10-12(256)マズイわ
「お初にお目にかかります。聖・ラルリーグは蓬莱山が十二仙の末席を汚しております虎神陽と申します。まずは貴国の連邦からの独立、そしてこれからの益々のご清栄をお慶び申し上げます。」
恭しく挨拶の口上を述べる虎さんの声が聴こえてくる。虎さんも公の場ではきちんとした挨拶するんだね。いままでプライベート虎さんしか見たことなかったから新鮮だわ。
「同じく蓬莱山が十二仙の一人太汪軍黄泉の弟子で折戸朱鷺と申します。」
虎さんに続き女性の声。
黄泉さんの弟子と言ってるから虎さんの弟子ではないみたい。黄泉さんは虎さんの師匠のはずだから、その弟子ってことは虎さんとは兄弟弟子みたいな間柄になるのかな? まあ十二仙とやらに出世してる虎さんの方が偉いのだろうけども。ん? 虎さんが偉い? なんか違和感があるな。
「虎神陽さんと折戸朱鷺さんのお二人には今度コマツナと隣接するトール城に入城していただき、連邦の動きを牽制する役割を担っていただきます。」
横合いから江精明がムネノリちゃんに告げる。
ってコマツナに隣接するお城って、それってブロッコ国の端ってことじゃん。
「うむ。」
ムネノリちゃんが短く返事する。
虎さん、なんか仕出かして左遷されちゃったのかな? 左遷だよね? 地方へぶっ飛べ!的な。
「本日はお忙しい中足をお運びいただき、ありがとうございました。すでに話は担当の者と済ませてあるかと思いますが、トール城には輝久来妃という仙道がおりますので、なにか不足がございましたら彼女におっしゃってください。私の方からも聖・ラルリーグの仙道の方々のお役に立つようにと文にて伝えておきますので。」
相変わらず低姿勢を崩さないムネノリちゃん。彼の低姿勢には理由がある。なんでも王様として育てられていないから王としての振る舞いが苦手というかそもそも王としての振舞いってのを知らないらしい。そのうえまだ王制に戻って間がなく王様自身大したことをしていないので無理して恰好を付ける必要もなかろうという考え。どこの馬の骨とも判らない僕にも気さくに接してくれるし、本当に王様らしくない王様だよ。もしかするとまだあまり自覚がないだけのかもしれないけど。
虎さんと折戸さんは江精明に伴われてすぐにムネノリちゃんの部屋を辞した。
意外とあっさり。
僕は虎さんの姿を認めて以来、ずっと目を瞑っていたわけだけど、虎さんが僕に気付いた様子はないように思われた。何事も起こらずホッとする一方、声も掛けられなかった寂しさも感じちゃう。あれかな? 王様の前だから無駄口叩かなかっただけかな? それとも緊張しちゃってて僕に気付かなかったのかな?
「今日の来客はもうないから、靖さんももう上がっていいよ。」
お客さんが帰って肩の力を抜いたムネノリちゃんが僕にそう言う。
「うい、じゃあ狐々乃ちゃんでも誘って外へ出てくるわ。」
「ああ、気を付けて。」
現状、アキちゃんの行動は制限されているものの僕自身はほとんど制限を受けていない。仕事に縛られてはいるものの、それさえなければ外出するのも昼寝するのも自由。ただ、外出するときには監視が付く。それが狐々乃ちゃんだった。
狐々乃ちゃんは江精明の弟子で年齢はまだ二〇にならないと言っていたが、二〇に近いにしては少々幼い感じ。ちょっと成長が落ち着くのが早い気がしたから、成長が早めに止まっている理由を尋ねてみたんだけど彼女ったら不機嫌になったもんだから、当人も容姿が幼い点を気にしてるんだと判った。
というようなやり取りがあったから、僕と彼女はあまり仲良くない。
元々がどこの馬の骨とも知れない輩とその監視人という関係だったから、仲良い必要もないのだけれど外出時は一緒に動いてるんで完全に無視するわけにもゆかず、かといって始終ツンツンされていられては息が詰まって仕方がない。
今日も今日とてブロッコ市街に繰り出して、どことはなしにプラプラ歩く。特に大きな目的があるわけじゃなく、単に獣人の国の文化や風土を見てみたいってだけ。言ってみればただの観光なわけ。
「ところで狐々乃ちゃんって僕の監視で付いてきてるけど、僕のなにを心配してるわけ?」
適当に話題を探して声を掛けてみた。彼女の横顔は相変わらずムスっとしてるようだったけど、そんな表情を見るとなんでこんな餓鬼を監視に寄越したのかなぁと不思議に思う。
「あなたが変に目立つような振舞いをするのを危惧しているだけです。あと、まあないかと思いますが窃盗などの犯罪に手を染めたり国境を越えるなどの無茶をしないともかぎりませんので。」
極めて淡々と答える狐々乃ちゃん。ま、答えてくれるだけマシか。
「ちなみに狐々乃ちゃんって強いん? 弱いん?」
「弱いですよ。まだ修業中の身ですし。」
「じゃあ監視って、ホントに見てるだけの人?」
「師匠が言ってたのですが、靖さんには刃が立たないそうじゃないですか。であれば、強い人を監視に付けるのも弱い人を監視に付けるのも同じことだと。それに私たちは靖さんの味方ですから、どのような武器なら通じるのか試すのも憚られますし。だから、ただ見てるだけでいいんです。」
「ふ~ん。なんか意味ないような気もするけど。」
「ちなみに私たちは靖さんの味方ですが、靖さんがこちらの味方かどうかは判らない。」
判らない、と言い切っておいて小首を傾げる狐々乃ちゃん。
「少なくともキミたちが僕の味方であるうちは、僕もキミたちの味方だと思うよ。味方っつってもなにもできやしないけども。」
「伝えておきます。」
伝えておくってのは江精明にってことだよね。ま、監視という立場であることから僕との会話や僕の外での行動はすべて江精明に筒抜けだと思っていた方がいいんだろう。筒抜けて困ることはまったくないけど。
宮廷内ではゴロゴロ、外ではプラプラ。早いとこ僕にナマケモノで人畜無害っていうレッテルを貼ってほしいもんだ。
プラプラしてる途中、往来の人混みに虎さんの姿を無意識に探してしまっている自分に気づいた。
会いたいような会いたくないような微妙な心境。
でも虎さんが左遷されたのかどうかが気になっていた。
国境付近で敵の動きを牽制するって役目はなんだかヤバそうな気配がする。
ここで一つの“もしも”を考える。
もし僕がアキちゃんを攫わなかったらどうなってたんだろうって。
僕が攫わなかったら虎さんたちが攫って異世界の獣人たちをとっちめてたわけで。年明けにタクヤたちがこっちに戻ってくることもなくブロッコ国と聖・ラルリーグの戦いが幕を開けていたに違いない。いや、ひょっとするとそのときは聖・ラルリーグVS連邦四ヶ国になってたかもね。ま、三ヶ国が四ヶ国になったところで戦後の荒廃から立ち直れていない連邦を壊滅させるなんてのはいまの聖・ラルリーグにとっては難しくないかもしれないから、案外そっちの方が物事はすんなり進んでいたのかもね。いまよりも単純な図式で、連邦の領土から獣人が消えてゲームセットっていうなんの後腐れも残らないシナリオ。
そうなったとしてもそのときはそのときで虎さんは戦いに参加するんだろうから、今回の虎さんの左遷を一々僕が憂える必要はないかな、とかね。
結局、ブロッコ市街で虎さんと遭遇することはなかった。
虎さんが僕に気づいていたか否かが気になってその日はなかなか眠付けなかった。
虎さんの友人であり虎さんに殺された六星卯海のことや、虎さん屋敷の蔵に入れられると同時に殺されてしまった卯海の弟子や仲間のことを思うと、そろそろ僕も覚悟を決めておかなければならないような気がして、だけどそれは決して容易なことではなくて。
深夜、階段を踏み外したような感覚に襲われて目を覚ますと、身体に違和感があった。なにかに引き込まれてそのままここから消えてしまうんじゃないかっていう感覚。途中までは気合いで堪えていたんだけど、そのうち気張り続けてもいられなくなって、結局引力に負けたんだ。
直後、どうやら僕は召喚されてしまったらしいことが判った。それもマズイことに僕の目の前には爺さんだけでなく虎さんも立っていた。思わず息を飲む。襲われる可能性は視野に入れていたけど、まさか召喚されるとは思ってなかったからね。




