10-16(260)ご立腹
爺さんがダニーを召喚できると判り、一刻も早くダニーを召喚しようって話になった。すでに死亡してる説も囁かれたが、死んでたら召喚の術が効かないだけだからってんで爺さん、気合いを入れてダニーを召喚する。もういまが夜だとか昼だとか言ってられないからね。
まもなく、爺さんの前に現われたのは意外にも起きた状態のダニーだった。とりあえず生きてたみたいで一安心。でもこの子がブロッコ国に幽閉されてた異世界人の子供だったなんて驚きだなぁ。いままで全然気づかなかったよ。でも、仙道になってたっていうんならタケシたちと一緒にいたのも多少は頷ける話だ。なんてったって身体能力的には一般人よりは獣人寄りなんだから。
で、召喚されて混乱の渦中にいるであろうダニーはキョトンとした顔でキョロキョロしてやがる。
みんながその様子を黙って見ている。
はっきり言って虎さんと爺さんにとってのダニーの印象は最悪だった。
葵ちゃんの家から一晩もしないうちに逃げ出したってのが二人には許せなかったらしい。それに知らない土地に来て家出するなんて浅はか過ぎというか馬鹿というかアホだと虎さんは呆れていた。爺さんはダニーのことをいい加減な奴だとぶつくさ言ってたし。
だからまず、みんな実際のダニーを前にして、そいつがどんな奴なのかを観察していたって感じ。
ま、他の人たちから聞くかぎりじゃあダニーって子は碌でもない奴って評価にしかならないよね。実際、僕も半分はそう思ってるし。
「あッ、葵さん?」
葵ちゃんに気づいて驚くダニー。
「よお。」
床の上に膝立ち状態のダニーに対し、椅子に腰を下ろしたままの葵ちゃんが冷たい目を向ける。
「なんで葵さんが? ってかここどこなんスか? あ、もしかしてまた不思議な力を使ったんですか?」
どうにか自分の置かれている状況を把握しようとしているのか、矢継ぎ早に質問を投げかけるダニーだが、葵ちゃんはそれには答えず、
「お前、私のこと舐めてるよね?」
と責めた。
「え……。」
とダニーが言葉を失う。
「クッソ舐めてるよね?」
葵ちゃんが相当腹を立てていらっしゃる。ポポロ市の公園で僕に向けられた剣幕に近いものを感じるけど、場合によっては人がやられてるのを見る方が辛いんだよね。
「いえ、別に舐めては……。」
ダニーが言い終えるのを待たずに葵ちゃんがそっぽを向いたから、ダニーも語尾を言い淀む。
って、葵ちゃんが会話を放棄したらダニーが超可哀想なんだけど! しゃあない。
「ダニー。」
ちょっと声を掛けてみた。
「あッ、靖さんッ?」
間抜けっ面で僕の方を見るダニー。
「靖さん? で、葵さん? あッ、お爺さんもッ。ええ? なんで?」
驚いたり狼狽したりで騒がしいダニーをひとまず制して、葵ちゃんの家から逃げ出した理由を尋ねてみた。
するとダニーの野郎、葵ちゃんの家に連れてってもらったときはとても嬉しかったらしいんだが、まもなく異世界で仕出かしたとんでもないミスに気がついて生きてくのが辛くなったから家出したんだって言うんだ。もおおお、ホントにこの子はなにしてんだ?
っていうか生きてくのが辛くなったとか言わないでよみんなでがんばって救出したのが意味なかったみたいじゃない?
で、葵ちゃんの家を飛び出してからこれまでなにしてたのかと問えば、山で遭難してたって言うんだよね。そうなんっていう。山に分け入ってしばらくしてやっぱ帰ろうって思ったらしいんだけど、そのときには帰り道を見失ってたんだってさ。やっぱこの子アホだった!
借金のことといい、タケシたちとつるんでいたことといい、マフィアと殺し合いをやらかしたことといい、なんでこいつはこうも向こう見ずなんだ?
「ま、いろいろあったんだろうから一概にダニーを責めるわけにもいかないんだろうけどさ、こっちの世界のこととか、葵ちゃんの事情とか知らないうちは勝手な行動は慎みなよ。」
責めてばかりでもあれだから、ソフトに言いたいことを伝えてみる。
「すいません。」
この一言だといつもながらに判ってんのか判ってないのか判らないんだよね。ま、いいけど。
「タケシがダニーが殺されたっつって悲しんでたよ。」
僕は虎さんと同様にダニーの存在が僕たちにとって危ういと感じたから、大人しくポポロ市に帰ってもらおうと思った。だからタケシの話をしたあと、ニコラをやっつけたことも話してしまって、もうエルメスに戻っても大丈夫だと伝えた。
するとダニーも察したのか、
「ニコラをやってくださってありがとうございました。判りました、オレ、フロア市に帰ります。」
と観念したように微笑んだ。
ニコラが死んだあとのマフィアの情勢について本当は僕もよく知らないから一応、向こうに戻ったらマーレライって奴に挨拶して安全を確保した方がいいとダニーに念を押しておいた。
そして葵ちゃんを促し、ダニーを向こうへ送るように仕向けた。
「じゃ、来て。ダニーのアパートまで案内するから。」
葵ちゃんはそう言ってダニーを伴って外へ出ようとする。
「ダニー。」
なんだか肩を落とした感じに葵ちゃんに付き従うダニーの背に声を掛けた。なんだか心にわだかまりができちゃったから、スッキリしたかったんだ。
「いまも生きてくのって辛いかい?」
「少し。」
そう言ってダニーが少年らしい笑みを浮かべる。でも、冗談めかしていても半分本心なんだろうなと思った。
葵ちゃんとダニーが出て行ってバタンと玄関のドアが閉まった。
ダニーの件もあったから、夜明けまでもう間がなくなっていた。
二人がいなくなったのを潮に、僕も虎さんにひとまずの別れを告げる。
僕が虎さんたちとまた一緒に動くか、決別するかの答えを出すのは一週間後だ。
「虎さん、仮に良い返事ができなかったとしても、一週間経ってるからって殺すのはなしね?」
無駄かもしれないけど釘を刺しておく。
「大丈夫だよ。靖さんが私たちと別の道に進むにしたって、私はなにもしないよ。」
「僕の口から虎さんたちの秘密が漏れるとは考えないんだ?」
「いや、私たちの秘密がバレたときは私たちも靖さんのことをチクるし、離れていたって私たちと靖さんはどこまでも一緒だからさ。だからあまり心配はしてないよ。」
「そうだね。僕と虎さんたちは結局同じ罪を背負い続けることになってんだわ。」
「罪とか言われると心外なんだけど。」
「ふん、やってることはともかく罪は罪だからさ。」
「ふん、まあいいよ。じゃあ、また来週。」
「うん。じゃ、おやすみ。」
虎さんに別れを告げて、僕は爺さんの力を借りてブロッコ国の宮廷に戻った。




