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10-10(254) 保護

 案の定、江精明は僕のことをアキちゃんを攫った犯人だと睨んでいたようだ。


 最初、僕は彼のことを警戒してシラを切ったものの、彼はもう僕が犯人であることを確信しているのか、僕の言い訳や冗談に微塵も興味を示さなかった。


 彼は僕とのやり取りを早々に切り上げると、今度はアキちゃんに対して脱獄囚ではないかという嫌疑を掛けた。それに対しアキちゃんはなにも答えなかったのだが、やはり彼はアキちゃんが脱獄囚だと決めつけているふうな口振りで話を進めた。


 そう、決めつけていた。


 というより、僕とアキちゃんが何者であるかを看破しているようだった。


 なにしろ彼は昨年の夏、ブロッコ市内で聖・ラルリーグの人たちに捕えられていたアキちゃんの姿を見ていたというんだ。


 最早言い逃れは意味を為さなくなった。


 じゃあ、僕たちはこれからどうされることになる?


 最悪、聖・ラルリーグに引き渡されて裁かれることになるんだろうね。


 アキちゃんは異世界から帰還した獣人たちと同じ扱いか、もしくは聖・ラルリーグの人たちに戦後のブロッコ国の内情を暴露した分、ほかの獣人たちよりマシな扱いを受けられる? いや、脱獄したという事実だけに焦点を当てられればそんなに楽観視もできないか。かくいう僕はどう転んでも罪人だし。せめて僕の仙八宝の力を知ってしまった衛兵の口だけは封じておいた方がよかったのかな。そうすれば僕がアキちゃんを攫った犯人だというヒントを一つ隠せたわけだし、虎さんだってブロッコ国の獣人に対して仙八宝を抜いたときは全員やっつけてたしね。能力の露見は正体の露見に直結するってそんなの最初から判ってたのに。


 あ~あ、異世界へとんずらするってんでそのへんの後始末がおろそかになっちゃったか。


 そんな僕の心配とは裏腹に、冷や汗を垂らしながら固唾を飲んで沙汰を待つ僕たちに江精明が告げた言葉は意外なものだった。


「二人ともそんなにビビらんでもええんで。ちょっと言うの遅うなったけどワシらあんたらの味方じゃけえ。」


 え? 味方?


「どういう意味っすか?」


「そのまんまの意味よ。ワシらはあんたらの味方じぇけえ、別にあんたらの正体が何者でも構わん言ようるんよ。」


 なんだかいままでの質問や態度と味方って言葉が結び付かなくて、彼の言葉をどう受け取ったものか判断しかねていると、


「精明にはワシからも靖さんは味方だと伝えてあったからな。聖・ラルリーグと同盟を結ぶという発想はワシらにはなかったし、そもそも異世界に行っていた人らが年明けにきちんとこっちに戻って来たのも靖さんのおかげだ。ま、いまの精明の脱獄が云々の話は初耳だが、仮に靖さんが脱獄を手伝っていたとしても、ワシらがそれをどうこう言うことはないぞ。極端な話、いま、まだ無事にこの国があるのも靖さんのおかげなんだからな。」


 とムネノリちゃんが力強く僕に応えた。


「ほうよ、じゃけえ靖さんとハルさんはワシらにとって大切なお客様なわけよ。手厚くおもてなしさせてもらうけえ、ゆっくりしてってや。」


 ムネノリちゃんに続いて江精明が言った。


 おもてなし? ゆっくり?


「ハルさんにはしばらく宮廷内におってもらうけえ。」


 精明が不穏なことを言い出した。


「それはつまり、ハルちゃんは外出禁止ってことかい? ハルちゃんの顔を見て脱獄囚と瓜二つってんで勘違いする奴がいないともかぎらないから?」


「アキです。」


 僕が精明に尋ねた直後にアキちゃんが隠していた本名を名乗った。


 驚いてアキちゃんの方を振り向けば、


「私の名はアキといいます。ハルではありません。そして、私は確かに昨年の夏、聖・ラルリーグ城塞に幽閉されておりました。それをこちらの靖さんに助けていただいたのも事実でございます。」


 と真っ直ぐに江精明の方を見て淀みなく話しているところだったから、もう彼女は覚悟を決めたんだなと思った。


「ほおじゃろぉ?」


 江精明がそれ見たことかって感じに感嘆を漏らしたから、ちょっとムカッときちゃったんだ。


「そうだとしてなんなん? アキちゃんばっかり見てて忘れがちになってたけどお前らこそなんなん? 三、四年前の話だけど聞いた話じゃあ異世界へ行ってた奴らが異世界の人たちを攫って来たときにその人らを人体実験に使った挙句殺しておいて平気な顔してるしさぁ、聖・ラルリーグ側の仙人の偉い人を殺したと早合点したんかなんか知らないけど聖・ラルリーグに大軍で押し寄せてくるしさぁ、その戦の後も仲間同士で弱い者苛めしてるしさぁ。すべての動きが意味不明なんだよね。一体お前らのなにを信用して本当のことを喋ればいいん? お前らってそもそも話が通じるの? お前らの行動原理がこっちにゃさっぱり判んないんだよ。」


 すごく失礼なことを言ってる自覚はあったけど、一方でこれは僕の感想というよりも聖・ラルリーグ側の人間の代表的な見解に過ぎないという思いもあった。


 さっきまでは警戒すべきことはたくさんあったけど、気に入らないことなんてなにもなかったのにね。変なことを思い出しちゃったもんだよ。


「ふう、判っとるよ。まったく靖さんの言うとおりじゃけえ、それ言わたら耳が痛いんじゃがの。」


 参ったと言うように後ろ頭を掻く江精明。どうやら多少は自分たちの行ないの非を認めてはいるらしい。


「別に江さんが悪いんじゃないから、個人的に責めてるわけじゃないんだけどね。ただあんまり偉そうに上からモノ言うなや。王さんの方が腰が低いから余計に目立つんだよね。」


 弱り始めの江精明に釘を刺しておく。僕とブロッコ国の関係は対等でなければならないんだ。ほぼ関係ない者同士なんだから、対等でなくては。別になにをお願いしたりされたりすることもないんだし。


「すまん、まあ性分もあるけえ多少は堪えてほしいんじゃが、これからは気を付けるわ。」


「判りゃええんよ。」


「での? さっきみたいなことを確認したのは別に靖さんらを苛めよう思うたけんじゃのうて、もしワシの予想どおり靖さんらが脱獄囚と脱獄を手伝った犯人じゃったら保護せんにゃいけん思うての。」


「保護?」


「おう、さっきの話の続きになるんじゃが、まだ聖・ラルリーグ軍がそこらにおるけえのお。もしアキさんのことを知っとる者がアキさんを見かけたら事件になるけえ、アキさんにはしばらく宮廷内に留まってもらわんといけんのよ。あと、靖さんにはここで働いてもらいたいんじゃが。」


「ここで? 僕が仕事?」


 特にムネノリちゃんと話し合って、というわけでもなさそうだし、江精明がなにを考えているのか判らなかった。とりあえず仕事内容、条件の前になぜ僕に宮廷で働いてほしいのか、というところを尋ねてみるかな。

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