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10-13(257) 鎖

 ランプの燈が赤々と部屋を照らしていた。


「久しぶり。ご無沙汰です。」


 虎さんと爺さんにそれぞれ挨拶する。慄いてはいるが声が出ないってほどじゃない。


「久しぶりだね、靖さん。こんな夜更けに呼び出して本当にごめん。ただちょっと気になることがあって、ホントは召喚なんてしたくなかったんだけど気になって気になって夜も眠れなかったからああもうやっぱり呼ぶしかないと思って呼んだんだ。」


 ふ、と思わず笑みが漏れる。もっと怖い雰囲気を想像してたんだけど、虎さんはいまのところ以前と変わらない感じ。


「判るよ。僕も今日は気になることがあってなかなか寝付けなかったから。」


 警戒心は解けない。


 爺さんは挨拶もなくやや俯き加減で、時折りチラチラと僕の様子を窺っていて、なんだか虎さんよりも爺さんの方が僕のことを警戒しているような気さえする。


「じゃあ、ちょっといい?」


 そう言って虎さん、僕を外へ連れ出そうとする。僕も頷いて虎さんのあとに付いて行こうとしたのだけれど、虎さんったら玄関の前で立ち止まると、


「ん~、やっぱ部屋ん中で話そうか。」


 と踵を返す。


「爺さんすいません、さっきは靖さんと二人で話すって言いましたが、やっぱり爺さんも聞いててもらえます?」


 椅子に腰掛けた爺さんに虎さんはそう言うと、僕にも椅子を勧めてきた。


 僕が机を挟んで爺さんの対面に座ると、爺さんお茶を入れに立ち上がった。


 なんだか爺さんに避けられてる気分。


 ゴトっと椅子を引いて虎さんが僕の隣に腰を下ろす。


「眠くない?」


 虎さんが尋ねる。


「いや、もう目が覚めたわ。くあ……。」


 特大の欠伸を挟むと、虎さんが失笑する。


 そうこうするうちに爺さんが熱いお茶を入れてきて、三人揃ったところでいよいよ本題に入る。




「仕事は見つかったのかい?」


「一応ね。」


「どんな仕事してんの?」


「別に、まあ事務系の仕事かな?」


 虎さんが遠回しに攻めてくる。まるで僕がどこで惚けるのかを見極めようとしているみたい。ブロッコ国の宮廷、ムネノリちゃんの傍に控えているのは目撃されているわけだから、下手な嘘も吐けない。虎さんと葵ちゃんが繋がっていることを考えると、異世界へ行っていたことも隠さない方がいいんだろうな。といっても、虎さんはまだ僕がアキちゃんを攫ったことまでは知らないんだろうと思う。もし虎さんが葵ちゃんからその情報を聞かされているなら、おそらくその時点で僕は爺さんに召喚されただろうからね。ホント爺さんの召喚の術ってのも大概だよ。


「一般社会に戻るって言ってたけど、なんでブロッコ国の宮廷で仕事をすることになったんだい? 一般人はふつう連邦側の国とは縁がないはずなんだけど。」


「一般社会って言っても、実は僕、異世界で暮らしてたんだよ。お菓子屋で働きながらね。で、なんの因果か向こうで獣人たちとまた出会ったわけ。ふふ、前もウチのお隣さんが獣人だったりしたけれど、もしかすると僕って獣人って奴と縁があるのかもしれないね。まあ向こうじゃ僕も一般人なわけだから、下手に獣人を嫌うわけにもいかなくってさ、なんとなく友好的な付き合いをしてたら、なにかの間違いで僕も獣人たちがこっちへ戻ってくるのに巻き込まれてさ。それで辿り着いたのがブロッコ国の宮廷なんだ。そこじゃあ僕は……。」


 言葉を紡ぎながら途中でとてつもなく喋るのが面倒になった。中身のないスカスカの言葉が僕を一体どんなふうに虚飾してくれるっていうんだろう? 


「宮廷じゃあ僕は獣人たちの転移の術に巻き込まれた一般人って扱いだったからそこで保護を受けることになってね。で、なんか知んないけど来客があるときに王様の傍に控えておくっていう変な仕事を割り振られたわけ。なんとも数奇な運命を感じるね。特に向こうで知り合った獣人たちに僕がこっちの人間だっていう話なんてしていないのにさ、気がつけばまた元の世界に戻ってきてんだから。」


 はは、と自嘲気味に笑ってみせた。一瞬感じた面倒臭さと虚しさを一歩越え、嘘の途方もない上塗りを重ねて恥じず、怯まない境地に辿り着いた。


 一週間前のまだ異世界にいたころの僕なら大人しくなにもかも白状して煮るなり焼くなり好きにしてくれと虎さんに言っていたかもしれないけれど、いまの僕にはアキちゃんがいるから、ここでおいそれとやられてしまうわけにもいかない。


「保護されてるってどんな感じなんだい?」


 虎さんの表情は僕の嘘に接しても穏やかなままだ。いまの話はまだ虎さんの想像の域を出ないってことだろうか?


「三食昼寝付きで宮廷内では特に厳しい監視もなくて、さすがに外出のときに監視は付くけれど外に出て街中を歩くのも自由ってんで、特に不自由なく暮らせてるよ。」


「意外だけど平和に暮らせてるんだね?」


「いまのところはね。」


「逃げ出す必要はない?」


 ふあって思った。僕は虎さんのことを誤解してた? もしかしてブロッコ国にいる僕を助けようとして召喚してくれたとか? まさか、そんな……。そんな、馬鹿な。


「うん、下手に逃げ出さない方がいいかもしれない。いまは僕の扱いもそんなに酷くないし。でも、ありがとう。」


「いや、ならいいんだ。」


 ここまでの会話で特に虎さんの醸し出す雰囲気に変化は見られない。だからこそ爺さんの無言が気になっちゃう。なぜずっと黙っているのか? いっそのこと僕の方から適当に話を振る? 葵ちゃんは元気にしてますか? とかって。無理無理、葵ちゃんの話なんて口が裂けても持ち出せない。それこそ藪蛇ってもんだよ。




 それからしばらく虎さんの方の話を聞いた。


 虎さんがブロッコ国の端に飛ばされたのは単純にこれまでに連邦の偵察をしてたりしたもんだからほかの人たちより連邦域内を動くのに慣れているだろうというのが理由らしい。ま、それはあくまで建て前だ。実際は小夜さんが屋敷から逃げ出したのを受けて、連邦を視察に訪れた際にやはり小夜さんがなにかしら連邦と通じていたのではないかという疑惑が再浮上し、その挙句に小夜さんの同行を許可した虎さんにまで責任が及んだのではないか、と。虎さん自身はそんなふうに考えてるみたい。


 もちろん伊左美と玲衣亜も同行していて、虎さんと共にブロッコ国の端での生活を余儀なくされるのだという。


「今日は移動の前に王様のところへ挨拶に伺ったわけだけど、そこで靖さんを見かけたもんだから。深夜に宿から抜け出して爺さんを叩き起こしてって感じさ。」


 爺さん、虎さんの言葉にも反応を見せない。いままでなら憎まれ口の一つでも叩いてただろうに。


 虎さんもそんな爺さんの態度を不思議に思っているみたい。ま、夜中に叩き起こされたから機嫌が悪いのかもしれないけど。


「ところで靖さん、話変わるけど、なんで靖さんが来客があるときに王様の傍に座らされてるか判ってる?」


 虎さんが変なことを聞いてくる。そのことについては僕自身判っていない。だから、なんでか知らないけどって言ったんだけどな。


「うんにゃ、知らない。って、虎さんには心当りがあるっての?」


 ま、まさか、従事してる僕本人が判っていないってのに、虎さんにはその理由が判るだと?


「うん、ある。王様……、あるいはその取り巻きの連中かな?、は世にも珍しい異世界人を聖・ラルリーグの客人にお披露目してんだと思うよ。」


「え? いまの情勢でそんなことするのってブロッコ国にとっては自殺行為じゃない? そもそも僕ってふつうの恰好で王様の傍にいるし、僕を見て異世界人だぁって思う人なんていないと思うけど。」


 虎さんも的外れな推測してるな。本当にそんなこと思ってんのかな?


「うん、そうかもね。じゃあ逆に聞くんだけど、王様の傍に座っている靖さんを見て特別な反応を示す聖・ラルリーグの人って誰か心当りある?」


 ん? どゆこと? って、それこそ虎さんとかじゃん。


「例えば、虎さんとか?」


「そう。そのとおり。どういうことか判る?」


「ん~。」


 どういうことかちょっと考えてみるけど、ピンとこない。江精明が僕について知っているのは僕がアキちゃんを攫った犯人ってことだけだ。それ以外になにかある? 虎さんが知り合いだったとしてもそれで判るのは僕の仙道に知り合いはいません設定が嘘ってことだけでしょ?


「靖さん……。」


 僕が唸っていると、そこで初めて爺さんが口を開いた。


「オレの召喚にある程度抵抗できるようになったのかい?」


 爺さんが重々しい口調でそう言った。召喚に抵抗?


 と首を傾げた矢先。


 一瞬……は言い過ぎだけど、身じろぎすらする暇さえなく、僕の身体にはいつのまにか虎さんの鎖が巻き付いていた。


 ふえ? なぜ?

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