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10-8(252) 告った

 一瞬、時間が止まったような錯覚に陥った。


 春の穏やかな陽に青々と輝く緑の庭園。見覚えがあるこの場所はおそらくブロッコ王国城跡敷地内にある宮廷だろう。


 ユキコが目を見開き口をあんぐり開けて僕がいることに驚いている。


 ナツミは呆れたような薄ら笑いを浮かべている。

 

「馬鹿ぁ!」


 気付けば僕は叫んでいて、僕自身の声が耳朶を打ちようやく時が動きだしたように思えた。


「ありがとぉ!」


 いまの気持ちを吐き出すのに精一杯でナツミの顔もユキコの顔もよく見えなかった。


「馬鹿ぁ! ありがとぉ!」


 二度ほど繰り返し叫ぶとようやく気持ちが落ち着いてきた。


「よかったでしょ? 靖さん。」


 ナツミが得意気に言う。


「よ、よかったですぅ。でもホントもうなんて言っていいか分からないけど言わないと伝わらないから言うんだけどホントもう馬鹿でしょ?」


 まだ半分夢心地。多少落ち着いたとはいえ興奮醒めやらぬ僕は目に少し涙が浮かんでることに歯噛みしながら文句を言ってやった。


「ナツミなんしたん?」


 ナツミの隣にいるユキコが尋ねる。


「別に、ただ靖さんの方に手を伸ばしただけ。そしたら靖さんが私の手を取ったんだ。だから私が文句を言われる筋合いはないんだよね。」


「はあ。」


 ナツミの返事に呆れた様子のユキコ。


「文句言ってるわけじゃないよすごい感謝してんだよ。」


 僕はまた自分が裏腹なことを言ってることに辟易した。


「分かってるよ。だって靖さんのいまの顔、さっきまでと全然違うんだもん。いまの方がさっきまでより断然見れる顔になってる。」


「どういうことよ?」


 なんで澄まし顔より半泣きの顔の方が見れんだよ?


「ごちゃごちゃ言ってないで早くアキのとこに行きなよ。早くしないとせっかく見えてる本音が消えちまうよ。」


 そうだアキちゃんは?


 アキちゃんがいた方に視線を巡らすと彼女もまた僕の方を見ていた。目を丸くして口が半分開いている。ユキコと同じ反応だったのがおかしくてクスッと笑みが零れた。ただ一度緩んだ頬はなかなか締まらず、おまけに涙腺も緩んじゃったみたいで参ったよ。こんなじゃあ、ナツミの言うさっきまでより見れる顔ってのが台無しだ。涙をぼろぼろ零しながらニヤニヤしてるってお前それどんな奴だよ?


「や。」


 彼女の前で僕は右手を小さく上げて短く挨拶した。


「靖さん? なんでいるの?」


「あの部屋狭かったじゃん。だからたぶん、誰かに僕の身体のどっかが触れてたんだと思う。」


 彼女の手が自然と僕の顔の方に伸びて僕の涙を拭ったから、よせというように僕は彼女の手首を掴んだ。


「嘘ばっか。私と離れるのが寂しかったんでしょ? 大の大人が泣き腫らして。」


 こんなことを言ってのける彼女を見たのは初めてだった。彼女の帰還についてタケシに異を唱えたことが彼女にとっては僕からの告白になっていたのかもしれない。そのときは邪険にあしらわれたけども。


 っていうか泣き腫らしてなんかないしッ。


 でも、あのまま彼女と離れたら僕が空っぽになりそうな気がしたんだ。


「うん、死ぬかと思った。」


「もう、またそうやって冗談で逃げようとする。少しは素直に話してよッ。」


「うん、これからは素直になるわ。」


「よし。って、もうなんかケンを相手にしてるんじゃないんだから。」


「僕もケンちゃんと同じだよ。どっちもアキちゃんのことが大好きなんだモテる女は辛いね。」


「だから最後のが余計だって言ってるの。」


「ああ、それ僕のサービス精神だから。ごめんね。」


「なるほど、そのサービス精神が余計なんだにゃ。」


「え? なに言ってんの僕からサービス精神取ったらなにも残らないよ。」


 僕の言葉に彼女が肩を竦めた。


「いや違うこれはマジなんだ。サービス精神の件じゃなくって、死ぬかと思ったってとこなんだけどさ、アキちゃんともう会えないかと思うともう気が狂っちゃいそうで恐ろしくて仕方なかったんだ。みんなが転移する直前に気づいたよ。アキちゃんが僕にとって、どういう存在だったかってことに。」


「あら気づいちゃったんだ? で、どういう存在だったの?」


「すごく大切な人。」


 超真面目な顔で答えた。


「ありがとう。その言葉だけで十分だにゃ。」


 一方の彼女はそう言って微笑んだ。


 なんとなくまだ彼女との間に距離があるのは彼女の方も僕の気持ちをどう受け止めたらいいか判らないからだろう。タイミングが悪かったね。なにしろ彼女はこれから戦場へ行こうとしているんだから。いつ死ぬとも判らないから僕にも遠慮がちになっちゃうよね?


「うんにゃ、言葉だけじゃ足りないよ。戦場に出たら僕ができるだけアキちゃんを守るから。」


 ただ守ると言っても上手くイメージはできないけど。動き回る彼女に張り付くこともできなければ、下手したら彼女の方が僕より身体能力的に勝っているかもしれないし。


「ん、じゃあ、しばらく一緒だね。」


 彼女が手を差し出してきたから僕はその手を取って言った。


「これからよろしくね。」


 あまり良い状況じゃなかったけれど、これまで望むことさえできなかった彼女の傍にこうして僕は初めて立つことができたんだ。

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