもアキちゃんが言ってもダメなんだよ。
「そっか、それは困ったわねぇ。」
僕の予想とは裏腹に玲衣亜がアキちゃんの言うことを疑いもせずに困ったと唸った。
「仕方ないですね。ここは一度戻って、祖父にダニーを呼んでもらいましょうか。」
玄関前で二の足を踏んでいる僕達に葵ちゃんがそう言った。
ダニ-?
そうか、ダニーならタケシの行方を知ってるかもしれない。




