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10-21(265) 追手と迎え

 アキちゃんに道案内をしてもらいながら、どうにか無事に虎さんと打ち合わせた国境に出た。国境といっても特に両国間を遮る物は一切なく、道の端に境界杭が打ち込まれていて、その隣に国境であることを示す石碑が置かれているだけ。


 ここを通って国境を越えるには険しい山中を進まなければならないので、この道を通るのは脱邦者くらいらしい。といっても基本的に聖・ラルリーグ側から連邦側への移動はあっても、連邦側から聖・ラルリーグ側へ移動する獣人はいないのだとか。一部の貿易を除いて国交のない両国関係を思えばお互いに相手の国が逃亡先に相応しくないのはもちろんだが、一方で連邦側は来る者拒まずの精神だから聖・ラルリーグの人間が国を捨ててきた場合、その人に対してとやかく言う獣人はいないのだという。


 ここまで来ればもう安心だ。


 少なくとももうブロッコ国側からの追跡に怯える必要はなくなったんだ。


 あとは聖・ラルリーグ領内の山賊やら追剥にさえ気を付ければいいだけだが、虎さんとの打ち合わせでは国境付近に迎えの人を寄越しておくと言ってたはずなんだけど……。


 この道の国境付近と言えばこのポイントしかないという場所にいま立っているわけだが、どうにも人の気配がない。


 もしかして道を間違えたのか?


 かといって大声を出して迎えの人たちが来ているかどうかを確認するのも怖いし。変な人や動物とか呼び寄せたくはないからね。


 それとなく迎えに来た人の方が間違ったのではないかというようなニュアンスを含ませて、この道で待ち合わせ場所が合っているかどうかをアキちゃんに確認してみたけど、まず間違いないとのこと。


 では、どうするか?


 迎えを待たずに出立するか、ここで迎えを待つか。


 アキちゃんと話し合い、結局、密入国するのに不案内では行く先不安だからというんで迎えを待つことにした。疲れもあったし、休憩してりゃいいやってね。


 そう決めた矢先だった。


 コツンと足になにかが当った。暗くてよく判らなかったが、なにかがぶつかり、そのなにかは足元に転がったようだった。


 足元を探るとそこにはクシャクシャになった紙が落ちていた。丸まった紙を広げると中に石が入っていた。


 これが僕の足に当ったんだなと思った。


 さて紙にはやはり文字が書かれていた。シワシワになった文字を読み解くと、


≪虎神陽に頼まれた迎えの者だ≫

≪追手の気配あり≫

≪我らもう少し先で待つ≫

≪こちらから声を掛けるから、このまましばらく道なりに歩いてゆけ≫


 と書かれているのが判った。


 追手の気配だって!?


 思わず周囲を見回すが、やはり誰の気配も感じられない。それこそこの紙を投げた人物の気配も感じられないから僕の気配察知能力の方に不足があるんだろうけど。


 これじゃ僕がいくら周囲を注意してみたって注意できてないのと同じだから、いまさらながら超絶不安になるんですけど。


 一体、いままでなにを警戒しながらここまで来たんだっていう話じゃないか!


「じゃあ、歩いていこっか?」


 僕はなるべくなににも気付いていない振りを装い、アキちゃんを促して歩き出した。




 暗い山道。


 砂利を踏みしめる僕たちの足音だけしか聴こえない。風もなく虫の鳴き声もない。追手の足音もなければ、僕たちを迎えに来た人の足音もない。


 正直、気が気じゃなかった。


 気配のない追手が気配もなく僕たちに近付き、刀で斬りつけてくるんじゃないかと想像しただけで身震いした。狐々乃ちゃんかとも思ったけど、その可能性はすぐに否定した。なにしろ狐々乃ちゃんは別れ際に僕に拳銃を返してくれたじゃん。だけど拳銃を寄越された理由についてはあれから考えてみたけどやっぱり判らない。ひょっとするとこの拳銃に僕たちの居場所を追跡するための秘密の術が掛けられているのかもしれない? でもまた異世界騒ぎが起こらないともかぎらないからそう易々とポイできないし。ポイするなら分解してからだよね。


 とにかく追跡されているという状況はまずかった。


 迎えの人と合流するのを目撃されてしまってはそれだけで虎さんの思惑から外れてしまうし。僕とアキちゃんはあくまで僕たちだけの意志で逃げ出したと思わせなければならないからね。僕たちの背後に誰か手引きした黒幕がいるとちょっとでも思われてはならないんだ。


 そんなことを考えると、もう作戦失敗した気になっちゃって、気が急いたり重くなったりで、どうしようかと思案してもまったく良い案が出てこない。


 虎さんなら追手を迎撃して口を塞ぐんだろうけども。僕にはそれができる気がしない。だって追手の気配すら感じられないんだよ? 立ち止まってさ、居るのは判ってるぞ出て来い姿を現わせとか言って出てくるような追手もいないだろうし。僕が追手なら相手が立ち止まったら自分も立ち止まるし。追手に自分の居場所が看破されてるものと思わることができるなら、追手と対峙することもできるだろうけど、じゃあどうやってって話になるとてんでアイデアが思い浮かばない。休憩してる振りをして追手が痺れを切らすのを待つなんて手もいまは使えないし。下手すりゃ召喚される瞬間を目撃されちまう。最悪それでいいんだけど、それだと作戦上は失敗ってことになるんだよね。


 もおおお、どうしよ?


「ねえ、迎えに来てくれた人からの指示は“ このまま歩いてゆけ ”だったでしょ? だからしばらくはヤキモキせずにこのまま歩いてよ?」


 僕の不安を拭うようにアキちゃんが穏やかにそう言った。


 そうだ。いまの僕たちの最善の方法は迎えに来てくれた人の指示に従うことだもんね。




 しばらくして僕たちの後方の遠い位置からカン! という鉄と鉄がぶつかったような音が静かな山道に響いた。


 その音を聴いて立ち止まり耳を澄ませてみたが、その音はその一度切りで二度目はなかなか聴こえてこない。


 でもなにかある、とは思った。


「いまの音って、追手と迎えの人の刀と刀がぶつかった音かもしれないね。」


「そうね。」


「ちょっと様子が判らないけど、音のした方へ行ってみよう。」


「うん。」


 僕の提案にアキちゃんは即座に首肯した。


「相手は仙道かもしれない。だからアキちゃんは最初は様子を見てて。まず僕が突っ込むから。」


「判ったにゃ。」


「前後で二手に分かれる感じね。アキちゃんは僕の姿を見失わないくらいの距離を空けて付いて来て。」


「OK。」


 そう言うとアキちゃんがスッと足を止めた。


「僕を見失わないでね。」


 そう言い置いて僕は元来た道の方へ駆け出した。


 単純な殴り合いならアキちゃんも仙道と渡り合えるだろうけど、相手がなにをしてくるか判らないうちは彼女を前面に押し出すわけにはいかない。僕なら刀は効かないし、銃弾も効かない。玲衣亜にブッ飛ばされたときの墜落の衝撃にも耐えることができた。とはいえ、僕の仙八宝も無敵ってわけじゃない。拘束に弱いし、おそらく毒も効く。お酒を飲んだら仙八宝を使ってても酔えるからね。アルコールが効くってことは毒も効くと考えておいた方がいいだろう。


 相手次第じゃ、僕もなにもできないかもしれないな。


 駆け出してまもなく、二つの人影が見えたので駆け足の速度を緩めた。


 相手の顔を知らないから、その人影が追手なのか迎えなのかさえ判らない。


 相手には見えないかもしれなかったから、僕は拳銃を取り出すと一発地面に向けて発砲した。


 バアン!!


 と火薬が弾ける音が鳴り響くと、辺りの小鳥が飛び立ちザワザワと枝葉が揺れた。


 二つの人影も驚いたのか反射的に身体を伏せていた。


「すいません、いきなり撃つつもりはないんですがね、一つだけ質問に答えてください。あなた方がここにいることを依頼した人物の名前を教えてもらえますか?」


 ゆっくりと二つの人影が身体を起こす。


 二人が争っている様子はないから、逃げられてしまったにせよやっつけた後にせよ、二人供に味方か敵かのいずれかだ。


 さっさと答えろよと思った。


 ひょっとするといまの発砲で怒らせちゃったかな?


 最近はみんなが敵に見えるから困るわ。

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