表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
265/283

10-15(259) 葵ちゃんの暴露ネタ

「もうかれこれ五年になるかな。崑崙山での仙道との協議のあとに行方不明になった六星卯海のことなんですが、彼は異世界との関わりを看破されたことから連邦へ亡命したと思われていますが、実のところすでに彼はお亡くなりになっています。」


 爺さんの爆弾発言に対して二、三問答があったのち、今度は虎さんがブッ込んできた。この件について僕は知っていたから、爺さんと葵ちゃんに向けた暴露なんだろうね。


 今度は爺さんがやや驚いたあと、なぜ卯海死亡の事実を虎さんは知っているのか、また秘匿しているのかという疑問を虎さんにぶつけた。


「いえ、実は私がやったものですから。」


 と虎さん後ろ頭を掻きかき少々トーンを抑えて話すと、爺さんが口に含んでいたお茶をブーッと吹き出した。とはいえ爺さんはそんなに取り乱しもせず、虎さんから語られる卯海殺害の動機を聞いて納得した様子。


「私がみんなに秘匿していることといえば、後にも先にもこの一件くらいなもんですかね。」

 

 冷や汗を拭いながらホッと息を吐く虎さん。


 敵を欺くにはまず味方から……ってわけじゃないんだろうけど、情報を共有するのとしないのと、どっちが正解なんだろ、とは思う。今回にかぎっては爺さんが僕のために僕への質疑をみんなの暴露大会へと転じてくれたんだろうけど。


 召喚されたときは爺さんの眼光にヒヤヒヤしたけど、爺さんには感謝しなきゃね。




 「バタバタだけど問題を整理すると、本当に問題なのは靖さんの気持ちと異世界に居残っている獣人たち……ってことになるのかなぁ。」


 深夜にもたらされた衝撃の事実の数々を短時間で頭の中で整理したのであろう虎さんは以上の二つの問題点を抽出してみせた。つまりその二点以外は不問にするということらしかった。虎さん自身も大きな秘密を爺さんと葵ちゃんに対して抱えていたから、あまり大それたことを言えなくなったんだと思う。


 タケシたちが異世界に留まっているのが問題だというのは判る。元々僕がアキちゃんを攫ってさえいなければ早々に片を付けていた問題なんだから。


 でも僕の気持ちってなんだ?


 反省してるとかそんな感じの気持ちがあるかどうかってこと?


「僕の気持ちってなんなん?」


 率直に尋ねてみる。


 葵ちゃんと爺さんは自分たちも爆弾発言したからなのか積極的に口を挟む気はないみたい。


「ん、靖さんがどうしたいかってところをね、もう一度聞かせてみてよ。ウチを出てったときみたいな感じで、真面目にさ。ま、あのときの一般社会で生きてくってのは嘘だったみたいだけど、惚れた女を助けるためってんだったら多少はやむなし、かな。男の子だからね。」


「僕がどうしたいか?」


「そう、これからどうしたいかをね。念のため、靖さんがあれこれ余計なことを考えないで済むように言っておくけど、別に靖さんがどのように考えていたっていいんだ。それはダメ、こうじゃないとダメとかっていまの時点で糾弾するつもりはない。夜明けまでには、ちゃんと靖さんをブロッコ国の宮廷に戻すよ。つまり、どんな回答をくれても靖さんが傷付くこともなければ死ぬこともないからさ、安心して正直に答えてくれればいいよ。」


 せっかく鎖で捕えてるってのになんと答えても逃がしてくれるとか、裏切りへの制裁がまったくなくて逆に怖いんですけど。


「ってとこまで話したから、一つ提案なんだけど……。」


 ん、提案?


「靖さん、こっちに戻ってくるつもりはない?」


「え? こっち?」


「実は伊左美と玲衣亜がお菓子屋とまではいかないけど、パンの販売を始めたんだ。ただ始めたのはいいんだけど今日の話にもあったように私たちはこれからブロッコ国の端っこに行っちゃうからね。その間パンの販売ができなくなるわけ。となるとせっかくのお客さんも離れていってしまいかねないし、材料の提供先との交渉も難航することになる。そこで靖さんに協力してもらえれば伊左美と玲衣亜の抜けもしっかりとカバーしてもらえるんじゃないかってね。」


「へえ、ついにパン屋をオープンしたんだね。なんだ? 僕は本気でこっちでお菓子屋を作るなんて無理だと思ってたんだけど、とんだ見当違いだったな。ホント、あの二人は凄いよ。なんでもやっちゃうね。」


「パン屋をオープンしたといってもいまはまだ饅頭屋の軒先を借りて商売しているって段階なんだ。いきなりであまり目立ちたくないからさ。饅頭屋を隠れ蓑に使ってるわけ。だから本当の意味でお店を開いたってわけじゃないんだけどね。」


「いや、お店の形態なんかいいんだ。それよりも本格的に販売を開始したってことがもう凄いんだから。」


「それで、どう? こないだの一般社会云々が本心でないようだから言うんだけど。もちろんパン屋が厭だとかほかにやりたいことがあるってんなら断ってくれて構わない。」


 うう、とてもありがたい提案なんだけれど……。


「この話、伊左美と玲衣亜には通ってるの?」


「いや、まだ話してない。私自身、いま思い付いたばかりだから。」


 むむむ。


「あと、ちょっと話は変わるんだけど、靖さんが何者かってところを江精明は大体見当を付けていると思うんだよね。そのうえで彼は靖さんを利用してるよ。」


 利用?


「靖さんは気付いてないようだけど、ブロッコ国の王様への来客がある度に同席させられてるのは元々異世界へ出入りしていた連中を釣るためだね。おそらく彼は靖さんと異世界の関わりとか獣人の女を攫ったこととかから、元々異世界とこちらを行き来していた連中と靖さんに関わりがあると読んだんだろう。で、王様の隣に座っている靖さんを見て特に反応を示す客がいれば、そいつが容疑者候補に上がるってわけ。まあ、彼が異世界へ出入りしている犯人を特定したからといってその情報をどう扱うつもりなのかまでは判らないけど。」


 なるほど、そしたら江精明が僕らに言った保護するってのは建て前に過ぎなかったってことか? 言い換えればアキちゃんは軟禁、僕も外出時は監視付きだし、なにげに軟禁状態みたいなもんだよね。


「とどのつまりが靖さんは獣人の女とセットで宮廷に縛り付けられてるわけ。ま、靖さんの方はある程度自由に行動できるのかもしれないけど、それは獣人の女がいるからだね。彼女を人質に取っているからこそ靖さんに首輪を嵌めておかなくても大丈夫とでも思ってるんだろう。」 


 アキちゃんが人質とか思い付かんかったわぁ。でもそういう見方もできるね、どこへ行っても敵ばかりじゃないかどうなってんだ?


「そんな靖さんが今夜急に姿を消せば、おそらく今日の来客の中に靖さんと通じてる奴がいるって江精明は考えるだろうから、それは私としても好ましくないし。だから靖さんがどういう返事をしようと今日のところはお引き取りいただこうってわけさ。別になにか含みがあってそう言ってるわけじゃないんだ。逆に言えば、もう宮廷には帰りたくないって駄々を捏ねたって無理にでもお帰り願うから。」


 な、なるほど。虎さんが僕を解放してくれる真意は判ったけれど、う~ん、なんて答えよう。虎さんたちともう一度お菓子屋オープンをめざすってのは物凄く魅力的だけど、アキちゃんがいるし、アキちゃんはみんなからは嫌われてるし……実際、難しいかな。それよりも平和を取り戻したあとのブロッコ国でアキちゃんケンちゃんと幸せに暮らすとか?


「そんな感じだから、あまり宮廷の人間の言葉を素直に受け取らない方がいい。もし江精明が靖さんのことを聖・ラルリーグとの交渉に使える手札の一枚として勘定しているようなら、酷い目には遭わせられずに済むかもしれないけど本当に自由の身にはなかなかなれないかもしれないよ。あ、ちなみに連邦は近いうちに瓦解すると思う。靖さんがなにもしなければ連邦自体は残ったかもしれないけど、もうそんな段階でもないしね。靖さんはブロッコ国に肩入れしていたようだけど……、といっても、まあブロッコ国は安心かな。むしろ戦後はいまより良い状況になっているかもしれないね。だけどブロッコ国の場合、その前に一波乱ありそうな気はするけど。」


 うう、さっきから虎さん一人でペチャクチャ喋ってるから気が散ってしようがない。いろんな情報が耳から入ってくるからもう考えもなにもまとまりゃしないよ。


「ちょっといい?」


 そう言って虎さんの演説を止める。じゃないと僕が口を出せないし。質問しといて答えさせないってのもどうかと思うよ。


「虎さんには信じられないかもしれないけど、僕には虎さんたちの言う獣人の女が大切なんだよ。彼女抜きに僕の幸せを語れないくらいに。」


 せっかく暴露大会の雰囲気になってきたんだからと、僕はもう虎さんの提案を断るつもりで僕の素直な気持ちを伝えた。僕にとってはみんなが嫌っている獣人の女が大切なんだって。


「じゃ、獣人の女も一緒にパン屋を手伝ってもらえばいいね。」


「え?」


「必然的に働き手が一人増える計算になるから私たちとしては悪い話じゃない。」


「でも虎さんは? それに伊左美と玲衣亜は? 僕のこともまだ許してもらってないのに、そのうえ獣人の女まで受け入れてもらえるとは思えないんだけど。」


 さすがに虎さんの正気を疑った。いまのあっさりとした一言でこれまで感じていたドキドキが急激に醒めた。もしかすると虎さんったら別の意図があって嘘八百を並べ立ててるだけなんじゃないか? 例えばブロッコ国に僕を拘束させておくくらいなら殺してしまおうとか……それこそさっき虎さん自身が言ってたように今夜僕の口を塞ぐのが無理だから、また別の日に僕と示し合せてブロッコ国の裏を掻いて二人きりになったところをズドンとか……。


「なにを心配してるんだい? 伊左美も玲衣亜も私に似てとっっっってつもなく心が広いんだから大丈夫だよ。ちなみに私の心はこの夜空よりも広いから。」


 は、伊左美と玲衣亜の心が広いってなんの冗談だよ。あの二人のやり取りを見てるかぎりじゃあの二人の心は水溜まり程度の広さしかないように思えるんだけど。


「うん、判ってる。」


「あら、意外な反応。」


「あ、やっぱり冗談だったの? ふ、いずれにせよ今夜は答えは出せないよ。その、獣人の女とも相談しなきゃいけないしさ。」


「うん、判ったよ。ちなみに、ごめん、その獣人の女だけど、名前はなんていったっけ?」


 お?


「アキ。単純にアとキでアキだよ。」


「アキさんね。アキさんに言っといて。もし一緒にパン屋をやる気があればだけど、一発くらいなら私たちを殴らせてやるって。」


 あ、やっぱり虎さん本気で僕をパン屋の従業員として獲得しようとしてんのかな?


「はは、大丈夫だよ。アキちゃんも心が広い方だから。前は立場があっただけだよ。」


「まあ、任せるよ。じゃあ、また一週間後に召喚させてもらうってのでいい?」


「うん、それでお願い。それまでに答えを出しとくわ。」


 ふう、なんだかんだ虎さんたちと話せて良かった。この先どうするかちょっとまだ悩んでるけど、ああ、アキちゃんと一緒にお菓子屋とか……、虎さんの用意した甘い水に跳び付いたら実は罠でしたとかないよね?




 まだ窓の外は真っ暗。


 聞けば爺さんの召喚の術は被施術者を元いた場所に帰すこともできるんだって。そしたら帰りの心配もないね。虎さんは帰るの大変そうだけど。あ、葵ちゃんがいるからブロッコ国内までは楽チンで行けるのか。


「あの~。」


 もう僕と虎さんの話も終了してあとは帰るだけとなったころ、葵ちゃんが申し訳なさそうに挙手した。


「はい、葵ちゃん。なんでしょう?」


 虎さんが尋ねる。


「実は異世界人の一人がこっちにいま来ていて、行方不明になってるんですぅけど、どうですか?」


 ん、どうですか? ってなんだよ。


「ちょ、もっと詳しくお話してもらっていいですか?」


 おそるおそる説明を求める虎さん。


 なんかヤバい予感がしてきたぞ。


「実はですね……。かくかくしかじかで。」


 葵ちゃんから語られる驚愕の事実!


 なんとダニーがこっちに来ていた!?

 ダニーってあのタケシのところで働いてたダニー!?

 しかも連れてきたのは葵ちゃん!?

 そして連れてきた翌朝には蒸発だって!?


「アウトー!!!」


 虎さんがこれまでにない大声で叫ぶ。


「神陽、気持ちは判るが深夜だし、近所に丸聞こえだから声抑えて。」


 爺さんがそんな虎さんに注意する。


「はッ、すいません私としたことが。でも完全にアウト! いや、一瞬考えさせて……、はいッ、やっぱアウトー!!!」


 やっぱり生物なまものを輸入してきたのと家出を放置したのがアウトだったみたい。異世界人による意味不明な言動とか異世界人の言葉から葵ちゃんの存在や術が露見する可能性を考慮すると、ほかの誰の暴露ネタよりも一番厄介だっていうんで、葵ちゃんったら爺さんの前だってのに虎さんにこってり説教されてた。


「ふえ~ん、今夜はなにを暴露しても許される日だって聞いてたのにぃ。」


 また葵ちゃんが滅茶苦茶言ってる。


 誰もそんなこと言ってないしっていう。


 葵ちゃん、やっぱ侮れない子だわ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ