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10-17(261) 決めた

 爺さんチから宮廷に戻ってひと眠りして、改めて目が覚めたのは日が高くなってからだった。といっても襖を締め切った部屋内は薄暗く、ややひんやりとした空気が漂っていて、まるで今日という一日から隔絶されたスペースのよう。おお、日光が降りそ注ぐ外へ出るのが怖い。


 というわけで宮廷内でお昼を食べるのも罰が悪いので女中さんにお昼を断ってから宮廷外へ出ました。当然、出入り口で見張っている狐々乃ちゃんも付いてきた。


 ちょうどお昼前だったこともあり、狐々乃ちゃんのおなかもグウと鳴る。


「昼飯奢っちゃあか?」


 江精明から貰った決して少なくないお給金が入っている巾着袋を手の平の上でジャラジャラ鳴らしながら提案してみると、


「いいです。」


 と、相変わらず素っ気ない狐々乃ちゃん。


 おい、この靖の食事の誘いを断るということがどういうことか判っていないようだな。過去の治りかけの傷口がグイグイ広がって悲しみが溢れ出てくるだろぉ?


 というわけで昼飯は奢らなかったけどお饅頭を奢った。そして、二人でお饅頭を食べながら異世界のパンやお菓子についてだとか、僕が異世界でお菓子屋で働いていたことなんかを話した。こういう話をワクワクしながらできるのも虎さんと昨日話したおかげだね。虎さんが僕の裏切りを不問にすると言ってくれたから、なんだか心の重しがなくなった感じ。


 そう、僕には夢があったんだ。


 お菓子屋を開いて一攫千金! とかね、思ってたけど、いまは純粋にみんなとお菓子屋をオープンだけを目的に据えても、それも悪くないかなと思ってる。


 そんなこんな考えつつ、僕は狐々乃ちゃんとの話で夕方近くまで時間を潰し、宮廷に戻った。




 そして夜、月が照らす中庭でアキちゃんと逢った。


「今日はどうしたの? 私たち別に忍んでる仲でもないのに。」


 中庭の人気のない辺りまで歩いてきたところでアキちゃんが尋ねてくる。ふだんは縁側とかで話してたりするのに急に中庭に誘っちゃったもんだから驚かせちゃったかな?


「演出……じゃなくて、今日はカベくんとショウジくんに聞かれても見られてもマズイ話をするから、ちょっとね。」


 あ、話だから見られてもいいのか。見てもいいけど聞いちゃイヤん! っていう。


 とりあえず僕たちは中庭に転がっている立派な岩の上に腰を下ろした。


「これから僕が話すことはモノの見方の一側面でしかないんだけど、聞いてみて素直な感想を言ってみて。」


 あんまり衝撃が強いかもしれないから、そう前置きをしてから実は僕たちは保護されているんじゃなくて軟禁されてるんじゃないかという話をした。それに対し彼女はあまり驚きもせずに、自分たちがここにいるのはブロッコ国の都合でもあるから軟禁されているように思えるだけじゃないかって言うんだ。聖・ラルリーグの城の脱獄囚と囚人を攫った犯人だと露見すれば、あくまで困るのは自分たちにほかならないってね。うん、そこは僕も否定しない。ただ、双方の都合を突き合わせた結果がこれじゃああまりにも僕たちが割を喰ってると思うんだよね。


 僕たちは軟禁されているのではないかという僕の推測に対する彼女の感想を聞いて、僕は次にどんな問い掛けをしようかと考えた。だけど僕は彼女に宮廷を出たいって言わせようとしてんだなぁと自分ではっきりと判ってしまった時点で、彼女になにか尋ねるのはやめにした。


 彼女に言わせるんじゃなくって、僕が言わなきゃ。


「でもここにずっといたってつまらなくない? 宮廷の中じゃすることないし外に出たら出たで監視が付いてるしで、なにもできない。アキちゃんだってお女中さんと同じように働かせてもらってはいるけど、アキちゃんが本当にしたいことはここにいたんじゃできないよ。」


 話の展開は違えど、この不自由の問題についてはこれまでも宮廷内で僕たちが散々話し合ってきた話題だった。保護されて二、三日はアキちゃんもこっちの世界に戻ってきた意味がないだとか、ブロッコ国にとっても迷惑な存在でしかなくなってしまったとか悲観してたんだ。それがいまは女中仲間と一緒に働いたりお喋りするうちに落ち着いてきているだけ。


「うん、そんなことは判ってるにゃ。」


 諦観を秘めた口振りでアキちゃんが答える。


 僕はアキちゃんが口には出さなくても、本当はすぐにでも宮廷を飛び出してナツミやユキコのいる場所に駆け付けたいと思っていると信じている。


 もしかすると江精明は三食昼寝付きの好条件で僕たちを優遇することにより、僕たちが自発的に世間に戻ることを拒絶するような形に持っていこうと画策したのだろう。虎さんの僕が利用されてるって話を聞いてなければそんなこと思い付かなかったかもしれないけれどね。ふふん、だけどそんな甘っちょろいやり口で大人しくなるほど僕たちの意志はヘナチョコじゃないのだ。


 「判るでしょ? だからここを出よう。」


「え?」


 宮廷から出るのは虎さんの厚意とは関係なく実行しようと思っていた。虎さんたちと一緒にまたお菓子屋オープンに向けて動けるかどうかはアキちゃんと相談してからじゃないと決められない。


「ここを出ることについて、アキちゃんはどう思う?」


「ここを出るっていうのは精明さんの許可を得てってわけじゃないんだよね?」


「うん、許可とか……連邦との戦が終わったって下りるかどうか判んないぜ?」


「まあ、ね。でも、ここを出るにしたってどこへ行くっていうの?」


「ブロッコ国内だと江精明が手を回すかもしれないから、聖・ラルリーグへ出奔しようと思う。」


「聖・ラルリーグ!?」


「といっても、ずっと聖・ラルリーグにいるわけじゃない。とりあえず宮廷を出て、聖・ラルリーグ領内に入りさえすれば、あとは思うがままさ。」


 聖・ラルリーグへの逃亡案にまだ腑に落ちないといった様子のアキちゃん。下唇を軽く噛んで思案顔。


「大丈夫。アキちゃんがこっちの世界に戻ってきた目的を僕は忘れてないよ。それに僕にもやりたいことがあるんだ。」


「靖さんのやりたいこと?」


「アキちゃんとイチャイチャしたいとか……もだけど、お菓子屋だね。僕はこっちの世界でお菓子屋を開きたいんだ。」


「ああ……、ええ、知ってる。そうだよ。それにゃ。ここからは早く出なきゃね。」


 その一言にすごくホッとした。


 さて、次は虎さんたちのことを話さないと……って気を揉んでいたのだけれど、意外にもアキちゃんはあっさりと虎さんたちと一緒にお菓子屋オープンに向けてがんばることに同意してくれた。


「虎さんが言ってたんだけど、前のときの詫びにアキちゃんに一発殴らせてやるってさ。」


「あら、いまの私に? 聖・ラルリーグの人が?」


「たぶん、術のことを失念してるだけだよ。ただ、そういう気持ちがあるってことだけは確かだから。」


「うん、そういうことにしといてあげる。」


「あと、虎さんたちに会ってもアキちゃんは謝らなくていいからね。アキちゃんいろいろと責任感じ過ぎちゃって、余計に謝ってる部分もあると思うから。」


「え、でも実際、伊左美さんと玲衣亜さんを傷付けちゃったし……。」


「いや、関係ないよ。過去のことは不問! 昔のことはもうなんにも問わんのよ。お互いにね。じゃなけりゃ、アキちゃんは仲間の男を殺されてるし、アキちゃん自身も酷い目に遭わされてるってんで逆に虎さんたちを許せないんじゃない?」


 言ってて、不意に男の死の真相が気になった。小夜さんは男が麦アレルギーだったからと言っていたが本当なのだろうか?


 やめとこ……と思った。


 アキちゃんは確かに男の死に際を目にしていたんだろうが、当時、小夜さんの言葉を否定しなかったってことは、きっと男が本当に麦アレルギーだったか、もしくは小夜さんの術で真相を語れなくされてるんだろうから。


 こちらの意志は決まった。


 あとは伊左美と玲衣亜次第……か。

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