10-22(266) 帰ってきた
「ブロッコ国の追手は二人、見てのとおりもう死んでおる。」
生き残っていたのは僕たちを迎えに来てくれた人達の方だった。はぐれの仙道で虎さんとも親交があるという鉄斎さんと桔梗さん。鉄斎さんは長髪、無精髭を生やした男、桔梗さんは長髪を後ろで束ねた睫毛の長い女だった。二人は僕達への簡潔な状況説明と挨拶を済ませると、足元の二体の死体を示して言った。
二体とも見覚えのない顔だったから、追手が何者なのかさえ判らない。宮廷関係者なのか、別の組織なのか、でも知った顔じゃなくて逆に良かったとも思えた。
「知らない奴らだ。」
僕は死体を確認して二人にそう伝えた。
「こいつらはおそらくブロッコ王国宮廷お抱えの仙道だな。古くから宮廷に仕えていて最近は大人しくしていたはずだが……、あんたの逃走先がよほど気になったんだろうな。」
「いまはブロッコ王国とは言わないんじゃないですかね。鉄斎さんはこの二人をご存知なんですか?」
「ああ、一人とは前に付き合いがあったからな。元は聖・ラルリーグにいたんだが議会に嫌気が差してブロッコ国へ逃げたんだよ。それから何度か会う機会があって、そのときに宮廷にいるんだって言っておったわ。」
「知り合いでしたか。」
仙道の世界は狭いと思う。
それに鉄斎さんも結構長生きしているんだろう。
長く生きてればそれだけ知り合いの数も増えるしね。
「知ってる奴だったから楽にやれた。あと、まさか敵さんもあんたらがとっくに仲間と逃亡を示し合せているとは思わなかったんだろうな。それが良かった。」
「そ、そうすか……。」
追手の手の内が分かってたからってことかな?
ふと、僕がいま手にしている銃に思い至った。
「逃亡先ですよね……、例えばですが、誰かを追跡する目的で物にマーキングするためとかの術を施す仙道とか術師とかっているもんなんですか?」
狐々乃ちゃんが僕をあっさりと見逃したのが僕達を泳がせるためだとするなら、やはりこの拳銃を所持し続けるのは危険だと思われた。
「さあの、特にそういう奴に心当りはないが、やれる奴もいるかもしれんからな。」
「もしかするとこの拳銃ってのにそうした仕掛けが施されているかもしれないんです。」
「心配ならもう放るしかないな。だが放るにしても慎重にな。それ、異世界の物なんだろ?」
「ええ。」
正直、伊左美がくれた拳銃を手放すのは仲間全体で所有している武器を捨てるようで気が引けたけど、もし僕の推測どおりに銃になにか仕掛けられていたらと思うと、選択の余地はなかった。
弾倉から薬莢を抜き取り、道から逸れた森の中、小さな穴を掘って銃はそこに埋めた。これで万一発見されたとしても暴発の恐れはない。問題はまた僕が戦力にならなくなってしまったってことだな。
「さっきは戦いの音を聴いて駆け付けてくれたんだろうけどさ、生き残ってたのが追手側だったらどうしてたの? やっぱりさっき捨てた銃ってので戦うつもりだったのかい?」
銃を埋めるときに桔梗さんが尋ねてきた。
「そうですね。銃なら相手にもよりますが、弾が当れば仙道でも致命傷を免れえないでしょうから。」
「異世界へ行くのはいいがそんな物ばっかり持ってくるなよ? ワシらが安心して暮らせなくなるからな。」
と鉄斎さん。
「はは、そらそうですね。そういうのがあるから聖・ラルリーグも異世界禁止令を出てるんでしょうし。そこらへんはみんな判ってますよ。」
「ならいいんだがな。」
鉄斎さんは“はぐれ”だけど僕達が異世界とこっちを行き来してるのを多少憂えてるみたいだね。
それから僕達四人は山道を下りるんじゃなく、森の方へと分け入っていった。まだ追手がいるかどうか気配を探るためらしい。その間にアキちゃんにバンダナを巻いてもらった。もう聖・ラルリーグ領内だから忘れる前に隠しておかないと、下手に獣人の存在が露見したらうるさそうだからね。
「神陽さんもなかなか愉快なことをしてるみたいだね?」
山道を下りるのではなく、なぜか森の方へ分け入りながら桔梗さんが楽しそうにそう言った。
「そうですね。あの人は面白い人ですよ。」
虎さんはこの人達にどこまで話てるんだろうと思う。親密度を度外視しても“はぐれ”という時点である程度は信用できるんだろうけども。
「まあ、あの男は長生きできないな。」
鉄斎さんも失笑を漏らしながら言った。
まもなく鉄斎さんと桔梗さんがそれぞれの霊獣を出した。立派な翼を持つ大きな鳥と立派な角を持つ大きな鹿だった。僕達は霊獣に乗せてもらって、夜明け前に虎さんの屋敷に到着。
屋敷には虎さんと爺さんが待っていた。
僕達を送り届けてくれた鉄斎さんと桔梗さんは虎さんと爺さんに挨拶だけすると、そのまますぐに引き返していった。なんとも慌ただしいことだ。
虎さんが言うには、あの二人は最近まで実施されていた議会による“はぐれ”のデータ収集に腹を立てており、それで議会が困るような事件でも起こればいいと考えているらしい。それに暇人だし……と虎さん。ず~と戦もなく平和なご時世で退屈してるんだろうから、あの二人は火種を自ら消すような真似をしないよと、虎さんはそう考えているみたい。それで異世界のことも爺さんが関わってることも話せたわけか。
「でも一人でも二人でも理解者が増えたんなら良かったよ。あの二人強そうだし、いざってときには頼りになりそう。」
僕がそう言うと、
「いざってときがないのが一番だけどね。ま、局地戦ならいざ知らず、本気のガチで私たちと聖・ラルリーグが敵対したときは勝てる道理もないからどう被害を最小化するかってとこに知恵を絞らなくちゃいけなくなるだろう。そのときはボス、頼りにしてるから。」
と虎さんが笑いながらおっしゃる。
都合の良いときだけボスって呼ばないで。これじゃボスに見せ掛けたトカゲの尻尾にされそう。されそうじゃない? 責任だけは名ばかりのボスに押しつけてっていう。
「僕もう一回逃げてるからボスじゃなくていいです。」
ちゃんと伝えとかないと!
「前も言ったけどウチらのボスは靖さん以外にはありえないから。ま、話はあとにして早く寝て。二人とも今晩はお疲れでしょ?」
僕とアキちゃんが翌日からどう過ごすかってのは明日話すということで、今夜はとにかく眠ることになった。虎さんの屋敷のお庭、廊下、お部屋、もう二度と踏み入ることはなかったと思っていただけにそうした物のすべてが懐かしい。なんだか久しぶりに実家に帰ってきた気分。
ただ、虎さんの思惑も探らないといけないから、多少、警戒はしないとだけど。相手の厚意を素直に受け取れないってこういうことなんだろうねって思っても、やっぱ素直にはなれないんだなぁ。




