10-11(255) 謎の仕事
ブロッコ国の宮廷内のお座敷。
座敷側から見てムネノリちゃんの右やや手前に座り、僕は目を閉じていた。
耳からは決して退屈ではない話が入ってくる。
ムネノリちゃんに会いに来ているのは聖・ラルリーグの外務大臣で松山という男。彼を代表としてほかに農林、畜産の各省庁、財閥の代表者、経済産業団の代表者などの面々も揃っているようだ。
話し合われているのは連邦三ヶ国との戦争終結後の領土分割について。
まだ戦も始まらない内から気が早いことで。
それに聖・ラルリーグ側は同国としては当然の措置なのかもしれないが、獣人と共存するつもりは毛頭ないというので戦後、聖・ラルリーグが得た領土からは獣人を一人残らず追放することを前提条件としてブロッコ国側に伝えている。
その条件を飲むムネノリちゃん。
戦の勝利のために聖・ラルリーグの協力は必要不可欠。いまは協力を得るために多少無理な条件でも受けざるを得ないといったところなのかな?
基本的に聖・ラルリーグの人たちから見た獣人ってのはまったく別の生物だから、扱いに容赦とかなさそうだし。連邦三ヶ国が負けた場合は大変なことが起こりそうな予感。
ほかにも連邦三ヶ国との開戦に向けての準備についても軽く話し合っていた。
どうやら現状、聖・ラルリーグとブロッコ国は完全に連邦との付き合いを断っているらしい。それはもちろん経済的なことも含めて。数百年前の大掛かりな戦争の後も途絶えたことのない交易さえ断ってしまって、連邦は物資不足によりどんどん疲弊してゆきそのうち痺れを切らしブロッコ国への侵攻を開始するだろうという見通しらしい。
国交断絶の決め手になったのはタクヤたち異世界帰還組の引き渡しを連邦が要求したが、その要求をブロッコ国が蹴ったことだ。タクヤたちはなんだかんだ向こうで連邦三ヶ国の人たちと仙道を皆殺しにしているらしいからね。平時であれば紛うことなき犯罪者集団なわけだけど、いまのブロッコ国は連邦を敵国と見做しているからこそ異世界帰還組の罪を問うまいと考えたらしい。
ちなみに異世界でタケシたちがなにをしていたか、ということについてはタクヤたちと聖・ラルリーグとの面会時にタクヤたちが白状しているのでそれなりの立場のある者なら誰もが知る事実になっている。
そんな中、ムネノリちゃんと江精明しか知らないことが一つだけ、タケシとタクヤがまだ異世界に居残っているという事実。僕もあの二人を置いてこっちに戻って来ちゃってやや不安はあるものの、これまでの付き合いからそこまで無茶はしなさそうだし、ある程度は安心してていいのかなぁと思ってたりする。
話を戻す。
異世界帰還組の引き渡し要求をブロッコ国は断ったわけだが、その後、今度は聖・ラルリーグの仙道たちが連邦の領土へ入らせてくれと頼んだわけ。元々異世界とこっちを行き来していた奴らを捜索するからっていうんでね。だけど連邦側は異世界帰還組のことで一度要求を断られているからなのか、仙道たちの申し出を却下したみたい。それが両国の国交断絶を決定付けたのだとか。
そうそう、獣人たちよりも前に異世界へ出入りしている奴らがいたよね?
っていうかまだ諦めてなかったんだ?
どうやらアキちゃんたちを見ていて異世界へ出入りするということに対する認識が甘くなってしまっていたようだ。聖・ラルリーグの仙道たちは異世界へ出入りしていた犯人たちを何年掛かってでも捕まえたいらしい。ふ、やっぱりお菓子屋を聖・ラルリーグでオープンするなんて夢物語だったわけだね。
しばらくしてお客様方が退出していった。
ムネノリちゃんが上座にいたものの、話の主導権は完全に聖・ラルリーグ側にあるのが見え見えでなんだか変な気分。いまの僕はどっちを応援すればいいんだ?
「靖さん、もうお客さん帰ったで?」
目を閉じて座していた僕に江精明が声を掛けてくる。
「で、あるか。」
ちょっと威厳を発しながら言ってみる。
「は、目ぇ開けんのん?」
「目なら開いておる。」
実はいま僕の瞼には目の絵が描かれていて、目を閉じていても相対している人には僕が目を開けているように見えるようになっているのだ。なのに目を開けないのか? だと? 一体江の野郎はどこに目を付けているんだ?
「まあ眠たいならそのまま寝とってええが、昼過ぎにはまたお客さんが来るからちゃんと起きとれよ。」
その言葉のあと遠ざかってゆく足音に続き、障子が開閉される音。
そこで初めて目を開ける。
江精明がいない。ふう。あ、気づけばムネノリちゃんもいない。お座敷には僕一人。安気なもんだと畳の上に寝転がって背筋を伸ばす。
どんな内容であれ仕事ってのは疲れるね。
僕がいましている仕事ってのはブロッコ国の王さんに復帰したムネノリちゃんに来客があったときにその隣に座っておくってものなんだけど、ま、意味が判らないよね? 僕もなにを目的にそんなことをしているのか判っていない。ま、タダで宮廷に居候してるよりは仕事をあてがわれている方が落ち着くからやってるだけ。で、座ってるだけだと途中で絶対眠たくなるのが目に見えてたから、あらかじめ対策を打ったわけだけど、それが瞼に目なわけよ。
この第二の目について江精明は、仙道には変わったのもたくさんいるから特に問題なしと言った。半分冗談のつもりだったのに反応が薄かったもんだから僕も自棄になって本当にムネノリちゃんの隣で瞼の目をお客様方に披露目したわけ。ま、客の反応も薄いんだけど。みんな笑いに来てるわけじゃないから、仕方ない。
一方、アキちゃんは日中は客人の寄りつかない場所で女中に交ざって仕事をこなしている。ただ多くの女中と異なるのは行動範囲を制限されている点だ。万一にもアキちゃんが直訴した現場に居合わせた人物と顔を合わせてはまずいからってんでね。とはいえ来客のない夜間にかぎっては庭園を散歩したりするのも自由だから、案外優遇されていると思う。
逆に僕の方が意味不明な仕事をやらされて冷遇されてんじゃない?
そうこうしている間にお昼になり、次の来客が江精明に誘われてやってきた。
中肉中背の男とやや背が低めの細身の女の二人。
おや、なんだか男の顔に見覚えが……。
まさか!?
アレは!
虎さん!?
一瞬目を見開いてしまったものの、慌てて目を閉じた。
反応してはマズい予感がした。
僕に仙道の知り合いはいない。そういう話を江精明にはしているのだ。僕は聖・ラルリーグ内のはぐれ仙人という設定になっているのだから。
目を閉じてしまえばもう僕の見てくれは靖じゃなくなるからね。
まさか虎さんも僕のことを靖だとは思うまいて。
とはいえ安心することもできず、額からは冷や汗が。
第二の目が消えなきゃいいんだけど。
果たして虎さんは僕の所業を知っているのだろうか?




