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10-9(253)江精明

すいません、いつもながらにその後の展開を考えてなかったりするので、ときどき間が空くんです

 ブロッコ王国城跡敷地内宮廷に転移後、ほどなくして宮廷の使用人に声を掛けられ、僕たちは慌ただしく建屋内へと案内されることになった。案内された部屋で座して待つこと数分、やってきたのはムネノリちゃんの側近の江精明。なんでもブロッコ王国に代々仕えてきた仙道らしいのだが、それもムネノリちゃんから聞いた話であって、僕自身は精明さんと話をしたこともなければどんな人物なのかも分かっていない。ただ、僕たちと対面しても挨拶の一つさえなく黙って僕たちをジロジロと見回した挙句に、


「異世界での用事は滞りなく終わったんか?」


 と威圧的に響く第一声を聞けば、なんとなく気難しいとか厳しいとかそういう性格の人なのかという印象。


「ああ、問題なあよ。」


 精明の問い掛けに獣人の一人が応じる。


「そしたらもうしばらく異世界に用はないの?」


「ああ。」


 精明の態度も威圧的なら獣人たちの態度も負けずに横柄だった。知らない仲じゃないようだが、仲は良くなさそう。僕にとってはブロッコ国の人たちは十把一絡げでただの獣人でしかないが、そこに暮らす人たちにはそれぞれの境遇や立ち場があるんだろうし、特にいまの異世界帰還組の立場は特殊だろうからね。中には彼らを嫌う人もいるであろうことは想像に難くない。おそらく江精明も異世界帰還組のことを良く思っていないんだろう。


「あと、知らない顔がいるな。それに、靖さんも。」


 江清明がアキちゃんと僕に視線を移す。


「誤解のないように言っておくけど、僕は転移の術のカードを使ったときにうっかり巻き込まれただけだから。本当はこっちにまた戻ってくる必要なんてなかったんだけどね。」


 江精明の怖い顔に気圧されながら一生懸命言い訳したが、どうやら彼は僕の言葉について検証するより先にアキちゃんに尋ねる。


「姉さんは年明けのときにはおらんかった思うんじゃが、どういうことなん?」


「ハルは私らの仲間だよ。あっちじゃタケシさんの秘書みたいなことをしてたんだけど、今回戻ったときに私らの内の一人が向こうのいざこざで使い物にならなくなったから、代わりに来てもらっただけにゃ。ね?、ハル。」


 江清明のアキちゃんへの質問に間髪入れず答えたのはナツミだった。ハル? 偽名? アキちゃんも偽名を使うことについてなにも聞かされていないのか、戸惑いつつナツミの言葉に頷いている。


「そしたら、その使い物にならんくなった奴はどうしたん? 戻って来とらんのん?」


「そいつはハルの代わりにタケシさんの秘書をするから、向こうに残った。戦には使えなくても、秘書くらいならできるから。」


「ふ~ん、まあおらん分はまあええわ。問題は増えた分じゃのぉ。ゆうても、タケシにも言ったがお前らあんまり異世界とこっちを行ったり来たりすんなよ。特にいまは聖・ラルリーグの目もあるけえ、下手なことしようったらホンマに国も人も滅ぶでよ。判っとんかいや?」


 江清明が忌々し気に言い放つ。人員が変わったことを咎めまではしないもののやはり面白くはないようだ。


 ひょっとすると異世界帰還組はすでに聖・ラルリーグ側に目を付けられているのかもしれない。それで江精明は人員変更に目くじらを立てているのかも。


 それから江清明は僕たちの帰還をムネノリちゃんに知らせてくるからこの場で待機していろと言って部屋を出ていった。


「相変わらず清明さんはピリピリしとるのぉ。」


「性格なんじゃろ。それにまあウチらお偉いさんにとっては腫れ物みたいなもんじゃろうし。」


 江精明が退出したところで獣人たちが思い思いに口を開く。それにしても腫れ物とか……そう思わせられるなりの扱いを周りから受けているということか。


「ナツミ、さっきのハルってのは……?」


 アキちゃんがナツミに尋ねる。


「ごめん、精明さんの顔を見てたらなんかアキの名前を出すのはマズイんじゃないかって咄嗟に思ったんだ。ほら、アキって以前、聖・ラルリーグ側の城に幽閉されてたっていうし、脱獄までしてるじゃない? だから、名前からアキが脱獄かました張本人だってことが露見しないように、ね。」


「なるほど、じゃあ、とりあえずこっちではアキって名前は使わない方がいいかもしれないね。聖・ラルリーグの人間の前でだけじゃなく、ブロッコ国の人たちの前でも……。そういうことだよね?」


「うん、用心に越したことはないと思う。特に、こっちと聖・ラルリーグが交渉を持っている間は、誰が聖・ラルリーグの奴らと繋がってるか分からないし。ちなみに精明さんは確実にあっちのお偉いさんと仲が良いはずにゃ。年明けの面会であっちの偉そうな人と親しげに話してたの見たから。」


「うん、あの人は私も見たことあるにゃ。それに、確かに聖・ラルリーグの偉げな人と友達同士って感じだった。……私、戻って来ない方がよかったのかな?」


 アキちゃんが悲しそうな顔をする。


「なに言ってんだよ? そんなの、戻って来てよかったとかよくなかったとか、そんなのあとでアキ自身が決めればいいことじゃん。誰に文句言われることもないよ。」


「うん、ありがと。」


 というわけでアキちゃんはこちらの世界ではハルと名乗ることに決まった。


 どうやらアキちゃんと僕はここブロッコ国においても自分と対面している相手が敵か味方かを一々吟味しなければならなくなりそうだ。




 しばらくしてブロッコ国国王であるマエダのムネノリちゃんが江精明を伴い部屋に姿を現わした。ムネノリちゃんはみんなに挨拶したあと、江精明が釘を刺したのと同じように聖・ラルリーグの目が光っているから各自自分の行動には気を付けろと改めてみんなに注意した。言い方は江清明よりも腰が低い感じで、厭な感じはなかった。


 そしてまもなく、ムネノリちゃんはアキちゃんと僕を除くみんなに退出を許可した。


 どうやら僕とアキちゃんは特別扱いらしい。


 部屋に僕とアキちゃん、ムネノリちゃんと江精明の四人だけになるとみんながいたときよりも殊更緊迫した雰囲気になる。ムネノリちゃんとは結構親しくなってたつもりだったけど、いまは国王という立場を重んじているからか険しい表情を崩さない。


 一体僕たちがどうなってしまうのか、どう思われているのかがまったく判らなかった。それこそこっちの世界に来たことからして予期していなかったわけだから、それ以降のことなんて微塵も予測を立てていなかったわけで。


 いままでこっちの世界のその後のことについて思考を放棄してたツケが回ってきたって感じだね。


「靖さん、いままでずっと気になってたんだが、あんた何者なん?」


 出し抜けに江精明が尋ねてきた。そりゃ、まずは身元の照会からするよね。


「特にお教えするほどの身分なんてありません。名前は靖で、無職、ポポロ市ローン町在住。聖・ラルリーグにも連邦にも所属しておりません。ただ、異世界で知り合った友達のためにブロッコ国の再興を望んではいます。」


 ムネノリちゃんにすでに伝えているのと同じ内容を伝えてみた。


「聖・ラルリーグの者でも連邦の者でもないっちゅうんはどういうことなん? いまは異世界に住んどるんじゃろうが、元々の出身は?」


「さあ? それが判らないんですよ。気づけばこの世に生を受けておりましたので、生まれ落ちたのがどこだったかとか判らないんですよね。強いて言うなら桃ですわ。僕はどこぞの桃から生まれたんでさぁ。」


「真面目に答える気はないかい?」


「ん、ちゃんと答えても良いことなさそうだし。」


「異世界へは連邦で募集しょうったヤツで行ったっていうんで合っとんかいのぉ?」


「はい、合ってますよ。」


「なるほど、ま、八割方本当のことを言っとんじゃ思うとくわ。」


「八割? 十割じゃないんスか?」


「ふん、自分で十割本当のことを言ようるつもりもなあくせに。」


「また失礼なことを平気でおっしゃる。」


「失礼ついでにアレなんじゃが、……御免!」


 え?


 いつのまにか江精明は袂に置いていた短刀を手にして僕の腕に向けて斬りつけていた。ザックリ斬ってやろうって感じじゃなくて、肌の上を滑らせる感じ。突然のことに驚きはしたが、僕も仙八宝を常時発動させているから、当然刀なんかで傷を付けられたりはしない。そう、僕の仙八宝は刀とか銃弾とかそんなのを一切受け付けなくする感じの力を発揮するみたいなのだ。詳細はまだ検証中だけど。


 っていうか、一体なんの真似だ?


 いきなり人を斬りつけるなんておかしくない?


 江精明はサッと僕の腕に切り傷を付けるように刀を滑らせたかと思うと、すぐに刀を自身の眼前に閃かせて刀身を確認していた。


 っていうか、腕は切れてないけど僕はキレていいよね?


「御免って言えば人を斬っていい法でもブロッコ国にはあるんスか。御免で済んだら警察いらないんですけど。」


 結構強めの口調で非難してみた。


「すまん、これも一つの裏付け調査じゃけえ。ただ、斬っても斬れんのは大体予測できとったけえ、芯から斬るつもりもなかったんよ。」


 ん? ということは江清明は僕の仙八宝の力を知ってたってこと?


「で、いまので大体もう察しが付いたんじゃがの? 靖さん、去年の夏に聖・ラルリーグの城に一人の獣人の女が投獄されとったんじゃけど、知っとる?」


 察しが付いたと宣言した直後のこの質問!


 僕も江精明がなにを察したか大体察しが付いた。


 こっちの世界に戻ってきていきなり詰みましたわ。

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